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64…アキラのあと

「リリ、唇どうしたんだ? 傷になってる」


 学園の帰り、馬車の中でユウがリリーの傷に気付いた。


 リリーはやましいことをした訳ではないけれど、ユウに言いにくいことは確かだった。



「……」



「何があった?」



 こういう話は黙っていると益々言い難くなるのは、分っている。分っているけど……



「えっと、皇城の勉強の後に1人で庭園に寄ったの」


「ああ、今はリリの好きな薔薇が咲いてるな」


「そしたら、そこに……」


 リリーは深呼吸して、頑張って説明することにした。



「庭園にアキラが居たの。行かないでって引き止めたんだけど、ダメだったの。その時に、か……」


 勢いで話してしまおうと思っていたのに、リリーは止まってしまった。



「か?」



「かっ、噛まれ、たの」



 目を合わせようとしないリリーを不審に思ったユウは、リリーを覗き込んで見ている。



「噛まれた……だけか?」



 リリーは前回の様な事を疑われているのかと思って、勢いよく顔を上げた。

 そして、自分の制服の首元あたりを開けてユウに見えるようにガバっと出してきた。



「ほら! 何も無いでしょう??」



 意図していなかった展開に、ユウは仰天して目のやり場に困って焦っている。


「違う! そういう意味じゃなくて!! わかった! わかったから、仕舞ってくれ!!」



 何の試練だこれはっ……


 リリーから距離を空けようと、ユウは椅子の端に移動して必死に仰け反っている。



「ちゃんと見て!!」


 リリーはユウを端まで追い詰めて、ユウの服を掴んで引き寄せる。



「いい!! 見た!! わかった!! 勘弁してくれ!」



 リリーも何だかよくわからないがムキになっている。


「見てなかったじゃない! ちゃんと納得して欲しいの!」



 ユウはもう目を閉じるしかない。

 変な汗も出てきたが、ユウはただただリリーの気が済んでくれるのを待つしかなかった。





『……ねぇ、リリってば、痴女みたいよぉ。ちょっとこの男に同情するわ』



 そこに立て掛けてある聖剣が、リリーに突っ込んだ。



「えっ!!」


 聖剣にそう言われて我に返ったリリーは、自分の今していることを脳内再生して、一気に赤面した。


 しょんぼりしながら、さっと服を整える。



「ごめんなさい……」




 助かった……


 ユウは初めて、聖剣に本気で感謝した。




『私達みたいに素直に喰えれば楽なのにねぇ。人間の男は色々と大変なのねぇ』



 呑気に喋る聖剣を、ユウは訝しげに見ている。


「お前は一体何なんだ……ただの剣ではないのか?」



『…………あら、やっぱり言えないみたい。自分については言えなくなってるわ。記憶がないけど自分で課した誓約だったかしら。残念だけど、ごめんなさいねぇ』



 どうやら、ただの剣ではないらしい。

 それだけは、確実にユウに伝わった。




 ユウはノーモーションで聖剣をイヤリングにしてポケットに入れた。


 そして、まだしゅんとしているリリーの頬を手で包み、優しく唇を食べるようにキスをした。


 口を離しても、リリーはまだしゅんとしている。



「リリに隙があったとは思わない。兄上はリリに隙が有っても無くてもしてくるだろ……だから、その度、俺もするからな。もうそれで良い」



「ふふっ。ふふふ……何それ」


 ユウからよく分からない宣言を受け、リリーは可笑しくなって吹き出してしまった。



「兄上は止められない。俺やリリよりも何枚も上手だ。止めようとする事に時間を費やすより、自分で納得する方法を探す方が、精神衛生上良いと気付いたんだ」



 リリーはくすくす笑っている。


 ユウはリリーが可愛くて、抱きしめ……ようとしたが、何やらポケットに入れたイヤリングの様子が変だ。


「くそっ!! 解呪かっ」


 ユウは直ぐ様ポケットから取り出して、向いの席に投げた。間一髪、直後に聖剣に戻った。


「危なかった……」


 ユウは背もたれにもたれかかって、溜息をつきながら聖剣を睨んでいる。


『ちょっと!! 暗闇は好きじゃないって言ったわよねぇ?!』


 本当に自分で解呪が出来るらしいことを目の当たりにして、リリーは感心して見ている。


「ポケットだ! 少しくらい我慢出来ないのか?! そのまま解呪になってたら、服が破れるだろう?!」



『ふんっ、狙ってたのよ! 皇太子は露出狂って噂にでもなれば良いわっ!! 馬車の中でそんな事になってみなさいよ、リリとお前は破棄よ、破棄!! ざまぁみなさい』


 聖剣は今日も元気そうね、とリリーは笑った。



 確かにこれがただの剣で有るはずがないと納得しながら、ユウはリリーを横から抱きしめ、聖剣を視界から外すように目を閉じた。



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