第30章 見学者番号二百七番
見学希望者は、一週間で、二百七件、来た。
山田は、最初、笑った。
二百七件、という数字が、
何かの、間違いに、見えたからだった。
間違いでは、なかった。
柔道経験者。
柔道未経験者。
動画だけ見て来た人。
四十年前に、講道館へ通っていた人。
全員、成人だった。
全員、黒金武志を、一目、見たいと書いていた。
山田は、整理番号札を、作った。
白い厚紙に、油性ペンで、数字を書いた。
見学者番号一。
見学者番号二。
そうして、二百七まで、書いた。
手が、少し、痛くなった。
二百七番で、来たのは、静岡の、五十二歳の会社員だった。
有給を取って、新幹線で来た、と言った。
「何を、見たいのですか。」と、山田が聞いた。
男は、少し、考えた。
「帯を、結ぶところを。」
山田は、一瞬、聞き返しそうになった。
「……帯、ですか。」
「はい。」
「投げ、ではなく。」
「投げは、動画で見ました。」
男は、真顔で、続けた。
「でも、あの人が、朝、どうやって、帯を結ぶかは、
まだ、世の中に、出ていないので。」
山田は、三秒、黙った。
それから、整理番号札を、渡した。
「……本日は、帯までは、保証できません。」
男は、うなずいた。
「結べなくても、待ちます。」
山田は、その答えが、
少しだけ、いちばん、まともに、聞こえた。




