会いたくなかった
「妹です…」
小さく震える声で呟いた。
それは抑えていないと叫びだしたくなるほどの混乱だった。だって、ソファで苦しそうに眠る少女は他でもないレイダが『捨てる』と決めた家族なのだから。
「そうか…あのまま寝かせておいても大丈夫なのか?」
「…なんで、こんなところにあの子が居るんですか」
「え?」
ケノワが無表情の下にも困惑した顔でいるのが無性に苛立たしくレイダは早口に言葉を続ける。
「ここは王都です。あの子はヤサの町に居るはずなのにどうして王都の、それもうちの前にいるんですか? 子ども一人で王都に簡単に来れるものなんですか? 私の居場所が簡単にわかってしまうものなんですかっ」
「レイダ」
「それとも、ケノワ様がどこからか連れてきたんですか?!」
その言葉を口にした途端、胸が苦しくてたまらなくなった。
「…ごめん…なさい」
今、自分が彼に言ったのは勝手な被害妄想にすぎない。
レイダ自身が妹との突然の再会に動揺をして恐怖を感じ彼に当たっただけなのだ。冷静に自身を見てしまいそれが、いっそうレイダを苦しめる。
「ケノワ様は…悪くないのに」
もう大人なのだから直したいと思うのに、レイダの瞳からは簡単に大粒の滴が零れおちる。
「謝るな」
ケノワの指先がそっとレイダの涙を拭ってくれる。そのあとに彼の唇が落ちてきてそのぬくもりに余計に涙が溢れてくる。
「私、こんなことしてもらう資格なんか…ない…っ」
さらにケノワの唇はレイダのそれを塞ぐ。
同時にレイダの震えていた体はケノワに強く抱きしめられていた。口づけが終わっても体は解放されず震える肩を優しくなでられる。
頬が当たるケノワの心臓の音と温かさに段々と落ち着いてくるのを感じた。ずっとこのままでいてほしいがそういうわけにはいかないと彼の腕に手で触れる。
「ケノワ様、ありがとうございます」
何とか声が出せた。未だに完全に落ち着くことはできないけれど、しばらくの間取り乱さずにいられそうだった。
体を離すと再び軽く口づけされ、彼の心配そうな顔に頷く。
「…妹…はあの薬を飲めば発作が治まります。けれど、そんなに薬を持ってないから、これからどうすればいいかはわかないですけど…」
先ほどケノワが飲ませた壜の中身は半分ほどで、あと一度発作に対応できるかどうかだ。
「本当にどうやってここまで来たんでしょうか?」
「わからないが…少し心当たりを探してみる」
ケノワはそう言うとレイダの頭を撫でて安心させるように微笑んでくれた。それはいつも一緒に居るレイダにしかわからないくらいの表情の変化だったが。
「とりあえず、妹をベッドへ……彼女の名前は?」
「マノンです」
「マノンをベッドへ移そう」
「はい」
台所を出るとケノワはマノンをソファから抱え直し彼の部屋へ運ぼうとする。
「ケノワ様、私の部屋へ運んでもらえませんか?」
「…しかし…」
なんと自分は彼に愛されているのだろうか。ケノワはレイダがどう葛藤しているのか僅かながらにも分かってくれている。
「私の部屋でいいんです」
「わかった」
ケノワは了承してレイダのいつも眠るベッドへマノンを寝かせる。マノンは薬の作用か全く起きる気配は見せない。苦しそうだった呼吸も落ち着いてきているようだった。
マノンへ肩まで布団をかけるとケノワは立ち上がり後ろにいたレイダを振り返る。
「レイダ、私はこれから少し外に行くが大丈夫か? そんなには遅くならないはずだが…」
「はい、私がこの子を看てますから」
「大丈夫か」
「ええ、できます。――これまでも彼女の世話はした事がありますから」
少しだけケノワの眉が上がり、レイダの瞳を見つめる。
「できるだけ早く戻る。無理しなくていいから、マノンが落ち着いているようだったらリビングにいなさい」
「…はい」
「行ってくる」
レイダの頬に触れてからケノワは部屋から出て行った。