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Wind flower   作者: swan
第二章
33/76

薄紅色の頬

 

 それは一瞬で自分へ柔らかく与えられて、確かめる暇さえなくすぐに去っていった。


 呆然と立ち尽くしていたレイダは閉じられた扉の音に我に返える。

 少女趣味な彼女の言葉で表すのであれば、心の中まで薔薇色に染まった、とでも表現しよう。


「う…そ」


 レイダ・ゼイライス、18歳。


 数ヶ月前からずっと恋心を持っていたケノワ・リュウの家に転がり込んで居候をしている。しかし、彼に思いを告げてそれも同棲しているにも関わらず彼からのそういった反応が全く得られていなかった。


 ケノワはレイダが売られていた娼館から救い出してくれた。

 そのときの彼は自分に対して凄く優しかった。だから嫌われてはいないだろうし、彼の上司のキフィ・クレイも以前自分がきてから彼が変わったといってくれた。

 それを心の糧に日々過ごしていたのだ。


 ケノワから紹介された(キフィが脅したとも言う)花屋の仕事は王都唯一のレイダの知り合いでもあったエレノアの店だ。

 エレノアは恋人であるライフと言うアマゴイの特別能力士官と同棲をしている。もうすぐ結婚するという二人の幸せそうな雰囲気を職場で見てしまうと羨ましくてならない。

 そんな中でケノワはレイダを辛いときには抱きしめてくれて必要と言ってくれ、時には手を繋いでくれる。それだけでも平民の自分の立場からすれば、故郷ヤサの辺境伯の弟であるケノワの家に住んでいる事自体が奇蹟。


 しかし欲が出てしまうのだ。

 彼に愛されたいと。

 少しでも、彼の特別になりたいと。


 …そしてそれを確かめたいと。


 


 その朝は平日でケノワはいつも通り仕事のある日だった。


 ケノワは出勤の二時間前には起きて朝食を作り、その日に行なう仕事の資料を整理する事を日課にしている。そんな彼に合わせてレイダも同じ時間に起きて過ごす事にしていた。

 本当は凄く朝が苦手な彼女も好きな人のためなら努力というものができるのだ。


 早く起きた分、ケノワはレイダに構ってくれる。

 余裕があれば朝から朝食の作り方を教えてくれるのだ。

 レイダは不器用なりに真剣に朝食に食べるフレンチトーストの焼き目をつけている。それを横目に、既に資料整理を終わらせて制服に着替えているケノワは実に手際よく夕食の下ごしらえをしていく。帰ってきてから焼く特別なハーブの入ったソースに漬け込んだ肉など、時間が経っている分感動的なおいしさになるのだ。レイダは大好きだった。

 短時間で二人分の夕食の準備を済ませると、ケノワは確かめるようにレイダの手元を覗き込んだ。


「もういい」


 短く指示を出されてレイダは火を止めケノワが差し出した皿にそれをうつした。

 彼女にしては上出来な焼き加減だった。


「どうですか?」


 レイダが窺うようにして訊ねた。


「ちょうど良い」


 以前の彼女ならケノワがほかの事をしている間に火の調節などせずにパンが丸焦げになっていただろう。

 レイダが嬉しそうに笑って貯蔵庫から牛乳を取り出した。

 カップひとつ分だけ移す、もうひとつ準備したカップにはドリップされていた珈琲が既に出来上がっているのだ。

 既に運ばれていたフレンチトーストの隣りにそれぞれカップを置いた。

 短い間に手にしていた資料から目を離すと二人は朝食を食べ始める。

 レイダの焼いたフレンチトーストを一口、口に含んだケノワ一瞬動きを止める。

 それを感じて思わず訊ねた。


「…あの、変な味がしますか?」


 自身もそれを口に含んでみるが何も変なところは無い。首を傾げるとケノワが二口目を食べながら首を振る。


「いや、変なところは無い」


 そのまま食べてくれているがさっきの違和感が気になる。

 表情に変化は無いが雰囲気に関しては少しずつ分かってきていた。


「…何か他にあるんですか?」


 じっと彼を見つめるとケノワは、短く息を吐いて言った。


「ちゃんと作れるようになった、と思っただけだ」

「本当ですか!?」


 レイダが顔を輝かせて訊ねると頷いてくれる。


「あぁ」

「嬉しい! また作れる料理が増えたんですね」


 自分の作った料理を褒めてもらえるなんて凄く嬉しくてレイダはフレンチトーストを一気に食べてしまった。

 食べるのが早いケノワもほぼ同時に食べ終り珈琲を口に運んでいる。

 決して嫌じゃない沈黙の中、レイダは牛乳を飲みながら考えていた。

 こういう時ってエレノアたち恋人同士はどう過ごすのだろうか。自分たちもそうなれるだろうか…? 


 そこで、また事実を再度思い出してレイダは息を大きく吸った。

 まだ自分は彼にとっての存在の意味を聞いていないのだった。必要な存在であっても友達でもそれ以上の恋人でもないのだ。明言されてない。

 目の前で珈琲をまだ飲んでいたケノワを見る。ちょうど飲み終えたのか皿などをまとめてキッチンに運ぶために立ち上がった。

 レイダもそれに倣ってキッチンへ向かった。

今の彼なら答えてくれるだろうか?


「あ、あの」

「ん?」


 ここで勇気を振り絞り訊ねるしかない。勢いが大切だ。


「ケノワ様は、私の事嫌いじゃないですよね?」

「あぁ」


 蛇口から水を出し食器用の桶の中に皿などを水につけていく手のひらを見つめる。

 慣れた様子で自然にレイダの手からも皿を取って同じ様にしていく。


「じゃあ、私の事好きなんですか? その…異性として…」

「あぁ」


 全て浸け終わり掛けてあった布で手を拭くその動作のように、自然に返ってきたコトバにレイダは意味を考えるより前に反射的に口に出していた。


「だったら、キスしてくれますか?」

「あぁ」

「え?」


 そのまま同じ言葉で返ってきた肯定のそれに、ずっとケノワの手元を見ていた目線を上げる。


 自分が言った内容と彼が返してくれた言葉がやっと脳内で一致したのだ。

 ケノワと目が合って一気に頬が熱くなる。

 対するケノワはいつもと同じ表情のままでレイダの頬にかかっていた髪をそっと払った。少し冷たい指先が顎を捉え近いところに彼の綺麗な瞳がある、と思ったときには唇に彼のそれが重なっていた。

 軽く触れるようにして唇を奪ったケノワはすぐに離れていく。


「行ってくる」

「あ…いってらっしゃい…」


 パニックを起こしている脳で習慣でいつも通りの言葉を返すと、ケノワはソファの近くにおいていた資料と鞄を手に取り玄関の方に消えていった。

 呆然と立ちすくんでいたが、玄関が閉まるパタン、という音にレイダは我に返った。

 

 そう、これこそ薔薇色に彼女が染まった理由である。



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