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私が家を建てるまで  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ) 
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私が家を建てるまで 

十三は、マンションの管理人として住み込みで働き出していた。

本来管理人は、夫婦でという条件がほとんどだが、

十三のマンションは二十世帯ほどの小規模マンションで、

仕事もそれほど多くはないという理由と、

大家が十三の事情に同情しての採用だった。大家は、野口敏子と言い、八十八歳になる独身女性だ。

マンションの一階に六匹の猫と暮らしている。

十三は昔から、妙に年寄りの受けがいい。

祖母も、十三には甘かったし、出産までの数ヶ月、

本来は針のむしろに座っているはずだった十三は、祖母とべったりの時間を過ごしたために、

母の敷く針のむしろに座らないままで終わることが出来た。

「与の助もいい名前だなあって」

「与の助はまだうちにいるんだ」

「いた。もう、空気と同化して幽霊ぐらい薄くなって存在していた」

「喜んでた?」

「うん!その子か、僕の初孫はって、両手を差し出したから抱かせてやった」

「その時与の助が言ったんだ。僕は子供たちをこうやって抱っこしたかったなあって」

父親は孫を抱きながら名前を聞いた。

「三歩とつけた」

「三歩。いい名前じゃないか。父さんは将棋の駒の中では、歩が好きなんだよ。歩は他の駒と違って

一歩ずつ前にしか進めない。だが敵陣に入るなり、金に変わるんだ。歩のくせに大出世だ!すごいだろ?」

「だね」

十三は将棋を知らなかったので、歩がどんな駒なのかわからなかったが、

歩という文字を娘につけて良かったんじゃね?と思っていた。


与の助は、5年暮らしたクリーニング店の真知恵と別れると、ただいまと言って家に帰ってきた。

和枝は、お帰りなさいと言った。

それきり夫婦は口を利かず、だが、食事の時は同じテーブルにつき、同じTV番組を並んで見ていたりする。

そうして父大尊寺一人だいそんじ かずとは、また大尊寺家の玄関から、自分の会社に通うのだった。

しかし、つくづくおかしな夫婦だと八子は思う。

なんで別れないんだろう?和枝はどうして許しているんだろう?

「やっぱり惚れているのかな?」

八子と十三は中高生の頃、部屋でコソコソと話し合ったものだ。

しかし、大人の気持ちはさっぱり汲み取れない。

顔や言葉と中身が違うんだよなー 十三はよくそう言っていた。

私は絶対にこんな結婚はしない!と思う八子だったが、何にでもちょいと躓いてしまう自分だ。

躓きまくった結婚をしてしまうかもしれない。

八子という末広がりの名前には、七転び八起きという意味合いもくっついているんだそうだ。

ある日八子は十三に言った。

「私、もう躓きまくって来たんだけどさあ、果たして起き上がっているのかわからないよ」

すると十三は可笑しそうに言った。

「なになになに、馬鹿なの?八子。起き上がっているから、次にまた躓くんでしょう?

起き上がってなければ、躓くわけないじゃん」

は〜ん? そうなのか〜? そう言われればって・・・違うでしょう!

起き上がるってそういう意味じゃあないんだけど・・まあ、いいか。十三なんだし。

八子は十三が珍しく入れてくれたコーヒーを啜った 


数日経って八子は初めて十三の寮を訪ねた。

十三は三歩のオムツを替えながら言った。

「私、子供にはさあ、ちゃんとした家庭を作ってあげたかったけど、無理だったな」

十三は管理人の仕事があるので長い時間外出はできない。

管理人にはいつ緊急の仕事が入るかわからないからだ。

寮はマンションの一階の道路に面した側の一部屋だった。

十三の部屋のドアを開けると、かなり贅沢な広さの玄関がある。

大家さんが玄関にこだわる人で、玄関は一家の顔であるのだから、

広くゆとりのある方がいい。その家の主人の懐の広さの象徴になるのだからと、

玄関にまさかの四畳の広さを与えた。

確かに、ゆとりがある美しい玄関の家に住む貧乏人なんて見たことがない。

貧乏人が、まずいらないと考えるのは、無駄なスペースに見える玄関だろう。

八子は自分はそうだなと思う。玄関を広く取るより、部屋の広さが肝心なのだ。

三畳や四畳半の、アメリカあたりからはクローゼットですか?

と言われそうなスペースを部屋と数えて暮らせる人間にとって、

半畳、一畳のスペースの広がりが、どれだけありがたいか・・・!

「で、このマンションに住んでいる人は、みんな金持ちなんですって」と、十三が鼻の穴を広げた。

そうなの?

「まじ、そうなんだって」

十三が夕食を作るから食べて行ってと台所に立った。

十三が夕食を作るですって〜〜?大丈夫なの〜?

「何がさ。八子、三歩をみててね」

うん

八子は本当に三歩を見ていた。

3ヶ月になる三歩は、よく寝る赤ん坊だと言う。

「赤ちゃんの最初の親孝行は、おっぱいをたくさん飲んで、

よく眠ることだよね」十三は台所から、叫んだ。

「シーッ起きちゃうよ」

「起きない起きない。このくらいのことじゃ」

三歩は三千五百グラムで生まれた立派な赤ん坊だ。

ミルクも規定の量をあっという間に飲み干して、もっと欲しいと泣く。

「この子、飲みしん坊なんだ」

飲みしん坊?

「だってまだ食ってないじゃん。食いしん坊とは言えないからね」

いや、そうですけど。

三歩は全身から健康の匂いがする。

「この子やる気があるんだよね。なんか、生まれて来たからにはやってやろうじゃんて言うね」

そうなの?そんなのを感じるの?

「泣く時は凄いんだよ。そんなに声を張り上げなくても聞こえているよと言いうんだけどね。

私がトイレに入っていようと、御構い無しだもんね」

そりゃあ、赤ちゃんだからね。

「ほんと、ファイト半端ないんだから。私も赤ん坊の時は燃えてたのかなあ。

こら〜っ さっさと来んかい!

来なけりゃ死ぬんじゃいボケ!って、和枝を呼んだのかなあ」

「この子、そ、そんなに口が悪い?」

「このくらいの気合いを見せるよ、三歩は」

キッチンから、食卓に置き忘れた醤油を取りに来た十三が笑った。

「八子、なんかさあ、そんなに三歩を見つめていなくていいんだよ。

見ててと言うのは、一緒に欲しいと言う意味だからさ」

三歩は春の芽吹きのように柔らかい。

世界に守られなければ生きては行けない存在でありながら、

内側に強靭なエネルギーを抱え、ただ一心に、生きることだけにベクトルを合わせている。


台所から十三がぎこちない音を立てながら、野菜を切る音が聞こえてくる。

油が熱せられた鍋の中に肉が、野菜が入れられて、

ジャッジャッと箸を使う音。出汁を入れ、グツグツと煮える音。

それらが八子には誠実な音に聞こえた。






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