8-6.陽光
「理不尽に恨まれることは慣れてる。だからお前も俺を恨んでも構わない。何なら契約も切ろう。魔力はいくらでもくれてやるが、お前の血は俺の理性が持たない」
俺は惟也や下人たちを血袋同然に扱っている。それは俺が加減出来たからだ。
だけど妖力が多い礼羅の血を前に俺は理性を保つことは難しい。だから距離を置いた方が懸命だ。身元も晴明殿や北の方が何とかしてくれるはずだ。
そう考えていたのに、俺は礼羅に平手を打たれた。
「勝手に私の感情を決めつけるなんて馬鹿じゃないの、この安本丹!」
叩かれた左頬が痛い。礼羅が反対する理由が分からなかった。俺はお前を前の主人と似たようなことをしたはずなのに。
「アンタのことは恨んでやらない!式神もやめてやらないんだから!」
「お前は昨日のことを忘れたのか!」
俺がお前を術で命令したらどうすることもできない。逃げることも出来なくなる。
だけど礼羅は自分の人差し指を嚙むと血の滲んだそれを俺の指に向かって突き刺そうとした。
「っおい何を!?」
礼羅の手を掴み、血のにじんだ指を止めた。金気の臭いと交じって香る甘い匂いにくらりとする。
「妖力は増やせるの!アンタが欲するならいくらでもくれてやるわ!私のことを見くびるんじゃないわよ!」
その隙に礼羅は俺の口に力ずくで指を突っ込んだ。認めたくなかったのに理性がまだあるこの状況でも礼羅の血が美味に感じる。
礼羅の指が俺の口の中で舌をなぞるようにぬるりと嬲る。これでは俺が礼羅を式神にした時と立場が逆だ。指を引っこ抜くと指に噛み跡はなくなっていた。
「まぁ、血を介さなくても妖力を分けることは出来るんだけど」
「ならこんなこと――」
「大事なことよ。それじゃあ一旦私の式札を返して」
礼羅の式札は塗籠の中に置いてあるがこいつは一体何をする気だ。
「契約をやり直しましょう。以前は無理矢理だったもの」
「……分かった取ってくる」
俺はため息を吐いた。
―――
墨と筆、酒器を一式。普通の紙と真新しい長方形の式札を二枚、そして礼羅の名前と俺の血が塗られた式札を目の前に並べた。
「お前の名を返す」
俺は式札を返すと礼羅はその場で破いては掌の上で燃やした。一瞬で礼羅とのつながりが消えた。
「私は魔力と衣食住。貴方は妖力と式神が欲しいという感じかしら」
「……そうだな」
いや他にもあるな。
「契機はお前が実父を見つけるまでにしよう。俺も協力する」
「え?」
「この条件だとどちらかが死ぬまで離れられなくなるぞ。お前も一生俺に仕えるつもりはないだろ?」
俺とてこんなやかましい式神と一生繋がりを持つつもりはない。
「なら私も、貴方を呪った奴を探す」
「はぁ?」
「どうせそっちの方が簡単に見つかりそうだし、それに私だけ目的達成して契約が切れても貴方のことはほっとけないもの。せめてそれをどうにかしてからおさらばした方が後腐れないでしょ?」
俺のことは気にしなくてもいいのに。義理堅いというかなんというか。
俺が筆を取ろうとすると礼羅が書くと言うので任せる。
礼羅の書いた内容はひらがなの無い漢文だった。……漢文の読み書きを教えてくれた寺の僧侶に久しぶりに感謝だな。
一通り読んで問題ないことを確認すると起請文の末尾と新しい式札に『陽光』と書いて礼羅に渡す。礼羅も同じように『礼羅』と書くと式札を俺に渡した。
俺はこれで礼羅にストッパーとしての役割を与えることになる。だけど礼羅はその式札に血判をすることもせず懐に仕舞った。
「仕舞うのか」
「私が血判をしたら貴方が私の式神になるじゃない。これは念のため」
自分の直筆の名前を預ける行為は己の首に刃を突き立てられているような緊張感があった。失くさないよう首から下げるお守り袋でも作ろうか。……礼羅に任せよう。
俺は礼羅と書かれた式札に血判を押し、盃にも自分の血を垂らすと酒を注いで礼羅に渡した。
「……頂戴いたします」
礼羅はその盃を飲み干す。これで正式に式神として契約が成立した。
そして俺は書いた起請文を三つ折りにしてさらに半分にすると火を付けて燃やした。
「えっ!?」
「縛りにするための儀式みたいなものだ。燃やした灰を酒と混ぜて飲む。灰は飲まなくていいぞ。俺が飲み込むから」
「そ、そう……」
何ドン引きしてるんだよ。
紙が燃え尽きたところで写しを控えて無かったことを思い出す。
「写し忘れたな……」
「別にいいわよ。忘れないから」
それもそうか。後の祭りだ。
灰の入った盃に酒を注ぎ、二人で三回に分けて回し飲みする。
だけど三回目の酒を飲み切った後、このやり方が何かに似ている気がしてその答えが思わず口から出てしまう。
「三々九度!?」
「え、何!?」
礼羅はきょとんとした顔でこちらをみる。……そういえばこの時代の結婚は『三日夜の餅』か。俺には縁のないことだが。
「……いや、似た儀式があったのを思い出して驚いただけだ」
「なによそれ」
畜生、またやらかした。




