22-2.吉平
一泊大社で泊めてもらい早朝に出発する。山道が険しくまだ日がてっぺんを登っていないのに長く感じる。
道中案内役として巫女が先導を歩いているが、自分らよりも頭一つ分ほど小さい少女なのにここまで足取りしっかりと歩いていることに感心した。秋なのに小袖という薄着で袖から腕も露にしているがその露になった腕は太く、小麦色に焼けた肌は都の女性とは違った魅力を感じる。
しかしここまで無防備だと放っておく男がいないと思っていたが、出発前に宮司からは「この娘は神に仕える娘故」と釘を刺された。
一刻(二時間)ほどかかった辺りで今度は塩気のあるべたついた匂いがしてきた。
「べたついた匂いがするね」
「潮の匂いでしょう。海が近いので」
「うみ……海かぁ、海ははじめてだ」
知識はあっても実際に見るのは初めてだ。無限に広がる水溜まりだと聞いてはいるがどんなものだろうかと心が躍る。
森を歩いていると踏みしめている土が徐々に砂交じりになる。素足から履いていた草鞋と足の指の隙間から入り込む砂に不快感を覚え、徐々に踏みしめているそこから足がもつれていくのが面白くてしかたない。
浜辺に着くと、巫女からはそこで待っていて欲しいと止められ、巫女はその辺で網を結んでいった男に声をかける。一言二言やり取りすると巫女が戻ってきた。
「ここからは船を使い向かいます」
「えらい場所に黄泉があるもんやな」
道柳に自分も同意する。初めての海でこの船に乗るのか。
「はい。そもそも出雲は黄泉とのつながりが強くその入り口が多くあります。わたくしどもで時折怪しいものを見つけては封印しているのです。これから向かうのはその中でも大きな場所になります」
それは知らなかった。黄泉の場所は管理まではしなくても把握はしておきたいところだ。
「私たちは最近出雲に来たばかりで事情をよく知らないんだけど、怪しい物と言ったら悪しきものもあっただろう?今まで国府の術師に討伐の依頼はしなかったのか?」
「大社の人間は祓うことに長けておりますから」
陰陽師を信頼しないのは神祇官府と同じか。いずれは仲良くやっていきたいものである。
小舟に着くと巫女が一人で大きなへらのようなものを持ちあげるので手伝うと言ったが断わられた。
「海を見たことがない者に舵を任せられません」
おっとつれない。
巫女の手は平民の女と同じくらいしっかりと筋張っており、普段から漕ぎなれているのが目に見える。
あっという間に海を渡り沿岸部の大きな洞窟が見えた。
「あの岸に泊めます」
そう言いながら近くの岩に縄と船を繋げて縛っていく。葬儀でも使われているということはこれまでもこうして死人を運んでいたのだろう。
道柳はひょいとその身を跳躍して岸に上がればかなり船が大きく揺れるので態勢が崩れる。巫女に腕を掴まれて海に落ちることは無かったが、女性にしてはかなり力が強い。
「あ、ありがとう」
「お構いなく」
「姉ちゃん腕がえらい強いなぁ」
少し離れていた道柳が関心する。揺らしたのはそちらだろうに。
巫女は道柳を一瞥することなく遠くの洞窟に向かって手を向ける。
「……あの向こうが黄泉の入り口の一つです」
奥まっている先はとても暗くて見えない。松明代わりになる流木を探しては術を使って持ちやすい大きさに手折る。
手前には小さな祠。その奥は暗くよく見えない。
巫女はその場から離れない
「にしても何もあらへんな」
「……」
足元から冷気が流れる。今はまだ夏である分気がまぎれた。道柳が両肩に錫杖を乗せては辺りを見回している。
「お前はこちらに来ないのか」
「私は慣れておりますのでお気になさらず。……ですが、足元にはご注意を」
「?」
その瞬間彼女の両手が不審な動きを見せ、思わず道柳の腕を引いた。
「どう――」
「【縛】」
足元が何かに縛られたような痛みを覚える。それが神官の結界術だと気付いた時にはもう遅く、自分らの体が地面に倒れた途端黄泉の奥へ奥へと引きずり込まれる。
「おい太郎坊!」
更に空気が冷たくなっていき、道柳の姿も見えなくなってしまった。
「俺の名を呼べ!」
果たしてこの叫びは向こうに届いただろうか。
名を呼べと、言ひしは誰ぞ。知らぬ名を、隠して過ぎし汝ならずや




