第一幕 第十五場
村長とハンスの二人は談笑しながら屋敷へと戻って来た。馬鹿なハンスをほめそやし持ち上げる村長に、気分を良くし上機嫌なハンス。そんな二人を不信の目で見つめる村長宅を警護していた猟師達。
「村長さん、いったいどうしたのですか。そんなに浮かれて」猟師の一人が村長に訊いた。
村長はハンスを肘で軽く小突いた。「おいおい聞いたかハンス。さっそく呼ばれておるぞ」
「いやはやそうみたいですね」ハンスは照れくさそうに頭をかくと、猟師に言った。「みなさんこんにちわ。村長のハンスです」
「何を言っているんだハンス」猟師は顔をしかめた。
「これはどういうことですか村長?」別の猟師が村長に訊いた。
村長は己の鼻先で人差し指を振った。「コラコラ、わしは村長ではないぞ」そう言うとハンスを指差す。「ハンスが村長じゃ」そこでハンスに顔を向け同意を求めた。「なあ」
ハンスは力強く自分の胸を叩いた。「そうさ。俺が村長だ」
猟師達は当惑顔になる。
「さあさあハンスよ。屋敷に入りなさい」村長はそう言って屋敷のドアを開き手招く。
「おじゃましま……じゃなくてただいま」ハンスは屋敷のなかへと足を踏み入れる。
村長とハンスは屋敷の中に入ると、一階にあるひときわ大きな部屋にやって来た。そこでは数人の女中と料理番の男が慌ただしく動いている。女中達が大きなテーブルの上に白いテーブルクロスを敷くと、料理番の男が大きな皿に盛りつけられたフルーツを置いた。
「ここは広間じゃ」村長が言った。「見ての通り今夜おこなわれる村の重役達を交えての晩餐会の準備をしておる。もちろんハンス、お前も参加するのだぞ」
「おおすげえや」ハンスの目が輝きだした。「俺も参加していいのかよ。おいしい料理をほおばってもいいのかい」
「もちろんじゃ。なんせ村長じゃからのう」村長はそう言うと広間を歩き出す。「さあさあハンスよ。次行くぞ」
二人が次にやって来たのは地下室だった。そこは天井に吊るされたランプによって照らされたほの暗い空間で、大きなタルを並べた棚がいくつも並んでいた。数人の女中がタルに入ったワインをボトルに詰め込み、がたいのいい料理番の男がタルを運び出していた。
「ここは地下室でおもに酒蔵として使っておる」村長はそう言うと手で棚を指し示す。「ここに並べられたタルには上等のワインやビールが詰まっておるぞ」
「おおすげえすげえ」ハンスの目がさらに輝きだした。「これ飲んでもいいのかよ」
「そうそう慌てるではない。今夜の晩餐会まで待ちなさい。そうすれば好きなだけ飲めるぞ」
「そいつはありがたい」
「それではハンスよ。上にもどるぞ」村長はきびすを返した。
二人は階段を上り二階へとやって来た。
「二階には客室や住み込みの女中のための部屋がある」村長が言った。「まあ、ワシらにはあまり関係のない階じゃ」
「そうなのか」
「次行くぞハンス」そう言って村長は階段を上る。
三階にたどり着いた村長は奥の部屋を目指し廊下を歩いていく。
「最上階であるこの三階には、村長とその家族らの部屋や寝室、それに書斎や衣装部屋などがある」
「ということは、ここが俺が住む階になるのか」
「そうじゃぞ。そしてここが村長の部屋じゃ」村長はそう言うとたどり着いた部屋のドアを開いた。「さあハンス。入りなさい」
ハンスは部屋に入るなり割れた窓を指差した。
「あれれ、窓が割れているぞ。昼間に連れてこられた時にはなんともなかったのに。もしかしてあの後、何かあったのか?」
「ああ、あれか。あれはちょっとあってな。気にせんといてくれ。後で取り替えるから」
「気にしないでと言ったら、よけい気になるよ」ハンスは窓に歩み寄る。「いったい何があったのさ」
村長は舌打ちするとつぶやく。「馬鹿のくせによけいなこと気にしおって」
「えっ? なんだって?」ハンスが聞き返す。
「いやいや何でもない」村長は笑みを繕う。「それよりもハンスよ。お前はおっぱい村の村長になったんだ。みんなに自慢して来てはどうかね」
「するする、自慢する。俺がおっぱい村の村長だって自慢しちゃうぞ」
「そうかそうか。ならさっそく行くといい。あのとき広場にいなかった人たちも多いはずだ。なるべく多くの村人達に伝えてやりなさい」
「よし、それじゃ俺行ってきます」ハンスは走りながら部屋から出て行った。
部屋に一人っきりになった村長は窓から外をのぞく。そこには嬉しそうに走るハンスの姿があった。
「そうそう、そうやってみんなに自分が村長だと喧伝するんじゃ。そうすれば敵はお前の命を狙うじゃろ。だが安心せいハンスよ。お前が死んでしまい職務を遂行できない時は、ワシが再びその座に返り咲き、おっぱい村の村長としてその役目を立派に努めて見せるぞ」
遠ざかっていくハンスの姿が建物の陰に隠れ、見えなくなる。
村長は一息つくとイスに座った。
「万が一、ハンスが生き延びてしまったらどうしようかのう?」そう言うとしばし間があく。「その時には先代村長のように、酒の飲み過ぎによる脳卒中で死んでもらうか。あの馬鹿、酒好きみたいだったからのう」
村長は意地の悪い笑みを浮かべた。




