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解決編?


 1週間後。


 俺は友人と居酒屋で楽しく飲んでいた。

 乾杯のビールを飲み干し、さて2杯目は何を注文しようかメニューを眺めていると友人が早くも赤みがかった顔で尋ねてきた。


「なあ、聞かせてくれよ」

「何を?」


「決まってんだろ。この前の事件のことだよ。噂じゃ、お前が犯人を捕まえたんだろ」

「まあ、そうだな」

犯人を捕まえて警察に突き出したのは、確かに俺だ。


「いつ、どうやって犯人が分かったんだよ。なんか犯人を指し示す証拠とかあったんだろ」

「ないよ。少なくとも俺には見つけられなかった。だから、犯人が誰かなんて分からなかった」

「はぁ?」

友人が素っ頓狂な声を上げた。


何と説明すればよいか。俺は髪をボリボリかきながら言った。


「犯人は捕まえる瞬間まで誰か分からなかったさ。なにしろ、俺は自分の部屋のドアに罠を張って待っていただけなんだから」

「罠?なんだそれ」

「部屋に入ろうとドアを開けたら、天井から重さ15キロの登山リュックが落ちてくるよう細工していたんだよ」

古典的だが、案外簡単に出来る実用性に富んだ罠である。


「お前、引っかかったのが犯人じゃなかったらどうするつもりだったんだよ」

「その時はごめんなさいって言うさ。実際に引っかかった奴は服の左ポケットにナイフを忍ばせていたから一発で犯人だと分かったよ。後はそいつが動けないよう拘束したわけ」




 一通りの説明が終わったところで店員が新しい酒を持ってきた。


「しかし、なんだな~」

友人はグッと酒をあおり、荒い息を吐いた。


「こう言っちゃなんだが、良かったよな。死人が1人ですんでさ。ミステリーであんなシチュエーションだと、あと2、3人は死ぬだろうに」

「だから、苦労したよ」


「え?お前は罠張って部屋にいただけだろ」

「違うさ。他にも色々やった」

俺もグッと酒をあおった。あの苦労を思い出すには酔わなきゃやってられない。


「なんだよ。もったいぶらずに言えよ。何を色々やったって?」

「言わなきゃダメか・・・」

「期待させて言わないのはずるいぜ。大将」

友人に引く気はないようだ。俺はやれやれと内心呟いて言ってやった。




「食堂にあった包丁を持って『来るなら来い。殺してやる!』と叫んで暴れた」

「はっ?」


「食堂にあったトマトジュースを口に含んで『ぐはっ』と、まるで吐血したように噴いた。そして『俺の命も残り僅かか・・・』って死にそうな声で言った」

「いっ?」


「誰もいないフロントに駆け込んで、『もう嫌だ。責任者を出せ!』と怒鳴り散らした」

「ほっ?」


「飾ってあった熊のぬいぐるみに『これは俺の母親の形見です。俺が帰るまであなたがこれを持っていてください』と言って100均で買った腕時計を渡した」

「な、なに?」


「廊下で『ここは任せてお前たちは先に行け。なに、すぐ追いつくさ』と敵の大群の行く手を遮るかのごとく仁王立ちになった」

「さっきから何言っているんだ。酒飲み過ぎたか?」


 友人は本気で心配していて、目はかわいそうな人を見るそれだった。

 こういうリアクションを取られるのが嫌で言いたくなかったんだ。俺はため息混じりに言った。




「だからさ、俺自身に無理やり死亡フラグを立たせまくったんだよ」

「し、死亡フラグ?」


「そっ、目には目を。歯には歯を。死亡フラグには死亡フラグを、ってね。あれだけ立てれば、次のターゲットは俺になるのは火を見るより明らか。うまくおびき出すことが出来て、俺の作戦は大成功。犯人はお縄につきましたとさ」

もう語ることは無い。それを示すように俺は酒を飲み干す。


 しかし、どうしたことか友人は神妙な顔で何か考えている。


「どうした?」

「いや、なんだ。お前の話は聞いていたら、ちょっと気になることがあってな」

「ん?」

友人は珍しく言うべきか言わざるべきか迷っているようだった。


「言わないのはずるいぜ。大将」

先ほどの言葉をそのまま返す。


「う~ん、その、あの、だな?」

友人は言葉を探しているのか、宙を見ている。


 しばらく目を閉じて、やがて決意したように目と口を開いた。


「俺がな、もし疑心暗鬼になって部屋に篭もっていて、それで扉の外からお前の奇声やら物音がしたら・・・」

「したら?」


「お前を危険人物だと思ってだな、それで・・・」

「それで?」

「護身用にナイフでも持って、お前の様子を見に行くってのもありえる話じゃないかな~と思ったり思わなかったり」

「・・・・・・・・・・・・・」





「い、いきなり黙るなよ。ただの俺の想像なんだからさ」

友人が俺の肩をバシバシ叩きながら、3歳の子どもでも分かるような作り笑いで場を盛り返そうとしている。



 俺は少し回想にふけった。

 そういえば、あの人。自分じゃないって最後まで抵抗していたような。


 それなのについついカモがネギ背負って自ら鍋にダイブした場面を見て、急いで箸の代わりに縄を持ち出した俺に、果たして正常な判断が出来たのだろうか。


 額から汗が一つ流れ落ちる。


 

 落ち着け。

 この話はもう終わったんじゃないか。過去にこだわるのは俺の主義じゃない。

 ちょうど目の前にはアルコールがある。これを浴びるほど飲んで、都合の悪いことは忘却の彼方にポイッしよう。



「と、いうことで飲もう!」

「オーケー、飲もう!」

空気の読める友人は俺のノリに着いてきた。



 俺たちは胸に残るしこりを酒で洗い流すかのようにドンドン飲みに飲んだ。そうこしているうちに俺の頭の中で未だに何か叫び続けているあの人の顔は薄れていく。



 あの人が今回の件を犬にでも噛まれたもの、と軽く考えてくれるのを願いながら俺は酒を喉に通した。






(あの人のヒント:利き手)



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