63…行かないで
文化祭への準備も佳境を迎えていて、リリーは生徒会も学園生活も充実した日々を送っている。
今日リリーは久しぶりに皇城で勉強があり、それはお昼前に終わってしまい、ユウも公務があって忙しそうなので、庭園にやってきた。
ここは魔法で強固な警備がされているので、お付きがいなくても来れる。
幼い頃、アキラとユウと3人でよく走り回った場所で、今では気分転換の場所だ。
亡き義妹マリルにされたことでモヤモヤした時は、必ず寄っていた。
リリーがゆっくりボーッとしたい時の定番だ。
今は寒い時期に咲く珍しい薔薇が咲き誇っている。皇室にしか無い、貴重で特別な黄色の薔薇。
リリーはこの薔薇が好きで、幼い頃からアキラもユウもリリーによく贈っていた。
いつからかアキラは公務や執務には出ているようだけれど、リリーとユウに会うことはなく、時ばかり過ぎていく。
皇帝やオウカ公爵に聞いても、上手く躱して全く取り合ってくれない。
皇城に来ると、3人での思い出が有り過ぎて、リリーはアキラを思い出さずにはいられない。
リリーもユウも、気丈に振る舞っているが、心にぽっかり穴が空いたようで、とても不安定なままだ。
アキラ、元気らしいけど……何故、会ってくれないのかしら。
寒くなってきたのも相まって、リリーは余計に淋しくなっている。
そんなこんなで、リリーは感傷に浸りながら、しょんぼりと散歩をしていた。
大好きな黄色の薔薇に癒されるために。
パキッ
リリーがちょうどバラの垣根を抜けた時、反対側で誰かが枝を踏んだのだろう音がした。
誰それ入って良い場所ではないはずだけど……
ふとリリーは音の方へ向いた。
えっ……
その姿が目に入ったのが信じられなくて、リリーは言葉が出ない。
アキラがいる
直ぐそこに、目を見開いたアキラが立っている。
アキラも感傷に浸りながら、リリーの好きな薔薇に囲まれに庭園に居たのだ。
リリーはアキラの名前を呼ぶより前に、体が先に動いていた。
全てがスローモーションのようだ。
思いっきり走っているはずなのに、こんなに自分の体が動かずもどかしい気持ちになったのは、初めてだった。
待って
待って
逃げないで
お願い
必死に伸ばしたリリーの手が、何ヶ月ぶりだろうか、アキラに触れた。
リリーはアキラに抱きついて、逃げられないように一生懸命しがみついている。
やっと、やっと。
「っアキラ」
やっと名前が呼べた。
言葉と一緒に、リリーの目から大量の涙の粒が落ちてくる。
「アキラ、行かないで……お願い」
リリーが顔を上げて、アキラの目を見て、ポロポロ涙を落としながら頑張って声を出している。
アキラは苦しそうな顔をして、我慢できずリリーを思いっきり抱きしめ返した。
本当はリリーと出会ってしまったら即刻去ろうと、アキラは決めていた。
何をしてしまうかわからなかったから。
しかし、実際出会ってしまったら、そうはいかなかった。
リリーに会いたい、触れたい、抱きしめたい、目茶苦茶にしたい……
会わないようにしてから、ずっと恋い焦がれていたリリーが目の前に居て、行かないでと懇願している。
無理だ……
離れられない。離れたくない。
誰にも渡したくない。
一緒に連れて行こうか。
そして、閉じ込めておけば良い。
魔剣持ちの俺ならリリに……
アキラはハッと我に返った。
「……ごめん、リリ、駄目だ」
「ダメ! いかないで!! アキラ!!!」
堪らずアキラはリリーの顔を両手で掴み、烈しくキスをした。
そして……最後に唇に噛みついた。
「……いっ」
痛い……
自分の唇がズキズキ痛むので、リリーは手で触った。
手に血が滲んでいる。
アキラは、見ていられないくらい辛そうな顔をして、
リリーを振り切って、
リリーが崩れ落ちるのを見ることもせず、
もう、そこから消えていた。
「アキラ……」
リリーは地面に座り込んだままで、涙でぼんやりとしか見えない庭園を見ながら、返事が返ってこない名前を呼んだ。
血の味のする唇が、やけに痛い。




