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81…此の世にリリーだけ

「あ……」


 リリーは何故か久しぶりにシリイと目が合った気がした。


「リリー様!! 誰か、旦那様を呼んで来て!!」


 シリイが顔を真っ赤にして泣きそうになりながら、リリーに駆け寄った。


 リリーは自分のベッドで寝ている事にやっと気付いた。ベッドの周りには幾重にも魔法がかけられている。


 シリイが何か話かけてくれているけれど、分かるけど分からない。


 お父様の魔力も感じるわ。

 何だか懐かしい……


 リリーの目から次々と涙が溢れていく。

 それを見て心配そうにしているシリイに、リリーが悲しそうに小さく声を出した。


「わからないけれど、何だか懐かしい夢を見ていた気もするの。でも、それが何なのかは、もう覚えてないの」


 視界が涙でぼんやりして、リリーは再び目を閉じた。



 次にリリーが目を覚ました時は、すっきりとしていて身体も軽く世界が輝いて見えた。


「帰って来れたわ」


 一滴の涙を零しながら、リリーはそんな一言を発したが、その事も忘れて今は珍しく静かに過ごしている。


 その姿がとても美しくて、綺麗過ぎて不気味で。

 オウカ公爵は心配で仕事にならないので登城せず家の執務室にいる。

 また皇城で皇帝が頭を抱えているに違いない。



 その日から、リリーはずっとベッドで本を端から端まで読んでいった。時々メモをしながら。


 理由のわからない涙を止めることなく、リリーは本を捲っていく。

 リリーの纏う雰囲気が異様で儚く、誰も話かけることなくそっと見守っている。



『これを読めんのは、此の世にお前1人だけっつーことだな』



 聞いたことのないはずの愛しい言葉が脳裏をよぎる。



 本には書かれていない台詞だわ……

 この記憶は誰のものかしら。





 リリーは目が覚めてから、自分がリリーで在ることを実感したかった。

 知らない記憶が断片的に湧き出てくるのが、リリーにとって自分が壊れていく様な、何にも例え難い恐怖になっている。


 早くユウ達に会いたくてしかたがなかった。だけれど、会うのも恐かった。

 どんな感情が出てくるのか、今まで通りでいられるか、リリーは分からず不安なので閉じこもったままでいる。




ガチャ

コンコン


「リリー」


 パクツがリリーの部屋に入ってきた。

 シリイはお辞儀をしてパクツを迎い入れて、お茶の準備を始めた。


「叔父様、ごめんなさい、ずっと閉じ籠もってて」


「ああ、ベッドに居ろ」


 立ち上がろうとするリリーを制止して、パクツは椅子をベッドの横に持って行き座った。



「あの心配症の兄がお前に気を遣い過ぎて、客を一切通さん。皇太子もそれでまだ来れそうにない」


「ふふ、そうだったのね」


 リリーは自分が久しぶりに笑った事に気付いた。



「アキラは来たか?」


 パクツは何気なく聞いてみた。


「アキラ?? いいえ??」


「ああ、なら良い」


 アキラはリリーの寝顔を見に来ているので、リリーが眠っている時だからリリーはアキラが度々来ていることを知らないのだ。

 パクツは一瞬しまったという表情をしたが、違う話題に移した。


「一旦ウィステリアに戻るからな。明日立つ」


「え、そんなぁ……こんな調子じゃ、お見送りに行けないわ」


 リリーが溜息をついて、あまりにも寂しそうにするので、パクツはリリーの頭をワシワシして軽く笑った。


「お気を付けて」


 そう言うと、リリーはパクツに勢いよく抱きついた。

 いきなり動いたので、リリーはふらついてしまい、パクツはリリーを抱きかかえて膝の上に座らせた。


 物心がつく前からパクツに抱きつくとおとなしくなっていたリリーは、やはり今でも落ち着くようだ。


「叔父様、私恐いです。本を読み終わったら、私は別人になっているのかしら……」


 パクツの腕にしがみついて、リリーは目を閉じた。



「どんな事があっても、お前はお前だ。自信持って読んどけ。もし、辛くなったら、こっそりウィステリアに来い。手合わせでも何でもしてやるから」


 リリーは顔を上げてふわっと笑った。 

 そして、パクツの手をリリーは両手で握りしめた。


「私は私……」


「ああ、お前はお前だ。見失うなよ。また直ぐ来る」


「はい!」


 リリーはパクツに体重を預けて、目を閉じた。そしてまた、すぐ眠りについた。




"どんな事があっても、お前はお前だ"



 私が私であること、それを認めてくれる人がいることは、こんなに心強いことなのね。


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