第3話 元婚約者にサヨナラを・前編
ブツン。
魂の底から生きることを拒絶した瞬間、何かが切れた音がした。
刹那、私の知らない記憶が溢れ出す。
「……!」
見知らぬ景色。
この世界とは異なる歴史。
私ではない。けれど私の記憶。
今世よりも様々な技術が発達し、魔法のない異世界──前世の記憶だと理解するまで数秒ほどかかった。
日本という国で、大学まで通いそこから、法律関係の事務員に就職して、趣味に刺繍を楽しんで自分で選択して、自分で未来を選んで叶えてきた。
前世も今世も刺繍や作ることが好きだったと知って、私らしいと笑ってしまった。幸いにも前世で培った事務職のスキルは、今の私の環境を変えるのに必要だと確信する。
ただのロゼッタでは駄目だったのだ。だから前世持ち私の記憶が呼び起こされた。それだけ今のロゼッタではどうにもならない未来が確定してしまったから。
死を渇望するほど、限界だった。
未来のない分厚い扉が私の目の前にあっても、こじ開ける方法をわかっている。
大丈夫よ、ロゼッタ。
私はこんな状況でも屈しないわ。だってまだ自由になる道は残されているもの。
グッと拳を握って、対峙する敵と向き合う。ここには私を助けてくれる王子様も騎士もいない。
契約解消の書類を読み、あることに気付く。この書類、本当にフォビオは読んだのかしら?
まあ私が有利になるのなら別にいいわ。
サラサラッとサインをすると、その場で契約書が燃えて消えた。これは特別な魔法省略巻を使われた羊皮紙なので、燃えることで教会に提出してある控えに婚約解消の印字が自動的にされる。
さて、それじゃあ反撃をしましょうか。
「それでは私は婚約解消にサインをしましたので、近いうちに家を出て行きますね」
「「「「え?」」」」
立ち上がる私に両親もアデーレ、フォビオが驚愕した顔をしていた。
なんだかマヌケな鯉みたい。全員が一瞬硬直していたが、すぐに復活して顔を真っ赤に叫んだ。
「なんて薄情な!」
「薄情、なぜ?」
自分でも驚くほど低く冷めた声が出た。その声に全員の顔色が変わった。誰も私が言い返すとは思っていなかったようね。
「薄情なのは婚約もしておきながら、妹に乗り換えた元婚約者と、姉の婚約者を奪った私の妹でしょう? なんで私が非難されるのか不思議だわ。ああ、それならいっそ泊まりに来たお客様、顧客リストに載っている方々に聞いてみます? どちらがおかしい──か、と」
「!?」
「それは……!」
ああ、自分たちに非があると言うことは、理解しているのね。じゃあ、許されないことだってちゃんと理解してもらわないと。
「しかも取引先には、なんて言うのですか? みんな私が事業を継ぐと数年かけて商談をしているのに」
「お前は外に出られないだろう!?」
「ええ、だからこそ手紙で何度もやりとりをしてきましたよ?」
事務や書類関係は、あんたら両親が丸投げしたから、ぜーーーんぶ把握済みなのよ。
「私が業務だけやってお飾りのオーナーを付けたら──噂好きの社交界とサロンで有名にはなるでしょうね。悪評や炎上商法で話題をとりたいならお好きにどうぞ。ああ、でももっと危険なネタがあるのだから、騎士団たちに勘付かれるような騒ぎを起こさない方が良いかと」
「ロゼッタ……っ」
「お前」
淡々と告げる私に、両親はまだ顔が真っ赤だ。逆にフォビオとアデーレは顔が真っ青だった。多少は罪悪感があるのかもしれない。まあ、私にはもう関係ないけれど。
「ロゼッタ姉さん……酷い。そんなこと……望ん──」
「望んでいようが望んでいなかろうが、世間はそう評価するのよ? ああ、でも私にはもう関係ないから、ホテルの運営も含めて頑張ってね。今月はギリギリ赤字が出ていないけれど、来月は難しいかもね」
「──っ」
泣きお落とし?
くだらない。好き勝手やったのだから尻拭いは自分でしてちょうだい。
「それと今まで私が店の経営や運営、帳簿を付けていたけれど、両親から教わってちょうだいね。私はここを出るための準備で忙しくなるもの。アデーレが無理ならフォビオでも良いし」
「いや……僕は騎士の仕事が」
「え? 婿入りするのだから、騎士は辞めるに決まっているじゃない」
私の言葉にフォビオは顔を青ざめた。ああ、もしかしてやっとこの婚約解消が失敗だったって気付いた? もう遅いけれど。
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