バシレイア・ファンタジー
はじめまして。作者の春雨とろろです。VRゲームというジャンルが好きすぎていてもたってもいられず、ついに読む専から書く側へと転向しました!初めての投稿ですのでいろいろ暖かい目で見守っていただけると幸いです。
誰にだって「表」と「裏」がある。あるいは「外」と「内」だろうか。どんな時、どこで、誰と、何を、なぜ、どのように物事を行うのかによって自分の見せ方を変える。社会集団に所属する生物の必須スキルと言えよう。人間がこの世に存在するようになってから何度も繰り返されてきたこの切替は、現代においては社会集団から外れ、自己を表現するために用いられるようになった。
そう、0と1だけで作られたヴァーチャルな空間にアクセスできるようになった現代では、むしろ自らを偽ることが当たり前なのだ。友達と会うときの自分の喋り方、初対面の人と喋るときの自分の見せ方のような自分の一側面だけを強調すること。カジュアルな場やフォーマルな場におけるメイクやヘアセット、服装の違いといった調和を重んじて自らを型にはめること。そのような昔ながらの切替ではなく、むしろその逆。自らのやりたいことをやり、したい格好をする。ヴァーチャルな空間ではもっとみんながみんな自分勝手なのだ。
キルティング生地で作られた赤い座面と、黄金に輝く細かな装飾が特徴的な幅1メートル、高さ2メートル程ある椅子に腰掛けながら、俺は赤く縁取られたウィンドウを覗き込む。
「バアル様。先ほど反野菜連合と冥界の国の同盟が締結されました。会話ログによりますと、あと2時間ほどでバシレイアに攻め込んでくるようです」
椅子、もとい玉座に座っている俺の右隣から耳当たりの良いバリトンボイスがプレイヤーたちの情報を伝えてくる。彼は俺の補佐をしているノンプレイヤーキャラクター、通称NPCのセトだ。深い緑色の髪をオールバックにし、元から切れ長の目には更にアイラインを引いて目元を強調している。ステレオタイプなインテリ顔という顔つきだが、どことなく圧を感じるのはそのメイクのせいだろうか。側近はやはりカッチリしたスーツを着ているべきだろうと言う偏見によって燕尾服を着せたはいいものの、あまりにもソッチの筋の人間に見えてしまったため、急遽ジャボや大きなリボンの髪留めを追加したことは記憶に新しい。
「ふぅん、パイレーツ・オブ・ヴィヴィアンはどうしてる?」
「とくにこれといった動きはありません」
「じゃあ今回は参加しないのかな。珍しい」
ウィンドウの中では赤い重装備で全身を固めた反野菜連合のボスと、黒いローブを着た冥界の国の国王が固い握手を交わしている。おそらく今日中に俺がいるこの神殿に足を踏み入れるであろう彼らの姿を見ながら、俺は深くため息をついた。
地球温暖化が進みオゾン層は破壊され、太陽からの熱線が容赦なく地球に降り注ぐようになった。それにより温められた熱風、光と熱を反射するアスファルト、それら全てを閉じ込める温室効果ガス。もはや誰も外出しなくなった2056年8月22日、東京のとある大学に在籍するとある科学者が世界初の完全没入型VR技術を発表した。
学術的にも、医療的にも、軍事的にも利用されるその技術は、もちろんゲーム業界に革新的なアップデートをもたらした。
俺が今ログインしているこのゲーム、バシレイア・ファンタジーもそのひとつだ。
プレイヤーたちはこの世界のランダムな位置にスポーンし、ひとりの人間として世界を旅する。その中で様々な国や集落、部族と出会い、多くの場合は最も気に入った集団に所属する。
バシレイア・ファンタジーのグランドクエスト、つまりメインストーリー最終章の目標はこの世界を統治する最高神バアルが座す天空の島に足を踏み入れ、バアルを討伐すること。そうすることで天空の島の所有権および、この世界の統治権を手に入れることができる。
どこかひとつの集団がグランドクエストをクリアしたとしても、今度はそれがグランドクエストのボスとなり、他のプレイヤーたちは変わらずグランドクエストに挑むことができる。何とも合理的なシステムを作ったものだと思わず自画自賛してしまう。
既にお気付きかもしれないが、俺こそがバアルであり、この世界のラスボスなのだ。
この世界を作ったゲームマスターである俺がラスボスを兼任することは何も珍しいことではない。個人開発のゲームではよくあることだ。『不思議の国のティーパーティ』や『ヨモツヘ喰イ』などのタイトルは確かゲームマスターがラスボス格を張っていたはずだ。
「まぁ、どこが攻め入ってきても負ける気はしないけど。なにせ、俺を倒すためのキーアイテムをまだどのプレイヤーも手に入れてないんだからさ」
「はい、今回も私の所で彼らを止めておきましょう。アレすら入手していない者どもがバアル様に謁見するなどおこがましいにもほどがありますから」
セトは僅かに眼光を鋭くさせて俺が出しているウィンドウを睨みつける。第三者が見たら恐らくセトの表情は何も変わっていないだろうが、長年の付き合いである俺には彼の表情の変化が例え1ドットの違いだとしても見分けることができるのだ。
「それじゃ、今日は楽できそうだな。任せたぞーセト」
「はい。誰1人この広間に通しなどしません」
やる気十分といった様子のセトにプレイヤーたちの相手を任せ、俺はログアウトすることにした。この後は情報収集用に作成したアカウントを使って下界を偵察する予定なのだ。もちろん、これは最高神バアルとしてではなく、開発者としての情報収集だ。常にプレイヤーの反応や意見に耳を傾け、ゲームをより良いものへとアップデートしていくこの姿勢。運営としてあまりにも出来すぎている。誰か褒めてくれ。
左手の人差し指と薬指を揃え、円を描くように動かすと、開発者用のメニューを開いた。
その瞬間、ビーッ!ビーッ!とまるで車が発する警告音のような音がけたたましく響き渡った。
「なに!?この音......たしかセキュリティアラー厶の」
発報、と言い終わる前に赤い文字が空中に浮かんだ。
-EMERGENCY-
-EMERGENCY-
-THE KERNEL SYSTEM HAS BEEN HACKED-
ざかーねるしすてむ、はず、びーん、はっくど、と脳内で読んでみるが、驚きすぎているのか、あるいは初めての状況に恐怖しているのか、中学英語レベルの文章が日本語訳できない。
「バアル様、これは一体!」
「分かんない!けど、誰かにシステムが侵略されてるって言うのだけはわかる!」
急いでプログラムコードを入力するためのウィンドウとキーボードを具現化する。
「とりあえずプレイヤーに被害が行くのだけは何としても避けたい!」
今ログイン中のプレイヤーには悪いが、データが破損するよりはマシだろう。後で詫び石でも詫び金でもなんでもやるから今は少し我慢してもらいたい。
「セトはログの回収!ネットワークから切り離すのは俺がやるから」
セトはなるべくデータの保全を、と言いたかったのだがまたしても邪魔が入った。
-EXECUTION: EMERGENCY WITHDRAWAL OF ADMINISTRATOR-
「は?待って、セト!これ止めろ!」
「それは、出来ません。この侵入者の狙いは」
しかし、音は俺に届かない。既にログアウトが開始されているのだ。ブツリ、ブツリとひとつずつ感覚がヴァーチャル空間から切り離されていく。最後に残った視覚がセトの口の動きを捉えた。
読唇術、勉強しておけばよかったなぁ。その思考を最後にヴァーチャル空間との繋がりは途絶えた。
大体8メートル四方か、それより少し広いくらいのロビーの、扉から最も遠い位置に置かれた丸テーブル。そこに露店で買ったミンテリア水のカップを置いて、近くにある硬い木の椅子に腰かけ、ようやく俺は一息つけた。喉の奥から出ていくため息がどんどん長く、そしてだんだん濁点がついてくるのは少しみっともないが許してもらいたい。
なにせさっきまで強制ログアウトさせられたGMアカウントの復旧のためパソコンとにらめっこしていたのだ。ヴァーチャル空間に身体的な疲労は反映されないはずだが、現実世界の自分の眼精疲労がまだ続いているような気がしてならない。
コクリ、とミンテリア水を一口飲む。氷は入っていないが、買った時と同じ冷たさが続いているのはさすがヴァーチャル。スーッとする清涼感も相まって脳ごと身体が冷却されていく感覚によって、いくらか疲労が回復したように錯覚する。
3時間前、突如としてこのバシレイア・ファンタジーを形成する基幹システムであるカーネルシステムが何者かによって侵害を受けた。その対処に俺と、側近であるセトが当たっていたのだが、なぜかそのセトは俺の命令に違反して独断で俺をログアウトさせた。現実世界に戻った俺は当然再ログインを試みたのだが、予想していた通りアカウントが凍結されていた。パソコンからの管理者権限行使もブロックされており、まさしく打つ手なし。八方塞がりに思えたのだが、藁にも縋る思いでユーザー間質疑応答サービスに投稿した質問、『ヴァーチャルゲーム作成補助ツールのカーネルがハッキングされてしまい、管理者権限も使えなくなりました。解決する方法はありますか?』にまさかの回答があったのだ。曰く、ゲームがすでにリリースされているのならゲーム内部に設置された管理者用オブジェクトを起動できればカーネルに直接アクセスできるとのことだ。どうやらカーネルの説明書に記載があったらしいが、普段から説明書は読まない派であったことが災いして俺はそのオブジェクトの存在自体知らなかった。通りすがりの回答者に感謝のベストアンサーを付与して、さっそく俺は凍結されていない一般アカウントでゲームにログインしたというわけだ。
さて、ここで待ち合わせをしているのだが、その相手がなかなか来ない。コクリ、コクリとちびちび飲んでいるミンテリア水もそろそろ底が見えてきた。さすがにしびれを切らして周りを見渡すが、やはり待ち人は視界に入ってこない。というか、人が多すぎて探すことができない。それなりにゆとりのある造りをしたロビーのはずだが、今日はなぜだかプレイヤーであふれており、ガヤガヤと騒がしいうえに少し窮屈だ。確かにここは各種任務を受けることができる冒険者協会であり、常時どこかしらのパーティがいる場所ではあるが、だとしても多すぎる。まるで新規イベントが始まった時のような混み具合だ。
「おーい!カナリー!わりぃな、今日はどこもかしこも人が多すぎてよぉ」
「はぁ、いや、確かにプレイヤーが多いのは事実だからな」
人の隙間を縫って俺がいる席まで辿り着いたこの中肉中背の男は椅子にドカりと座り、右手に持ったミンテリア水をがぶがぶと飲み干した。
彼、クラッシュは俺が情報収集用アカウントとして作ったキャラクターであるカナリーの最初のフレンドだ。逆立った赤銅色の前髪に、同じ色の瞳を持つそれなりに端正な顔立ち。まぁ、ゲームの中だと誰もかれもがイケメンだったり美人だったりであるわけで。つまりは平凡な顔だということだ。
「それで、なんだってこの忙しい時に俺を呼び出しなんてしたんだ?」
「折り入って頼みがあるんだ」
自分で言うのもなんだが、珍しく居住まいを正してクラッシュを見上げた俺は、両手を両膝について頭を下げた。
「俺を天空の島まで連れて行って欲しい!」
頭を下げているため見えないが、恐らくクラッシュはポカンとした顔をしていることだろう。
「そりゃいいが、一体何があったんだよ。お前がフィールドに出るなんてよっぽどだろ?」
「受けてくれるのか!?ありがたい」
今まで生きてきた中で、これ程友人の有り難さを噛み締めたことはないだろう。一人で感慨深くなっていると、話に置いていかれたクラッシュが唇を尖らせて当然の疑問を呈した。
「で、何のために"あの"天空の島なんかに行きたいんだ?」
あの、とクラッシュはわざとらしく言葉を強調した。その声音には問いというより、既に答えの輪郭を見定めているような気配がある。俺はその一言を受けて、ほんのわずかに言葉を詰まらせた。
一介の商人が、わざわざグランドクエストの最終目標地点である天空の島を目指す理由はない。あるとすればよっぽど物好きなやつか、あるいは剣士兼商人といったような自分で商品を確保するタイプのパワー型商人たちだけだ。その点、普段からフィールドに出ず、街に引きこもって古物商のような商売スタイルをとっている俺には縁のない話のはずだ。
理由は単純である。しかし、ゲームが侵害を受けたから修復するために天空の島を目指しているだなんていったい誰が言えるというのだろうか。
クラッシュは急かさない。ただ、沈黙のまま視線だけをこちらに置いている。その視線は圧迫というより観察に近い。だが観察という言葉もまた正確ではなく、むしろ“判断の保留”という状態に近いのかもしれない。
俺は、ようやく口を開いた。
「商人っていうのも、悪くはないんだけどな」
言いながら、自分の中でその言葉の位置を探る。事実ではある。だが事実のすべてではない。
クラッシュは眉をわずかに動かした。
「で?」
短い促しだった。その一語で、言い訳の余地が削られていく。
俺は続ける。
「ちょっと飽きてきた。動きが制限されるし、戦う機会も少ない」
口にした瞬間、それは理由というより説明の形をした整理に過ぎないと気付く。自分の行動を後から整えているだけで、その先にある動機そのものはまだ掴めていない。
クラッシュはしばらく黙ったあと、椅子の背にもたれた。
「剣士に変えるってことか」
「そうなるな」
剣士という言葉には曖昧さがない。前に出る、戦う、結果を受ける。それ以上でも以下でもない単純さがある。その単純さが、いまは必要だと感じている。
クラッシュは短く息を吐いた。
「理由はそれだけか?」
その問いは確認ではない。むしろ、裏に別の層があることを前提にした問いである。表面の言葉ではなく、その下に沈んでいる何かを測っている。
俺は一瞬だけ喉の奥がキュッと締まった感覚を知った。
セトの沈黙。カーネルシステムの異常。GMアカウントの凍結。どれもクラッシュが知りえるはずのない情報だ。だというのにクラッシュはなぜだか俺の感じている不安も、怒ってしまった問題も、全てを知っているように俺の言葉の続きを待っていた。
「あぁ、それでいい。理由は、それだけだよ」
結局、それ以上は言わなかった。
クラッシュは追及しない代わりに、わずかに肩をすくめる。
「まあいい。付き合う」
「助かる」
即答すると、クラッシュは一瞬だけ口元を緩めた。
「ただし条件がある。剣士やるなら最低限は戦えるようになれ。天空の島は遊ぶ場所じゃない」
「分かってる」
その条件は当然だった。むしろ条件として提示されるまでもない話である。さすがにそれなりのベテランプレイヤー同士だ。わざわざクラッシュに戦闘指南してもらうほど、厚顔ではない。
クラッシュは立ち上がり、周囲を一度だけ見渡した。その視線には、わずかな違和感の確認が混じっているようにも見えた。
「それと、もう一つ」
声音が少しだけ変わる。
「この周辺、妙だぞ」
クラッシュは立ち上がり、周囲を一度だけ見渡した。その視線は漫然としたものではなく、視界の中の「揃い方」を検算するような動きだった。
「どう妙なんだ」
「説明しづらいな。揃いすぎてる。個々が勝手に動いてる感じじゃない」
その言葉は曖昧だが、むしろ曖昧であるがゆえに核心に近い。さっきまで雑多に散っていたはずのプレイヤーの動線が、一定の方向に寄りすぎている。特定のギルドタグを付けた集団が、会話の内容も歩く速度もほぼ同じ間隔で同期している。さらに本来なら別々の依頼掲示板に分散するはずの人間が、同じクエスト受付に吸い寄せられるように集まり続けていた。個々の行動として見れば不自然ではないが、全体として見れば偶然の範囲を明らかに超えている。そういう、ばらつきの消失に近いものを、クラッシュは目で追っていた。
俺は小さく頷いた。
「調べる必要はあるな」
「そういうことだ」
クラッシュは短く答える。
「協力はする。俺たちの仲だからな。」
こうして関係は成立した。単独ではなくなることで行動範囲は広がるが、その分だけ外部の視線も増える。それは制約であると同時に、必要な拡張でもある。
いずれにせよ、まだ情報が足りない。セトの沈黙の理由も、カーネルシステムの異常も、ゲームを攻撃してきた犯人の意図も、どれも未だ輪郭を持たないままだ。だから今は動くしかない。動きながら確かめる以外に方法がない。
そして、そのために剣士という役割を引き受けることは、合理性を欠いた選択ではなかった。
いやー、警告文の所、本当はなんかかっこいいプログラミング言語とかで書ければよかったんですが、いかんせんそっちの知識はなく......
次回も頑張って書きますので良ければ続編をお待ちください!




