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22-1.吉平


 陽光が陽輝の屋敷の調査を受けていた頃のこと。


 都から出立してから二十日ほど。ようやくたどり着いた出雲だが、それでも国府丁(こくふのちょう)までの道のりは遠い。疲労も相まってあと二日と言ったところだろうか。


 到着の報告を出雲の国司と郡司(ぐんじ)(地方の官吏。世襲制でなることが多い)らのいる国府丁に入れば、さすが大国。大勢の郡司が仕事に追われている。

 話をすれば出雲の国が皇子の管理となったことに感動する者、術師が来たことに安堵する者、自分らを見定める者もいる。

 しかし新しい国司が存在を隠され冷遇されていた皇子で、しかも遥任だと知ると特に前任の出雲守(いずものかみ)が鼻で笑っていた。


「その皇子の名を知らぬ。後任の守が来ないことにも甚だ疑問だ。一体どいうことだ」


 陽光のことを知らないことに目を見張るが、時期を考えれば彼が成人してから名が付けられたことを鑑みれば知らないのも無理はないと思い至る。勘解由使の持っている勅諚に通り名なんて書いていないのだから分からなくて当然だ。

 しかしそれを正そうにも陽光に対して忠義のある者はいない。自分が口を出すのもはばかられる。

 結局前任の国司は勘解由使に諭され、嫌々ながらも引継ぎを行い始める。都に戻って己の後任が誰だったのか分かった時一体どんな顔をするのか見れないのは残念だった。


「侍従をしていたほどなのに、口を出さないのは意外だな」


 少し耳元で囁く受領仲間に淡々と返す。


「……この若輩者に言われたところで生意気だと思われるだけで終いでしょう」

「それは確かに」


 受領仲間からは鼻で笑われる。年下とはいえ、彼らから相変わらず下に見られる。向かう道中占いを頼まれたことはあったが、百発百中ではないのでその度にケチつけられる。

 しかし到着してから数日はそう言っていられる状況ではなく、嫌味は減らず火を灯す油の量が減った。引継ぎの業務に明け暮れ、前任の国司が勘解由使と共に都へ旅立ったのを見送ってからようやく本来の目的が果たせるようになったのは出雲に到着してから七日経ったころのことだった。


「遅いんじゃワレ!」

「仕方ないだろう、仕事だったんだから」

(みことのり)があるんやったら、それを優先せなあかんのとちゃうんか?あぁ?」


 道柳(どうりゅう)はずっと大社の周辺で待っていたが、出雲守が代わった噂を聞きつけて国府丁ではなく国司が滞在する(やかた)に押しかけてきたそうだ。

 播磨で出雲までついていくと言い出したこの男は播磨で引継ぎをしてから向かうために遅れて来ると思っていたら、自分らよりも数日早く出雲に着いていたらしい。


「だいぶイラついてるけれど、そちらは引継ぎは済んだのかな」

「『あとは頼むわ。』それだけで十分やろ。そっちが遅いんや」


 雑すぎる。


 更に聞けば方言の壁を乗り越えながらも経を読み歩き托鉢(たくはつ)を貰いながら生活していたという。

 山歩きには相当慣れているのだろうが、修行僧でもないのに物乞いの真似事に思わず眉をしかめる。


「ええやろええやろ、托鉢くらい。経も読むし、できるかぎりの邪気は祓うとるんやからな」


 遁世にいる僧は皆ああなのだろうか。嵐山では僧侶の黒衣で獣を狩っていた弟弟子が頭によぎるがさすがにあれとは違うだろう。


「……もういい。収穫の時期まで時間がないから七日しか空けられない。逐一状況を伝えないといけないからまずは大社に向かう」

「大社か。そこで何を知ろう言うんや」


 そう言えば勅の内容について話したことがなかった。都ではすでに話が広まっているけれど話していいものか。

 術師として実力は完璧でないにせよ申し分ないから協力を仰ぎたいところ。だがこの男を信じ切れているかと言われるとそうでもない。


「都で見たことない魔物が出た。魔物は黄泉に行き来できると言われているから、異変が起きていないか調べたい……と言ったところかな」


 もしそれで何かあれば都に戻れるのではないだろうか。父の結界を破ってまで入ってきた魔物だ。わざわざ一月近くかけて出雲にまで足を運んだとはいえ、急を要するのは確かだ。


「ほーん、そういうこともあるんやな」


 多少ぼかしたがそれで納得したのならいい。時間が空いたとはいえ、それでも七日しか見れないのが口惜しい。

 今は昼間とはいえ、着くころにはすでに日が落ちている時間だ。

 次の日の明朝に国司の館を出た。


「なーなー、帝を見たことがあるんやろ?どないな人や」


 錫杖をガシャンガシャンと鳴らしながら後ろから聞いてくる。


「帝をそう見世物みたいに言うな……あれは俺ですら本来なら直接見ることが出来ない御方だ」

「角でも生えてるんか?」

「普通の人と見た目はそう変わらないよ」


 息子の方はまぁまぁ人外じみているが、それでも人であることに変わりないというのは父の言葉だ。

 先ほどからかなり不敬なことを言っている。都だったら近くにいた近衛か検非違使に捕まっていただろうがここは地方なので言いたい放題である。


「なぁ、お前はなぜ俺と行動を共にしようとする」

「面白そうだと思ったからに決まっとるやろ」

「面白いねぇ……まぁ面白くはあるか」


 見方によってはそうだろう。弟なら「こんな面倒ごとを面白いと思うなんて兄者だけだ」なんて言いそうだ。

 気味の悪い笑みと錫杖を浮かせ掲げる素振りをしたと同時に構える。しかし印を結ぶ前に腕を取られた。錫杖とは別の手だ。


「おまんも小童や。未熟よのう、(ワシ)を警戒してるのが分かりやすい」

「突然襲うなんて行儀が悪いね」

「それを言うなら都の術師はお行儀がええなぁ、儂ならその腕を切り落とすは無理でも結べんようにするわ」


 錫杖を持っていたのは左手。筆を持つなら右なのにどうして利き手が左だと勘違いしたのか、ため息を吐いて降参の意思を示せばすぐに手を離された。


「はぁ、快楽主義者は本当に厄介で困る」


 「お前も同じじゃろうて!」と頭の中の陰陽頭が言っているが、上には上がいるものだ。


「黄泉平坂に行かなくてええんか?」

「そっちじゃなく大社の近くに大穴があるらしい。そちらに向かう」


 大社にたどり着いたのは昼過ぎで、外で掃除をしていた下人に話をすれば手を頬にあてて首を傾げられた。

 だが聞ける何かがないかと勅が書かれた書類を見せればすぐに案内され、あっさりと神職の人間(さすがに宮司ではなさそうだ)と対面することができた。


「黄泉への横穴ですか?国府のほうが近いのにわざわざこんなところにまでいらっしゃるとは……」


 近くには白小袖に朱色の袴を着た巫女も控えている。その後ろ姿に椿の君を思い出した。勘解由使に文を託し損ねたのが悔やまれる。

 神官が困った顔をするのも当然で、実際、黄泉平坂は自分が滞在している国司の館のほうが近いということは知っていた。しかし占いには大社に先に参れと出たのだ。神からのお告げであるならその通りだろうから先に足を運んだ次第である。


「こちらの占いでは先にこちらに参れと出ましてね。……五月ごろから何か変わったことはございませぬか。例えば何か不思議な人が参拝に来たとか……」


 さすがに漠然としすぎたか、神官と巫女は互いに視線を交わすが心当たりがなさそうだ。


「ですが手前でも黄泉に向かうのでしたら一度こちらで護りをさせてもらいましょう」

「それは頼もしい。ありがたいことだ」


 加護を貰えるのであれば願ってもないことだ。道柳は大社に来てから終始無言であるが、異を唱えることはなかった。


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