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Wind flower   作者: swan
第二章
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秘密の王子様


 ケノワは部下たちの元へ戻り指示を出し終えると簡単な昼食を取り、その足で一般兵たちが利用する食堂へ向かう。

 最近キフィのおかげで行く事が多くなった建物だ。


 食堂の従業員用の扉がどこにあるのか、それが分からずに昼時で賑わう空間を見回した。

 そのときちょうどエプロンをしたどう見ても軍人ではない茶髪の少女が横を通り過ぎる。

 その少女の肩をとっさに掴んだ。

 少女は忙しく働くのを引き止められて剣呑に振り返った。


「ちょっと! なにすんの…よ…」


 自分の顔を見て少女がトーンダウンする。


「すまない、人を捜しているんだが」

「あのリュウ特別補佐官様…ですか?」


 少女が妙に改まった顔で自分を見ているのに気付いて頷く。


「そうだ」

「握手してください!!」

「は?」


 妙にきらきらした顔で真剣に言われて一瞬マヌケな声が出る。頬を染めて少女は恥ずかしそうにしている。


 なんの冗談だろうかと真面目に考えたケノワは知らない。

 その見た目と役職だけが一人歩きして一般兵の中で憧れの人として有名である事を。


「人を捜している」


 いつもの鉄仮面の愛想無しのまま同じ言葉を繰り返した。この際、変な相手の様子は無視することに決定した。


「あっ、はい。誰を捜していらっしゃるんですか?」


 少女はハッとしたように頷いた。少し残念そうに手を引っ込めた。


「この食堂にアゲハという人はいるのか?」

「アゲハ…ですか」


 少女が怪訝そうな顔をして繰り返す。


「いないのか?」

「いえっ、います。すぐに案内します」


 少女はくるりと体の向きを変えて歩き出す。

 その後ろをついていくと従業員用の出入り口があった。配膳口の端にあり見えにくい位置にあった。


 中は薄暗い。

 廊下を歩いていくとその奥に休憩室のような扉があり、その前で少女は立ち止まる。


「あの、少しここでお待ちいただけますか?」

「ああ」


 扉の中に入っていった少女は少し扉を開けたままにしていた為、中の声が聞こえた。

 何やら揉めているようだった。


「えっ…知らないよぉ。なんで私なの?」

「私だって知らないわよ、あんたがリュウ特別補佐官様と親しいなんて聞いてない! それこそどうなわけ?」

「だから知らないってば」

「いいから行きなさいって」


 扉の奥から困惑顔の少女が顔を出した。

 年齢は先ほどの少女と変わりがない。

 きっとキフィとも同じくらいだろう。

 胡桃色をした髪と紺桔梗の瞳は意思の強さを主張しているようだった。


「あの…?」


 アゲハは困ったようにケノワを見上げる。


「クレイ殿からこれを預かってきた」

「えっ、あの…特別上級能力士官のクレイ…様ですか?」


 キョトンとした顔でケノワが差し出した紙を見る。


「そうだ」

「私、クレイ様と面識がないんですけど…」


 アゲハは首をしきりに傾げる。そのたびに腰の辺りまで伸ばしている髪がさらさら揺れる。


「…私は確かにキフィからこの食堂にいるアゲハに渡すように言われたんだが」


 つい、最近繰り返し呼び捨てにする彼の名前をそのまま告げた。

 この少女との会話くらいでは何も問題ないだろうが。


 しかし、ケノワの言葉に少女の瞳が大きく見開かれる。


「あの、キフィって…私くらいの年齢で金髪に変わった褐色の瞳をしててここら辺にホクロがある?」


 彼女はしっかりとキフィの泣きぼくろの位置を示しながら早口に言った。


「あぁ、そのキフィ・クレイだ」


 なんだ、知っているじゃないかと思いつつ頷いた。


「なによアゲハっ、クレイ特別上級能力士官様の事知ってたんじゃないの」


 アゲハの後ろに居た少女が声を上げる。


「嘘…っ! だってそんな事キフィから聞いた事なかったんだもの…特別上級能力士官だなんて」


 本気で驚いている顔にキフィが少女とどういった付き合い方をしたらこの展開になるのかを不思議に思う。

 まぁ、彼だったらいつもの飄々とした顔で過ごしてそんな階級にいる事を悟らせないことも可能だろうが。


「これを」


 改めて手紙を差し出すと少し躊躇いつつアゲハは受け取った。

 その場で広げる彼女の後ろから後ろに居た少女も覗き込む。


「なぁに、これ?」

「おまじないだと思う…」


 ぺらりと紙が折れて見慣れたキフィの悪筆で走り書きがあった。


「『道を歩く時は真ん中を歩け』っていうのがおまじないなの?」


 少女が不審げに言う。


「だって、キフィはいつも私におまじないをくれるから…」


 信じきった顔でアゲハが呟く。


「おまじないとはなんだ?」


 キフィはそんな殊勝なことを言わない。分かっているからこそケノワは訊ねた。


「ほとんど毎日同じように一言教えてくれるんです。本人はお抱えの占い師がいるって言ってましたけど、言葉通りに動くといい事がある気がします」

「どんな?」

「上から物が落ちてきてもよけられたり、おまじないがなかったら私が歩くはずだった道で事件があったり、いろいろあります…ほとんど毎日」


 キフィの意図がわかりケノワは頭を抱えたくなった。

 これはおまじないなどではない。


「そうか…」


 キフィがあえて言わない本当のことを自分がどうするつもりも無く。ケノワは頷いた。


「それでは失礼する」


 アゲハに出来るだけ早くメモを渡すという仕事は終わった。

 また急いでキフィのところに戻らなくてはいけない。




 アングリード統括の研究室にケノワが戻った時、研究室はぴりぴりしていた。


 今日まで大まかなガイダンスを作りあげて、明日以降は補足に入る事になっている。

 ケノワが現れたことでほとんどヨミ終えていたキフィがふらりと立ち上がる。


「遅い…殺す気か」


「申し訳ありません。昨日までの報告書で確認が必要だったので」


 とりあえずキフィを宥め、研究員などと確認を行なった上で研究室を後にする。

 二人再び歩き出すと往路と同じように二人の一般兵が後ろをついてくる。


 静かな目でケノワが二人を一瞥すると近かった距離が少し置かれた。

 一般兵からしたらケノワなどは雲の上の人と言うものだ。上層部からの指示だとしても本人を前にするとある程度は下がることは予測していた。


 再び前を向いたままケノワは言った。声も抑える。


「渡してきました」


 短い言葉だったが、だるそうな様子だったキフィが顔を上げる。


「そうか…助かった」

「あの…」


 何も考えず口をついて出てきそうになった言葉に一瞬躊躇う。


「なんだ、言えよ?」

「彼女は貴方のことを知りませんでした」


 隣りであぁ、とキフィは呟いて頷いた。


「必要ない事だからな」


 ついでに続けられた、やっぱりカッコイイ奴には秘密はつき物だろっという言葉は無視した。


 多分キフィも返事を必要としていない。



 

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