第二幕 第三十一場
おっぱい村にある教会では、幼女ザンネと白い騎士の戦いが続いていた。そして牧師ハインツに、金持ちのヒルデブランド、白ヒゲを生やした老人の三人が和気あいあいとその戦いを見守っていた。
騎士が見えない縄に拘束され、それを引きはがそうとするのを、ザンネが必死で食い止めている。
ザンネは両手を騎士にかざしながら苛立った様子だ。「ヨリンデのやつしぶとすぎる。このままではわらわの魔力が尽きてしまう。こんな体でなければ一思いにつぶせるのに」
騎士は呻き苦しみながら言った。「ブリックレーブリット」すると騎士のまわりに突風が渦巻きやがて竜巻となった。竜巻は騎士を飲み込むようにして大きくなると上へと伸び、教会の屋根を破壊した。ぽっかりと開いた屋根の穴からは、夕日で赤く染まる空が見えた。
「いったいなんのつもりだヨリンデ!」ザンネが叫んだ。
竜巻が急速に縮んでいく。するとカマイタチと化した竜巻が甲高い金属音を立てて騎士の鎧を刻んでいく。
ザンネの顔に焦りの色が見えた。「まさかそうやって魔法の縄を断ち切るつもりなのか」
雄叫びにも似た騎士の悲鳴が上がると竜巻は消え去った。それと同時に騎士は回転しながら和んでいる三人のもとへはじき飛ばされて行く。
再び老人はスローモーションの世界に入り込んだ。もしかして私に直撃するのでは、と思った。おい頼む助けてくれ。老人は助けを求めて横の二人を見る。二人は抱き合ったままだ。
お前の胸あたたかいよ、とヒルデブラントは思った。
それは生きているからさ、と牧師は思った。
何二人だけの世界に浸っているんだ、と老人は思った。ねえ、助けてよ。神様でも死ぬ時は死ぬんだよ。ねえ、ちょっと聞いている。マジでヤバいって。頼むからこっちを向いて。
飛んでくる騎士は空中で手足を広げバランスを取ると、老人の目の前に回転しながら着地する。両足を広げて前屈になり、片手をついた状態で二度三度緩やかに横回転すると、うまいぐあいにザンネと向き合う。
ザンネは天井に開いた穴から差し込む夕日によって赤く染まっていた。「やりおるのう」
騎士は落ちていた剣を拾い、そしてヒルデブラントが使用していた鉄板も拾い上げる。騎士は鉄板を盾のように構えると、ザンネに向かって勢いよく走り出すが、すぐに失速する。やがてよろよろとよろめき、そしてザンネの前で力つきたかのように倒れた。
「馬鹿者め」ザンネは息を喘がす騎士を見下ろした。「あんな無茶なマネをしてまともに動けるはずなかろうに。しかしその覚悟と決断力は見事だったぞ。もう一度だけ言う。わらわの元で働かないか。そして人間どもを喰い散らし、この世を地獄にたたき落とそうでは——」
「このバカチンが!」老人の怒声が響くと同時に、空からザンネめがけて雷が落ちた。
黒こげになったザンネは、その場に崩れ落ちるようして倒れた。
ヒルデブラントと牧師が目を見開き、声をそろえて言った。「あ、あなたはいったい?」
老人は二人の前に立つと白ヒゲを撫でた。「私は神様だ」
ヒルデブラントと牧師がひざまずき、声をそろえた。「こ、これはとんだご無礼を」
「牧師よ、これから心を入れ替えてその職務をまっとうに務めなさい。金持ちのヒルデブラントよ、これからは貧しい人に手を差し伸べ、慎ましく生きるのだ。いいな」
ヒルデブラントと牧師は声をそろえて返事をする。「はい、かしこまりました」
「それと白い騎士よ」老人は振り向いた。「お前さんもよく……あれ?」
騎士の姿はいつのまにか消えていた。そこにいるのは焼きこげたザンネだけだった。
ヒルデブラントと牧師は声をそろえる。「白い騎士、いったい何者なんだ?」
「まあ、よかろう」老人はそう言うとザンネに歩み寄る。「かわいそうに。生まれて間もなく魔女が取り憑いたんだろう。これではかわいそうだ。なんとかしてやらねば」
ヒルデブラントと牧師が老人のもとへ近づく。
「見ただけでそんなことがわかるのですか?」ヒルデブラントが訊いた。
「あたりまえじゃ。見ただけですべてわかる。なんせ神だからな」老人はそう言うとザンネの額に手をおく。「尊き三位一体のみなによりて、死人よ、起て」
ザンネが光り瞬く。そして黒こげの体から元通りの体になると、むくっと起きだした。「ここはどこ? 私は誰?」
「い、生き返った!」ヒルデブラントと牧師が声をそろえて叫ぶと、身構える。
老人はあわてる二人を見て笑うとザンネの頭を撫でた。「安心せい。この子にはもう魔女はとりついておらん」
ヒルデブラントと牧師はびくびくしながらも、警戒を解く。
「ねえここはどこなの?」ザンネが泣き出しそうな顔になった。「私は誰なの? パパやママはどこにいるの?」
「すまんな」老人は沈痛な面持ちを浮かべた。「お嬢ちゃんのパパとママがどこにいるのか、わからないのだ。許しておくれ」
「さっきは見ただけですべてをわかると、おっしゃっていたのでは?」牧師が言った。
「黙らぬか!」老人が怒鳴った。「神に疑問を呈するとはおこがましい。私にだってわからぬことぐらいあるんだ。神に仕える身なら、それくらい知っとけ。天界での常識だぞ」
牧師が頭を下げた。「それは大変失礼しま——」
老人の怒鳴り声に驚いたザンネが泣き出した。
「ああ、しまった。どうしたもんかの」老人は泣いているザンネをあやしだした。
「神様。この子は私が引き取りましょう」牧師がザンネの前にかがみ込んだ。
「おお、そうしてくれるか。そうしてくれるのならばありがたい」
「さあ、ザンネ。私がお前の父になろう」牧師はそう言ってザンネに手を差し伸べる。
ザンネはぐずりながらも牧師の手を取った。
「よかったのうお嬢ちゃん」老人はそう言うとヒルデブラントに向き直る。「そうそう、忘れるところだった。ヒルデブラントよ、改心したお前には金を返しておくぞ」
「えっ?」ヒルデブラントは惚けた声をあげた。
「後ろを見て見なさい」
ヒルデブラントが振り返ると、そこにはたくさんの金貨が床に落ちていた。「ぼ、僕の金だ」
「これからはその金を貧しい人に分け与え、慎ましく生きるのだぞ」老人はそう言うと教会の扉に向かって歩き出す。「それじゃあ、私はこれにて帰る事にしよう」
ヒルデブラントと牧師はうやうやしく頭を下げた。「ありがとう神様。また来てください」
老人が扉を開けて外へと行ってしまうと、牧師は立ち上がりボロボロになった教会を見回し、ため息をついた。「これは大変な修復になるな」
「なあ、牧師よ」ヒルデブラントが言った。「この教会の修復に僕の金を使ってくれ。一度なくした金だ遠慮はいらない。そのかわり一つ条件がある。僕も教会の人間としてここにいたい。お前の側に置いてほしい」
牧師はヒルデブラントに微笑んだ。「それはありがたい。あなたがいれば私も心強い」
牧師と手をつなぐザンネがヒルデブラントの手を取ると、二人に笑いかける。
無邪気な子供の笑みに、ヒルデブラントと牧師は思わず笑みになった。




