第二幕 第十四場
おっぱい村の広場にある舞台裏に設置されたテントから、逃げ出すようにして走り去った貧乳少女リーゼ。脇目も振らずに一心不乱に駆けるリーゼの目指す先にあるのは、ボロ家である我が家だった。
リーゼは自宅前にたどり着くと息を喘がせながら汗を拭う。その表情は暗い。
「そこのお嬢さん」誰かがリーゼに声を掛けた。
リーゼが振り向くとそこにいたのは白ヒゲを生やした老人だった。「なんでしょうか?」
「じつは私はこの村についてからというもの、お腹がぺこぺこで困っているのだ。どうかね、お嬢さん。この私に何か食べる者をめぐんでくださらんか」
「ええ、いいですよ。けれど」リーゼはそう言うとボロ家である我が家に目を向ける。「うちは貧乏なのでたいしたおもてなしは出来ないけれど、それでよければどうぞ」
「いえいえおかまいなく。めぐんでくださるだけでありがたいのだから」
リーゼは家のドアを開いた。「どうぞ」
老人は頭を下げると家の中に入っていく。
リーゼは老人を食卓につかせると、ふかしたジャガイモの残り物と水を差し出す。「こんなものしかありませんけど、どうぞめしあがってください」
「これはこれはありがたい」老人はさもうまそうに食事を食べる。「じつにうまい」
「そうですか。それはよかった」リーゼはそう言うとため息をついた。
「どうしたのかねお嬢さん。さっきから暗い顔ばかりして。今日はおっぱい祭りだというのにそんな顔していたら、楽しめるもんも楽しめんぞ」
リーゼはさびしげな笑みを浮かべた。「おっぱい祭りだから、憂鬱なんですよ」
「奇妙な事を言うお嬢さんだ。いったいどうしたのかね?」老人はリーゼを気づかってかやさしい口調になる。「悩み事かい。もしそうならば相談にのるぞ」
「いえ、気にしないでください。よそ様に相談するようなことでも——」
「お嬢さんよ」老人はリーゼの言葉を遮った。「よそ者にだからこそ話せるものがあるってもんだ。その張りつめた表情からして、家族にも打ち明ける事ができぬ悩みとみた。どうだね、ここはこの私を信用して話してみないか」
リーゼは老人のやさしい言葉に心動かされる。「じつは私、おっぱいコンテストに出場しているんです。けれど優勝する自信がなくて……それで怖くなって逃げ出してきたんです。だから私、どうしたらいいのかわからなくて落ち込んでいたの」
老人はリーゼの控えめな胸に目をやる。「うむ。たしかにお嬢さんの胸では優勝は難しいかもしれんの。けれどまあ、祭り事だと思って楽しんだらどうかね」
「私絶対に優勝しなくちゃならないんです!」リーゼは声を大にした。「優勝して賞金を手にしないと……私……」目に涙が浮かび言葉を詰まらせる。
「いったいどうしたのかね?」老人はリーゼの泣き顔に狼狽する。「たしかに貧乏人にとって賞金は魅力的だが、なにもそこまで思い詰めなくともいいのではないか」
「だめなんです」リーゼが涙をぬぐった。「どうしても優勝して賞金を手に入れなくちゃいけないんです。そうしないと私……連れて行かれちゃうの」
「お嬢さん。連れて行かれるとは、どういうことかね?」
「うちには借金があるんです。それを今日中に返さないと私、借金のかたに連れて行かれるんです」
「おお、それは気の毒な」老人の顔が曇った。「待ってはもらえないのかね?」
リーゼは首を横に振った。「お父さんがお金を借りた相手は、お金持ちのくせにとても性格の悪い人なんです。あの人、どうしてだが私の事が気に入ったらしく、どうしても私を自分の家で働かせたいと言うんです。あの家に連れて行かれたら私、きっとあの人に酷い目に遭わされるに違いありません。考えただけでもおぞましい」そこで震えだす。「私絶対に嫌、あんな成金で王子の格好をした人に弄ばれるなんて。家族と離れたくない」
「成金で王子の格好……」老人は白いヒゲを手で梳きながら唸る。「もしやそいつは、この村にあるお城のような豪邸に住んでるやつのことかね」
「……はい」リーゼはうなずく。「おじいさんは彼の事を知っているんですか?」
「知っているとも。あの男、私が食事をめぐんでくれと頼んだのに、邪険に追い返されたわい。金持ちのくせに心が狭い、いやしいヤツだった」
「そうでしたか。おじいさんにそんな酷い事を」リーゼはそこで頭を下げる。「おっぱい村の住人としてあやまります」
「お嬢さんよ。お前さんが謝る必要はない。悪いのはあの男だ。それにお前さんは貧乏なのにこの私に食事を分け与えてくれた。きっと神様もお喜びになるだろう」
「神様ですか……。神様なんて本当にいるんでしょうか? 村の人たちはみんな神様はいると言います。けど、もしそうならばどうしてこんなにもこの世界は理不尽なのでしょうか」
老人は立ち上がるとリーゼの肩に手を置いた。「それはな、この世界が広すぎるからだよ。神様も一人でこの世界を見守るのは大変なんだろう。だからといって、嘆いてはいけないよお嬢さん。きっと神様は心優しいお前さんに手を差し伸べてくれるはずだ」そう言うと戸口に向かって歩き出す。「素敵な食事ごちそうさま、リーゼ」ドアを開いて出て行った。
家に一人残されたリーゼが重いため息をつくと、不意にジャラジャラと甲高い金属音が聞こえた。その音はテーブルの下から聞こえてくる。不思議に思ったリーゼがのぞき込むと、そこには大量の金貨が落ちていた。
リーゼは感激のあまり涙をこぼし、そしてすべてを悟った。「ああ、ありがとう神様。あの人が神様だったんだ」




