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8-1.礼羅


 突然陽光に首元を嚙まれる。


「痛――っ!」


 獣の甘噛みでは済まない。これは捕食だ。

 噛まれた場所が暑くなり、じゅると啜られていく。


「やめ、て――」


 血液と共に妖力が吸われていくのでさらに抵抗が出来なくなっていた。


「陽、光……おねがい、お願いだから……!」


 諱に呪力を込めて呼びかけても相手は全く反応しない。動こうにも式神の術のせいで動けない。陽光はただひたすら傷口から私の血をすすり舐めとる。陽光の唾液に帯びる魔力が冷えた私の身体を火照らせていくのが。

 魔力ほどではないけど私にとって妖力も生命線だ。自分で妖力を回復する手段が使えない今、そんな勢いよく吸われてしまったら生きていられるかどうかも怪しくなる。それでも私は完全にされるがままだった。

 遠くから惟也の声が聞こえてきた。


「旦那様!旦那様どこにいらっしゃいますか!?……っ夜半の君!?旦那様何てことを!」


 必死に私から陽光を引き離そうとしてくれる。

 よく見たら惟也の左腕は布で巻かれていた。まさか惟也も陽光に血を吸われたのだろうか。

 力づくで私から引き離そうとするが陽光に腕を弾かれて惟也はすっ飛んでしまう。


「っ正気を取り戻してくださいませ!陽(・)光(・)様!」

「惟也様!」

「夜半の君も意識があるならせめて反発してください!!」


 主に反発しろだなんて初めて言われた。


「無理、だって、私……式神、だから……」


 惟也は目を見開く。

 そうだ。私は陽光とは対等になれない。陽光は私に対してその境遇に同情していたことは気付いてた。従者としての礼儀作法をお婆から学んだことはないけれど私は主として陽光を尊重しているつもりだ。

 だから私は大丈夫だから私を式神以上に大事にするのはやめろって彼に言ってやりたかったのに。


「少し気がかりで引き返してみましたが、これは一大事ですねぇ」

「あ、有明の君!?」


 日も変わらないうちに会いたくない奴が来てしまった。


「しかしその体質の原因はそれだったとは……」

「有明の君!お願いです!どうか旦那様を!」

「妹の一大事ですから、仕方ありませんねぇ」

「妹じゃありません!」


 いつから私はお前の妹になった。

 残月は私の反論に返事もなく閉じた檜扇を陽光の頭にとんと突く。


「――【縛】」


 すると陽光の全身から力が抜け、私の体にのしかかる。私も動けるようになったけれど陽光の体が地味に重い。


「一時的に意識を封じました。急ではありますが今夜は私もお傍にいましょう」


 残月はひょいと陽光の体を抱き抱えた。


「新月もまだなのにここまで暴れるとは……」

「ありがとうございます助かりました……」


 惟也が頭を下げる。


「ある意味、今日が新月ではなくて良かったのやも知れませんねぇ……そこのおまえ、穢れてはいけません。さっさと傷を塞ぎなさい」

「……は、はい」


 一瞬私に対して言ったのか分からなかった。先程の態度はなんだったのだろうかと疑うくらい残月の性格が元に戻っている。

 私は首元の傷をなぞったが噛み跡がなくなっている。陽光の唾液に混じっていた魔力のせいだろうか。平然を保っているつもりだけどくらくらする。

 私から妖力を奪って魔力を注ぎ込むなんて暴力的にも程がある。


「ここにいた!……侍従様!旦那様に夜半もどうしたのですか!?」

「お前達!夜に外に出るなと言ったでしょう……!」

「夜半に水汲みを任せたら遅かったので迷っているのではと、麻杜が……」


 水丸の後ろから麻杜がおそるおそる顔を出す。もう機嫌は戻ったのか。


「日も沈んでいます。二人は湯と布、火の用意を。……有明の君。申し訳ございませんが旦那様を母屋までお運びを。旦那様の寝所の支度は出来ております」

「心得ておりますよ」


 子供二人と目が合うが思わず逸らしてしまう。残月に抱きかかえられている陽光の口元は真っ赤だし、私は衣や髪が乱れた状態で地べたに座っているのだ。私と陽光に何かあったのだと思う方が自然だ。


「分かりました。夜半立てるか?」


 水丸が私に気にかけてくれる。下人三人の中で彼は親分に当たるのだろう。いい親分だ。


「この娘も母屋で休ませましょう」

「えぇっ!?……う、はい……」


 残月がさも当然のように言うのに水丸が驚いていた。

 麻杜が私をちらちらと見るけど残月の視線に怯えてまた水丸の背中に逃げた。何しに来たのだろう。


「この方が理性を忘れて獣のように血を啜ることは初めての事です。この娘はもとより普通の人ではごさいませんから。大量の血をすすられて何かあった時に対処できるのはこの私だけですよ」


 彼の笑っていない目が怖い。一瞬でも大丈夫だと思っていた私が馬鹿だった。鳥肌が立って落ち着かない。


「それにお前も無知でいられませんからねぇ。いっそ全て話してしまった方がよろしいでしょう」


 残月に抱えられた状態で眠る陽光を見る。大分暗くなってしまったので顔が見えない。

 彼のことは知りたいとも知りたくないとも思う。本人は眠っているのに私が聞いてしまって大丈夫なのだろうか。


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