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第14話 王位なんて、仕事の邪魔です



 カナン自由行政区、第一総合行政センター。

 かつての玉座の間を改装した執務室に、ドロドロのジャージ姿(カナン公式・再教育キャンプ支給品)に身を包んだ初老の男が、転がり込むように入ってきた。


「リシア! 頼む、リシア! わしを……わしをこのトングから解放してくれ! もう腰が限界なのじゃ!」


 旧国王ゼニス三世である。

 三日三晩、カナン領の空き缶拾いと雑草抜きに従事した彼は、かつての威厳をどこかの側溝に落としてきたらしい。その後ろでは、同じくジャージ姿のセドリック王子が「父上、列を乱してはいけません。ポイントが減らされますよ……」と、虚ろな目で震えている。


 私は、手元の魔法端末から視線を上げることなく、冷徹に答えた。


「ゼニスさん、執務室への入室は予約制です。現在、私はサフィア帝国との共同経済特区に関する予算案を秒単位で精査中ですので、三分後に出直してください」


「三分も待てるか! いいかリシア、わしは決めた。重大発表だ。……貴女に、我がグラン・ゼニス王国の『王位』を譲る! 貴女が今日から女王だ! だから、わしを隠居させて、あの快適な王宮のスイートルームに戻してくれ!」


 執務室に沈黙が流れた。

 壁際で控えていたユリウス様が、持っていたティーポットを危うく落としそうになり、ソファで優雅に書類を読んでいたレオン王子は、盛大にコーヒーを吹き出した。


「な、……陛下!? 今、なんと仰いましたか!?」


 ユリウス様が驚愕の声を上げるが、私は眉ひとつ動かさなかった。

 代わりに、空中に巨大な計算グラフをホログラムで投影した。


「……王位、ですか。ゼニスさん、これを見ていただけますか?」


「なんじゃ、この真っ赤な折れ線グラフは……?」


「旧王国の現在の貸借対照表です。王都のインフラ崩壊に伴う復旧費用、滞納されている対外債務、さらには有能な職員たちが一斉にカナンへ移住したことによる労働力喪失。……現在、グラン・ゼニス王国の王冠という資産は、時価換算でマイナス五十億ゴールドの『不良債権』となっています」


 私は、冷淡にグラフの赤い部分をペンで叩いた。


「さらに、女王という役職の業務内容を分析しました。年間三百回の無意味な夜会への出席、伝統という名の非効率な儀式への参加、そして無能な貴族たちの陳情処理……。これらをこなすと、私の事務処理効率は現状から約六十五パーセント低下します。……結論から申し上げます」


 私は、国王を真っ直ぐに見据えて言い放った。


「王位なんて、仕事の邪魔です。そんなコスパの悪い椅子、誰が座るんですか?」


「こ、コスパ……!? わが国の王位が、邪魔だと申すのか!?」


「はい。責任だけが重くて、実務上の権限が古い慣習に縛られている。そんな『遺物』を引き受ける段取りは、私のスケジュールには一秒もありません。……どうしてもというなら、王位を一度解体して、『リシア連邦・旧ゼニス特別事務区』として再定義し、私の管理下に置く『完全子会社化』なら検討してもいいですが」


「か、完全子会社……?」


 国王は、自分の国がいつの間にか「使いにくいアプリ」のように扱われていることに、口をパクパクさせて絶句した。


「ははは! 最高だ! 一国の王位を『不良債権』と断じて蹴飛ばす女性など、歴史上君だけだろうな、リシア!」


 レオン王子が、腹を抱えて笑いながら近づいてきた。


「だがゼニス陛下、貴方の提案は筋が悪い。リシアを女王にするというのなら、我がサフィア帝国の『皇帝』の座の方が、まだ彼女の能力に見合っている。……リシア、どうだい? いっそ我が帝国ごと君が管理しないか? 結婚という名の『業務提携』を通じて」


「レオン殿下! どさくさに紛れて何を仰るのですか!」


 ユリウス様が、殺気立った手つきで二人の間に割って入る。


「リシア殿は、称号や権威に縛られる方ではありません。彼女は自らの意思で、このカナンを世界の中心に据えたのです。……陛下、貴方がすべきは譲位ではなく、まずは自らの借金を清算するための『誠実な労働』です。さあ、トングを持って戻ってください」


「うおおおん! ユリウスまでわしに冷たい! わしは王だぞ! 王……だったはずなのじゃぁぁ!」


 国王とセドリック王子は、再びユリウス様によって「再教育キャンプ」へと引きずられていった。

 嵐が去ったような静寂の中、私は溜息をついてペンを握り直す。


「……困りましたね。権威という名の『管理コスト』を私に押し付けようとするなんて。……あ、レオン王子。貴方の帝国との業務提携案、結婚の条項は全て『エラー』として削除しておきましたので、修正版を確認してください」


「手厳しいな……。だが、そんな君だからこそ、世界中の王たちが君を求めているんだ」


 レオン王子は、真剣な眼差しで窓の外を指差した。

 カナン領の街道には、旧王国の崩壊を見て危機感を抱いた周辺諸国の「特使」たちの馬車が、文字通り数キロにわたって行列を作っている。


「彼らは皆、君に『自分たちの国も整理整頓してほしい』と願っている。……リシア、君はもう、一国の広報官じゃない。大陸全体の『最高執行責任者(COO)』なんだよ」


「……その分、残業代が出るなら考えます。あ、ミレーヌ? 次の予定は?」


 ミレーヌが、分厚い招待状を持って入ってきた。


「リシア様、周辺諸国の連合が主催する『大陸大夜会』の招待状ですわ。……建前は友好の祭典ですが、本音はリシア様の争奪戦です。……どういたしますか?」


「大陸大夜会、ですか。……不合理な社交の場ですね。ですが、全勢力が一堂に会するなら、一気に『利用規約』を説明して回る手間が省けます」


 私は、鏡を見て自分の事務服に乱れがないかを確認した。


「いいでしょう。出席します。……ただし、夜会の『段取り』が悪い場合は、私が会場の運営権を接収して、三十分で終わらせますから、そのつもりで」


「リシア殿、私も同行します。……どんな王侯貴族が貴女を誘惑しようとも、一歩も近づかせません」


 ユリウス様が力強く宣言する。

 

 王位を蹴り、帝国を査定し、世界を顧客として扱う事務官リシア。

 彼女の「段取り」は、ついに辺境を越え、大陸全土を巻き込む巨大な渦となって動き出した。


次回、大陸最大の祭典。リシア、世界デビューへ。

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