帰宅
「うわ怖 」
「どうしたの? 」
「いや、なんか急に線香の匂いが漂ってきた 」
「怖いこと言わないでよ 」
「お盆が近いからかな 」
「もう、そういうのやめてよ 」
〜 2026年8月 とある家での会話 〜
母と子、二人で暮らす家がある。
ここ最近、息子は仕事が長引き、日付の変わる前後に帰宅する事が多かった。
その日、いつものように夜遅くに帰宅した息子は、母親を起こさぬように玄関の鍵を閉め、自室のある二階へと、静かに階段を登っていく。
トン、トン、トン。
母親は二階にある自室で、寝具に寝転がりながらテレビを眺めていた。
息子が帰ってきたら一声かけようと起きているためで、内容は頭には入っていない。
しばらくすると玄関から、かちゃりと施錠の音がする。時刻は午前零時に近い。
静かに階段を上がる音がして、足音はそのまま母親の自室の前で止まった。
トン、トン、トン。
部屋の入り口の戸を叩く音がした。
「はーーーい、おかえり 」
母親は返事をしたが、戸の向こうからは返事がない。
再び戸を叩く音がする。
トン、トン、トン。
「はーーーい 」
トン、トン、トン。
「聴こえてるよ 」
トン、トン、トン。
「聴こえてるよ。どうしたの? 」
寝転がりながら返事をしていたため声が聞き取れないのかと思い、最後の返事は身体を起こし、部屋の外へ向かって大きく声を掛けた。
するとようやく、戸の向こう側から息子の声が聞こえた。
「じいちゃんのところに行ってくるね 」
息子はそういうと、隣の自室へと入っていったようだ。
何を言っているのだろう?
彼の祖父である私の父は、もうずいぶん前に亡くなっている。
それこそ、この家を建て直す前の話だ。15年は経っている。
不審に思った母親は、部屋を出ると息子の部屋の前に向かい戸を叩く。
トン、トン、トン
「はい 」
弟の声がする。
帰宅したばかりのようで、着替えをしているような物音が聞こえてくる。
母親は部屋の戸越しに尋ねた。
「今の話って、どういうこと? 」
「今の話? 」
「おじいちゃんの所に、行ってくるって? 」
「…………はぁ? 言ってないよ、そんな事は! 」
怖がりの息子は、急に不気味な話を振られて驚いたのか、やや声を荒げて返事をした。
それを聞いた母親は、どうやら自分が聞き間違いによる勘違いをしたようだと弁解した。
部屋へと戻りながら、母親は考える。
毎年お盆の頃になると、これが起こる。
息子は何も覚えてないのか、翌日顔を合わせても何も言わない。こちらからも、この話に触れた事はない。
しかし、いつまでこれが続くだろう。




