足りないもの
剣と剣がぶつかる音が、戦場の中心で何度も響く。ノエリアは止まらない。踏み込む、振る、押し返される、それでももう一度踏み込む。その繰り返し。さっきまでと違うのは、完全に崩されないことだった。受けて、流して、なんとか形を保つ。だが、それでも“届かない”。その差が、はっきりと見えている。
エスターは静かに受け続けている。表情はほとんど変わらない。だが、その目だけが、ノエリアを測るように見ていた。
「形にはなってきたわね」
ノエリアは答えない。息が荒い。腕が重い。それでも、剣を止めない。
(まだ足りない)
自分で分かる。さっきから、ずっと同じところで止まっている。あと一歩が届かない。踏み込む。振る。ガン、と音が鳴る。押し込む。ほんのわずかに、エスターの体が揺れる。
(今……)
だが、次の瞬間には崩される。軸を外される。力が流される。そのまま反撃。ドン、と衝撃。体が後ろへ押される。足が滑る。地面に線が残る。
「焦りが出てる」
静かな指摘だった。ノエリアの呼吸が一瞬止まる。
「力は出ている。でも」
エスターが一歩踏み込む。
「雑になる」
そのまま剣が振られる。ノエリアは受ける。だが、完全には防げない。衝撃が腕を抜ける。体勢が崩れる。片膝がつきそうになる。
それでも、倒れない。
「……まだ」
歯を食いしばる。立て直す。視線を上げる。エスターはそこにいる。変わらず、動じないまま。
(どうすれば……)
考えが一瞬よぎる。その瞬間。
剣が遅れる。
エスターの一撃が入る。ドン、と鈍い音。ノエリアの体が大きく吹き飛ぶ。地面を転がる。呼吸が乱れる。視界が揺れる。
「考えすぎ」
淡々とした声が落ちる。
「さっきの方が良かった」
ノエリアは地面に手をつく。立ち上がろうとする。腕が震える。力が抜けそうになる。
(……違う)
さっきは、考えていなかった。ただ、前に出ていた。それだけで、少し届いた。
(でも今は)
勝とうとしている。届こうとしている。結果を求めている。その分、体が固くなる。
ベルの声が、胸の奥で響く。
『どうして戦ってるの?』
ノエリアの呼吸が、少しだけ落ち着く。
(……守るため)
答えはすぐに出る。
『それだけ?』
一瞬、詰まる。
(違う)
フィアの背中が浮かぶ。ダニーの拳。ハイジの笑い。ジェイドの静かな視線。
(みんながいるから)
そのとき、胸の奥で光が揺れる。さっきよりも、少しだけ安定している。
ノエリアはゆっくり立ち上がる。足はまだ重い。それでも、前を見る。
「……もう一回」
その声は、さっきよりも静かだった。エスターがわずかに目を細める。
「いいわ」
ノエリアは踏み込む。今度は、速くない。強くもない。ただ、まっすぐ。余計な力を入れない。振る。光が宿る。ガン、と音が鳴る。
今度は、ぶれない。
エスターの受けが、わずかに遅れる。ほんの一瞬。
ノエリアはそのまま続ける。もう一度。踏み込む。振る。連続で繋げる。無理に力を乗せない。ただ、流れを切らない。
「……そう」
エスターの声が変わる。
「それでいい」
その瞬間、初めてエスターが“攻めに出る”。今までよりも速い。踏み込みが深い。剣が一直線に伸びる。ノエリアは反応する。受ける。だが、重い。衝撃が違う。押される。足が沈む。
それでも、崩れない。
「……っ!」
声が漏れる。だが、耐える。流す。さっきの感覚をなぞる。
(流して……返す)
そのまま、剣を返す。光がついてくる。エスターの剣と再びぶつかる。ガン、と強い音。
今度は、完全に“形”になっていた。
だが。
それでも。
押し切れない。
均衡が、一瞬で崩れる。エスターの力が上がる。ノエリアの剣が弾かれる。体勢が崩れる。そのまま、一撃が入る。
ドン!!
ノエリアの体が再び吹き飛ぶ。今度は、さっきよりも重い。地面に叩きつけられる。呼吸が抜ける。視界が白くなる。
しばらく、動けない。
エスターがゆっくり近づく。
「惜しいわね」
静かな声。
「あと一段」
ノエリアの指が動く。地面を掴む。少しずつ、体を起こす。
(あと一段……)
その言葉が、はっきりと残る。
足りないものがある。
でも、それが何かは、まだ分からない。
それでも。
ノエリアは立ち上がる。
ゆっくりと。
剣を握る。
前を見る。
「……行く」
その声は、まだ震えていなかった。




