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誰が為の黄昏  作者: あめ
【幕間】 夢の中で。
79/96

幸あれ

 

 七月も始まりが過ぎた初夏。じめじめとした梅雨は例年よりも早く過ぎ去り、太陽は都会のアスファルトを、田舎の花畑を焦がしていた。

 ここは都会から少し外れた場所にある森の一軒家。この場所では涼しげな風が吹き、暑さに感化されたセミ達がチラホラと鳴きはじめていた。


 森の一軒家……すなわち蒼達のお家。普段は主人以外出入りしないのだが、今日は違う。会議と言う名目の〈黄昏〉責任者達によるリゼ歓迎会がここで開かれるのだ。ちなみに提案者はいつもの如く(あお)。主催も当たり前のごとく蒼である。

 出席者は蒼、瑠雨、白樹、朱里、紅、黄厦(おうか)黄燐(おうり)、そして主役のリゼと翡翠。つまり総勢十名がこの家に集う。〈黄昏〉のトップとそれを支える者達が一箇所に集まることは、普通無い。個人個人で会うことはあっても、全員が組織に所属している為に、なかなか予定が合わないのだ。

 ──だからこそ出席者全員この日の為に予定を開け、各仕事を前倒しで進めていた。それは非常に順調で、欠けることなく全員が歓迎会に出席出来ると思っていた。……だが、ことはそう上手くいかない。責任者としての仕事はまだしも、それぞれの所属組織の仕事が予定を狂わせる。この日は組織の主要人物を失い、忙しさに拍車をかけまくっているとある(ブラック)組織が約二名の犠牲を出した。


 日が差していない縁側で、瑠雨と白夜は勝利の気持ちを味わっていた。場所取りジャンケンで蒼や白樹に勝ち、得たのは最高に涼しい北の縁側。猛威を振るい始めている太陽の光は家によって遮蔽され、むしろ完璧な日陰をもたらしている。山の方からそよそよと吹く風のおかげでその場は、扇風機いらずだ。

 ふと瑠雨は何かを聞き、ムクリと起き上がった。仕方ないですね、と小さく文句を言いながら(しゅさい)にそれを伝える。


「蒼ーー、黄厦達ですが案の定と言うかドタキャンするそうですよーー。何やらあそこのリーダーに予定ぶっこまれたみたいで」

「えぇぇ?! あの子たち休みもぎ取ったって、泣いて小躍りしてたのに!」


 うちわで自分に風を送りながら蒼は可哀想、と呟きながら言った。その碧眼は死んでいる。瑠雨の隣で、果汁100%のオレンジジュースを飲んでいた白夜は、思わず苦笑いをした。


「あそこら辺の組織はね、人手不足でブラックだからね、うん」


 あそこら辺の組織。それ即ち系列003の情報機関。


「人手不足とは言ってもあの組織なんだかんだ言って人が多い組織じゃないの。……まぁ、忙しすぎるからそれでも人手不足なんだけど。どっちにしろメンバーが欠けたら会議も何もないじゃない。どうする? 蒼」


 こちらは白髪をひとくくりにした白樹。文明の利器である扇風機の風を全身に受けながら、ついにうつ伏せに倒れた蒼に聞く。


「どうするも何もーーーあーーつーーいーー」

「蒼はうちわで我慢してください。死ぬ前に助けてあげますから」


 瑠雨は夏の花火大会の広告がでかでかと描かれているうちわを蒼に投げた。蒼はそれを受け取ると、少し迷った後に両手で一枚ずつうちわを持ち己を扇ぎ始めた。が、すぐに一枚に戻る。


「血も涙もない。知ってる? 瑠雨たちが蝶の姿になればスペースが空いてみんなで涼しめるんだよ? 白夜はこれみよがしに打ち水してるし」


 ピシッと蒼がうちわで指した先には、白夜が確かに打ち水をしてこれ見よがしに涼んでいた。そして縁側に戻ると、口元を笑わせながら蒼達の方を見る。


「流しそうめんセットもあるよ。これが勝者の特権だよね。……白樹、顔怖い」


 白樹の全身からは、隠しようもない殺意が滲み出ていた。


「白夜、今すぐ場所を交換しなさい。ここは確かに扇風機もあって蒼よりはましだけど涼しい風は吹いてこないのよ」

「えぇ……だって暑いの嫌だし……ていうかかき氷機あるよね? しかも電動でふわふわの氷が作れるやつ。それつくって涼しめばいいじゃん」


 白夜は少し怯みながら言った。たらり、と確かに白夜の背を冷や汗がつたう。


「確かにシロップは何種類もあって、練乳もあってかき氷をするには申し分ないわ。でもね、氷が無いのに何を削ればいいのよ!」


 白夜は思わず目を逸らした。それは……白夜が悪いわけではなかった。

 氷調達担当の朱里たちが、まだ来ていないのである。もうそろそろ到着しても良い頃だが、先程白い鳩が持ってきた手紙によるとまだ少しかかるらしい。どうやらこの辺りは交通機関があまり発達していないからなんだとか。

 ちなみにその白い鳩は水をごくごくと飲んだ後、日陰でうつらうつらしている。


 そんな時、軽やかな鈴の音と共に、複数の足音と共に声がした。


「うっわぁ、蒼姉さまが暑さで死んでいるわ。翡翠、あれはどうしたら良いのかしら」

「リゼ、夏の死体を生き返らす方法を教えてあげるわ。氷を口の中に突っ込むのよ」


 何やら物騒な会話をしてるのはリゼと翡翠。麦わら帽子を被ったリゼはとても可愛らしい。


「アイスもあるよーーー!」

「氷は殆ど溶けたけどね」


 そして朱里と紅。紅は蒼が死んでるのを見ると、慌てて能力を使い、影から氷を取りだした。

 白夜と白樹の間に火花が飛び散るのを見、避難体制に入っていた蒼と瑠雨は物凄くほっとした。蒼が安心したように息を吐けば、逃げの体制を崩した瑠雨もため息をついている。二人は思わず目を合わせて小さく苦笑いをした。

 そして再び暑いとぼやきながら死体になった蒼の目の前に、何やら小さな人影が躍り出た。──リゼだ。



 目覚めたばかりのリゼは頃は右も左も分からず、自分の性格すら忘れたようにおどおどと翡翠や白樹の後を追うだけだった。しかし、あれから数日が経った今、リゼは思い出したようにかつての活発さを取り戻していた。

 そして、つい最近、心身ともに落ち着いたリゼは〈蝶使い〉として、〈黄昏〉の責任者の一人として生きていくことを受け入れた。蒼達も覚悟を決めた。


 リゼが全てを完全に受け入れるには、まず時間が必要だと蒼達は結論づけた。そしてリゼが完全に受け入れるまで、最低限しか触れさせないとも。

 だって仕方のない事だろう。だって本の中でしか存在することのない筈の御伽(まほう)が現実にもあるだなんて、誰が心の底から信じられるのだろうか、蒼や白樹たちも実際にその目で見て、確かに存在しうると知っても理解すること、受け入れることには時間を欲した。更にそれを実際に扱うことになると……。


 結局のところ、それは杞憂に終わった。お利口さんで非常に賢いリゼは、御伽について説明し、実際に見せた瞬間にそれを受け入れた。翡翠が〈蝶〉に変化してみせた時には、さすがに言葉を失っていたが。

 リゼが早々に受け入れてくれた理由の一つとして、翡翠は一冊の絵本を上げた。詳しいことを翡翠は話さなかったが。蒼が個人的に小耳にはさんだ話では、リゼたちを一時期預けていた雪斗達から届けられたものだという。白樹にそれを教えてみれば、白樹は少し考えた後納得したような表情を見せた。


 リゼは後ろ手に持っていたアイスを蒼に見せると聞いた。


「死んだ死体の蒼姉さま、アイス食べない? ここに来る途中に人に貰ったのよ」

「あ、いつもの老夫婦の事でしょ。ありがたく貰うよ」


 アイスにかぶり付く蒼の後ろでは、氷を得た白樹が待っていたと言わんばかりにかき氷機を働かせていた。すぐにカップに山盛りになる削氷は夏の暑さを反射して輝いている。

 白夜はそれに気が付くと、白樹の隣に一瞬で移動した。……が、白樹はそれを無視し、鮮やかな紅色のシロップを、練乳をたっぷりとかける。そして白夜を無視して一人それを食べ始めた。白夜はそれならばとカップを手に取り、自分用のかき氷を作ろうとしたが、


「ちょっと白夜。並んでるんだから抜かさないでよ。蹴り飛ばしていい?」


 並んでいた(らしい)紅に怒られた。今日の紅は長い髪を団子にまとめていた。減っていく氷と溶けていく氷を見て、白夜は少し涙目になった。それを見た翡翠は、無言でアイス(ソーダ味)を白夜に渡した。



「おーかちゃんとおーりも来れればよかったのに。仕方ないとはいえ、この間の一件で003の忙しさに拍車がかかりまくってるのよね。かわいそう」

「朱里は暇そうですね。組織の特権を生かして友人の元に参上したらどうですか? 泣いて喜ばれると思いますよ」


 カップアイスに木のスプーンを突きさしながら、瑠雨は朱里に言った。朱里は今、外に出て辺りの自然を観察していた。瑠雨に声をかけられた朱里は、くるくると髪をいじりながら言う。


「ん、どっちにしろ、今度仕事でそこら辺の組織に行かなきゃならないから大丈夫よ。その時久しぶりに雪斗のお世話になるかもね」


 朱里はニヤリと不敵に笑った。

 朱里と雪斗。何かと隙あらば口喧嘩をする二人。瑠雨は思い出したくないと言わんばかりに目を閉じた。そしてもしかしたら瑠雨と同じ班の槻が間を取りなしてくれるだろうと思い、色々な心配が杞憂に終わることを祈る。


「…………まぁ、仲良く、口喧嘩も程々にして下さいね。少なくとも前みたいに周りに被害は及ぼさないようにして下さい」

「確かに喧嘩は良くするけど……あいつとは意見が合わないだけなのよね」

「……紅にも一言言っておいた方が良さげですね」




 それぞれが暑さの中の涼しさを満喫し始めたころ、またはリゼ歓迎会と言う名目の会議の存在を忘れたころ、ふとリゼが聞いた。その瞳は非常に無邪気である。


「ねえ、翡翠。なんでこのメンバーの会議は亜空間の中で行わないの? 亜空間の中では時間は止まるんでしょう? それなら黄厦姉様方も参加できると思うのだけれど。暑さ寒さも関係ないし……」


 全員目を逸らした。

 ただ一人、翡翠はリゼの緑色の瞳を見ながらそっと言葉を置いた。




「便利だからといって、全てを御伽に任せるのは良くないことなのよ」




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