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誰が為の黄昏  作者: あめ
【幕間】 夢の中で。
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【閑話】夢の中で

 

「翡翠、どこ……?」


 その日、リゼはいつも傍に居てくれる翡翠を探していた。キョロキョロしながら、慣れない建物を歩くのはかなり神経を使う。しかもどこかで道を外れたのか、辺りは光が無く、殆ど真っ暗だった。リゼが感じる限り人影はまるで無く、今更道を戻ろうにもどう戻ればいいものか分からない。そろりそろりと歩を進めながらリゼは泣くのを我慢していた。


 目覚めてから数日後、リゼの耳に飛び込んできたのは〈蝶〉とか御伽だとかそう言う不思議な単語達。意味が完全に理解出来たのは、翡翠がこれからリゼを守ってくれるということ、そしてそれは〈黄昏〉の統率者の一人になるという事だけだった。

 それらを話してくれたメンバーの中で唯一リゼが顔見知りだったのは、翡翠と白樹だけ。白夜や蒼は何となく顔を知っているような気がする、という感じだった。

 もう堪えが聞かなくて、心細さからさすがに泣きそうになった時、


「リゼ様、こちらです」


 何かに声をかけられた。リゼは右左、振り返って後ろを慌てて確認した。が、人影は誰も見当たらない。気のせいかな、と思いつつリゼが前方に目を向けると、


「ひいっ」


 何かがいた。思わずリゼは壁に背をつき、恐怖に顔を歪ませた。スーツ姿の女性。真っ黒な髪に真っ黒な瞳、そして真っ黒なグローブを手に着けている。その女性はリゼのことを驚かせてしまったのだと気がつくと、少々困ったように笑った。


「リゼ様、驚かせてしまい申し訳ありません。私は千鈴(ちすず)という白樹様の(ごえい)です」


 白樹、という名前が出た途端にリゼはへなへなと地に腰をついた。リゼの中で第一に信頼しているのが翡翠、その次が今は白樹だった。目の前の千鈴はその白樹の護衛なのだという。心細くて泣きそうになっていたリゼが安心するには、それだけで十分だった。


「着いてきてください。蒼様の元へ案内します」


 リゼが立ち上がった時、千鈴は手を伸ばしてリゼに手を伸ばしながら言った。リゼはその手を取ろうとしたが、先にふと感じた疑問を吐露した。


「蒼姉様なの? 翡翠や白樹じゃなくて」

「はい。御二方は……白夜様も連れて外出中です。朱里様、黄廈様達は組織の方に戻られています」


 リゼが寝ている間に戻ってくると白樹達は千鈴に伝えていたが、それは叶わなかったらしい。


「大丈夫です。直ぐに戻られますよ」


 リゼの何かを察したのか千鈴はそう慰めた。


「……連れてって」


 リゼは千鈴の手を握った。



 ■◆■



 000系列機関。それは〈黄昏〉の本部を示す数値である。その建物内、奥深くには蒼達が帰還した時に使用する部屋が設置されていた。複数あるうちの一室。今、蒼と瑠雨は柔らかいソファに体を沈め、くつろいでいた。

 どこか夜を彷彿させる部屋の光源は蝋燭の灯りのみ。蛍一匹分の灯りだが、夜目が鍛えられている蒼と瑠雨にとっては十分すぎる光だった。文字を読むのに何ら支障はないし、この場で昼間と同じように戦うことも出来る。むしろ二人にとって昼間は眩しすぎた。


「蒼、〈魂喰(たまぐ)らい〉の件なのですがまたぱったり消えたそうですよ。残念です」


 もの凄い棒読み口調で瑠雨は報告書を読み上げた。報告書を作成したのは蒼の影達。影としても異端なほど、矜持高い彼らは瑠雨にしか姿を見せない。主の蒼でさえ顔を合わせたことは無い。勿論蒼が彼らと話したことも無く、全ての物事は瑠雨を通して行われる。良く表に出てくる千鈴に聞いても困ったように微笑まれるだけ。

 少しだけ寂しいな、と蒼は思っていた。

 そして〈魂喰らい〉。白夜と朱里達の間で一悶着あった原因。蒼は砂糖とミルクがたっぷりと入ったコーヒーを飲みながら、その報告書を受け取った。


「わー残念。私が見つけ出してやるから安心して欲しいな」


 瑠雨を真似して棒読みの口調だが、その目はギラりと輝いている。瑠雨は殺る気満々のその双眸を見、静かに嘆息した。蒼に対して瑠璃色、朱殷(しゅあん)、琥珀色を投げつけながら瑠雨は言う。


「見つけ出して、蒼が倒そうとしたところで何ができると言うんですか」

「大丈夫。私と瑠雨なら。白夜達は追い払うことでいっぱいいっぱいだけど」


 蒼は上手に受け取ったそれらをピッと指で弾いた。軽く舞い上がった三色は空中でパチリと弾け、光になった。そして蒼はコーヒーカップでそれを受け取るとドヤ顔で瑠雨を見た。瑠雨は天色と亜麻色を口に放り込むと再びベッドに、無気力に体を預けた。


「……人がいる時に絶対それやっちゃダメですよ。てか結局数十年前に──」


 全て言い終わる前に地獄耳な瑠雨は何かに気がつき、扉の方を見た。それに気がついた蒼は慌てて蝋燭の灯りをふうっと消し、部屋の明かりを付ける。残り少なかったコーヒーは全て飲み干した。空となったコーヒーカップは何も言わない。


「誰ですかね」

「千鈴とリゼちゃんじゃない? 翡翠が今出掛けてるからね」

「蒼の勘って当たるんですよねぇ」


 途中よろけながら蒼が扉に向かうと、その奥で人影が動いている気配が感じられる。白樹や白夜達ではないのは扉の向こうが静かだったことから明らかだ。大抵あの二人は何か煽りあいながらやってくる。そうすると、一緒に出かけた翡翠もいなさそうだ。


 待つこと数分、扉の反対側、蒼の腰の辺りでとんとんと言う音がした。丁寧なノックオン。蒼が扉を開けるとそこにいたのは、案の定リゼ。千鈴は一瞬蒼たちに姿を見せると一礼して闇に溶けた。


「起きて周り見ても翡翠も誰もいないの」


 ぐすっと下を向きながらそう言うリゼ。蒼は対応が分からず瑠雨に助けを求めた。目が合ってしまった不幸な瑠雨は面倒くさいと思いながらも、この部屋で一番寝心地の良いソファを避けた。


「リゼは翡翠達が来るまでここで遊べばいいですよ」

「──何と?」


 この部屋の中を見た時、随分賑やかな部屋だなぁと思ったリゼは思わずそう聞き返した。明るい部屋の片隅にいるのはどこか見覚えがある白鳩の夫婦、あとなぜかその脇で白いネズミがしっぽを丸めてすやすや眠っている。

 リゼの視線の先を辿った瑠雨は、その白いネズミを見た瞬間に眉を寄せた。白鳩夫婦は、白樹と白夜が最近使っているから放っておいても良い。別に悪戯をして回っているわけではなさそうだし、発振器などが無いことも了解済みだ。だが、あの白いネズミは退治すべき。少なくともこの部屋から、建物から追い出すべき。

 瑠雨の殺意のこもった熱い視線に気が付いたネズミは、鳩夫妻の翼の間に身を隠した。


「蒼姉様、瑠雨がネズミをいじめてる」

「ちょっと瑠雨、動物いじめは駄目だよ。鳩夫妻も怖がってるじゃん」


 その言葉を聞いたのか、白鼠は馬鹿にしたように瑠雨の眼の前を不意に駆けた。勿論蒼は白鼠の正体が何か分かっていて、瑠雨がそれに気が付いて不愉快に思っていることも知っている。

 尻尾をゆらゆらと揺らしながらリゼの肩に移動した白鼠は、ちゅうっと一声鳴いた。リゼはその尻尾をくすぐったそうにしながら、ぽふんとソファに身を預けた。そしてその手に白鼠を移し、嬉しそうにその頭を指の腹で撫でる。


「いじめられているのは今、僕なんですけどね」


 瑠雨は味方がいないことを悟り、悲し気に目を伏せ、呟くように文句を言った。


「白鼠も僕をいじめて楽しんでないで少しは働いたらどうですか」


 暫くは物珍しそうに白鼠と戯れていたリゼだったが、不意に寝息を立て始めた。急にソファに倒れこむようにして眠り始めたリゼに驚いた蒼達だったが、白鼠がいないことに気が付くと何か察した顔をする。

 瑠雨は一枚の毛布をリゼにかけてやり、蒼は部屋の照明を再び蝋燭の明かりのみにした。ぱさりと広がっている黒髪をある程度纏めてやると、瑠雨は自身もソファに身を預けた。

 ゆらりゆらりと微かに揺れる蝋燭の光は、幻想的に紅や翡翠、藍色の鉱物達を輝かせる。透過したそれらの色はテーブルを不思議に彩っている。蜜蝋の香りが静かに部屋を漂い始めた頃、蒼は鉱物達の陰に隠れるようにして置かれていたそれにようやく気が付いた。蒼が記憶を探る限り少なくともさっきまでは無かったことだけは確かだ。蒼は手を伸ばしてそれを摘むと、灯りに透かした。

 親指サイズのガラスの小瓶。暖色の淡い光を受けて黄昏色に輝くその中には、とっぷりとした液体が入っている。底には鉱石を砕いた感じの何かが入っていて、蒼が小瓶を傾ける度にそれはシャランと鳴った。うつらうつらしていた瑠雨に蒼は聞いた。


「瑠雨、これなんだろう」

「……ん、タグ見てから聞いてください」


 蒼は今更気が付いたという風に、小瓶の蓋とタグを見た。ネズミを象ったと思われるガラスの蓋は、やっぱり透き通っている。茶色の昔風のタグにはネズミが何かを抱えているようなロゴマークがついていた。ロゴマークのネズミの色は、白。

 瑠雨はちらりとそれを見ると、納得した表情になった。そして少し嬉しそうに蒼に言う。


「蒼、それ飲んですぐにぐっすり眠ると楽しい気持ちになれますよ」

「待って、物凄く誤解を招くその言い方やめよう。OK。ひとまず、これは飲み物なんだね?」

「はい、恐らくさっきの白鼠からのプレゼントでしょう。ここ暫くの迷惑料、ってところでしょうか」


 瑠雨は目を擦りながら白色を口に放り込むと、隣で丸まって眠っているリゼの事をそっと撫でた。そしてずり落ちた毛布を直してやると起こさぬ様、静かに蒼の脇へ移動する。


「白鼠さん、が? いまいち、これが何か分からないんだけど、瑠雨が納得するくらいの代物なんだ」

「はい。白鼠は薬屋も営んでるんですよ。(おう)……とは別ベクトルだと思いますけど。まぁ、営んでると言うのも少し違う気がしますね。色々事情はありますが、まぁ効能は確かです。実際、朱里達もそれを愛飲していたかと」

「ほう、薬屋とな。少しそういうお話してみたくなったよ。にしても朱里が飲んでるなら納得だねぇ。あの子身体的負荷大きそうだから」


 蒼は擦りガラスの蓋を丁寧に開けた。とたんにそこから溢れ出る果実臭に驚き、思わず取り落としそうになる。ろくに中身を見ずに一息に飲み干せば、体の芯がポカポカしてきたのを感じることができた。瑠雨は蒼から空瓶を受け取ると、御伽を少々用いてそれを粉々にした。

 光を浴びたガラス片はキラキラと宙で輝く。その星達を器用に集めると、瑠雨はそれをリゼに振りかけた。


「蒼もそこでぼーっとしてないでとっとと眠ってください。それ一本で暫くあの美味しいお薬を飲まなくて済むんですから。その効能無駄にしたら泣くのは蒼ですよ」

「……はい」


 あの、一度飲んだらその美味しさに病みつきになれないお薬に嫌気がさしていた蒼は素直に毛布をかぶった。


「白夜たちには適当な言い訳を言っておいてあげますから」


 瑠雨が隣に座ると、蒼は安心した様に目を閉じた。




 ◆■◆




 一方、いつの間にかに寝落ちしていたリゼは夢の中にいた。夢だとわかる夢。心なしか体が軽く、ちょっとでも地面から足を離せば、空の向こうにまで飛んで、浮かんでゆける気がした。

 恐ろしいくらいの満天の星、静かに通り過ぎる風、足元で揺れている花たち。そして夜、という空間を切り取ったように一つの大きな樹が静かにそこにいた。

 リゼは夢の世界に来てから星を見ることなく、空を見上げることなく、どこかに隠れているのであろうお月様を探すことなくただそれを見つめていた。その樹はどこか懐かしい気がする。見覚えがある気がする。だが、どんなに記憶を探っても、懐かしいと言う感情が心を占めるだけで決定打は思い出せなかった。

 もどかしいその感じを胸にリゼは一歩、小さく踏み出した。その足はなぜか震え、その目は何かに怯えている。風に戦がれた黒髪は迷うように風に揺れていた。


 何も無い、様に見えるその空間。でも夢の中のリゼは確かにそこに誰かがいるのを感じ取っていた。重い足を動かしながら、有り得ないと目を見開きながら、リゼは手を伸ばす。言葉を呼気に乗せる。


「アリス、嬢。兄様、」


 そして、


「私」


 口に出したその一瞬だけ、確かに見えた。泣くように笑う千里アリスと、そんな彼女にぺったりとくっつくロゼの姿が。そして千里に手を握られて複雑そうな、照れているような顔をしている『リゼ』。



「待って! 待って! 消えないで────!」



 リゼの流した涙が地に落ちる時、吹いた風。それは確かに、そこにいる気配をも連れ去ろうとした。



 リゼは必死に宙を掻き、虚空を、いや、そこにいる大切な人達を掴もうとした。



 胸が苦しくて、嗚咽で声が上手く出せなくて、そして何を言えば良いのか分からない。でも、夢の中でも良い、死ぬ直前に見る走馬灯でも、何でも良い。絶対言おうと思っていた言葉があった。




「また、会いましょう」





 とても懐かしい、夢の中での出来事だった。






 ◆■◆





「ただいま。やっぱりこの子、ここに居たのね」

「えぇ、翡翠達がなかなか帰ってこなくて泣いていましたよ」

「それは、悪いことをしたわね。でも、代わりに願いは叶ったみたいね。瑠雨、お礼を言っておくわ」


「────ついで、ですよ」




【幕間】 夢の中で。 完

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