その11 保護者たち
保険医、柘榴石 京子は昼に何を食べようか思案しながら伸びをしていた。
旧校舎で総帥と勝負するから、保健室で控えておいてくれと同僚の鳳仙に頼まれたのだが、『大回復』が使える総帥が居るのだ、自分の出番は少ないと思っていた。
もしあるとすれば、総帥の手を患わせるまでもない軽傷の治癒であろうとも確信していた。
その耳に廊下を駆けて来る足音が入る。
柘榴石はその能力、超感覚の一種『生命力感知』を使い、来たる人物の健康状態を走査した。
少し興奮気味だが生命力に満ち溢れている。
大方、額でも切って、血が目に入り気が動転でもしたのだろう。他愛ない怪我だ。柘榴石はそう思い、待ち構えた。
ガラッ!
「先生! ハァハァ、パンツをくれ!」
扉が開き、下半身丸出しの少年が叫んだ。
「ええええええっ! ちょっとちょっと待って、何言っているの」
「だから、パンツが欲しいんだ! このままじゃ俺は変態になっちまう!」
「すすすすすでに、へへへへ変態なんだけど、パンツをどうするの?」
「決まってるだろ! 俺のモノを納めるんだ」
「もももももモノを鎮めるですって!?」
詰め寄る雑賀を前に柘榴石は壁に押し付けられる。
「だ、誰か助けて~」
彼女の叫びは、天には届かなかったが、友へは届いていた。
「鳳仙先生、遠い目をして、どうしたの」
「ああ、ちょっと京子がピンチだったので、念話を送ってあげていたのさ。その子は粗相をした生徒用に準備してあるパンツが欲しいだけだって」
雑賀が走り去って数分が経過していた。
鳳仙先生は友の心の声を聞いて助け舟を出していた。
「そう、でも雑賀君、大丈夫かな」
「心配ない。じきに戻ってくるさ」
鳳仙先生の言葉は正しかった。一分も経たない内に雑賀が駆け戻って来た。
「ちくしょう! 京子先生に『まさか、この封印を解く日が来ようとはね』って馬鹿にされた」
学校の保健室には男女用の予備の下着が常備されている。だが、その使用頻度は女生徒向けが圧倒的に多く、男子生徒向けは何年も使われない事も多い。京子先生の台詞は動揺させられたお返しであった。
「あー、わかったから、少し落ち着け」
どうどうと鳳仙先生がなだめる。何回か深呼吸すると雑賀の息は落ち着いて来た。
「そうだ、俺の事はみんな忘れて、特別褒賞だ! 俺達は勝ったんだからな!」
話の矛先を逸らそうと雑賀は総帥に言った。
「そうだ。少しでも早くモモの所へ!」
天野もそれに続く。
「あーそれなのだが」
時計をちらちらと見ながら、総帥が言葉を濁す。
「おねぇちゃーん」
旧校舎の入り口に止まったタクシーから少女が手を振りながら駆け寄ってきた。
「モモ! どうしてここに!?」
「えっとそれはね。あっ総帥さん。昨晩はありがとうございました」
総帥の姿を認めた少女がペコリと頭を下げた。
「ああ、検査の結果はどうたったかい?」
「うん、ばっちり。もうどこも悪くないって」
「そっか、それは良かった。だけど念の為、定期的に検査を受けるんだよ」
「はーい」
元気よく桃子が応えた。
「ちょ、ちょっと、昨晩って、検査って、ばっちりって!?」
状況が飲み込めず天野が狼狽する。
「えっと、昨晩ね。総帥さんがモモの病室に来てね。『大回復』をしてくれたの」
「何で黙ってたんだ!」
天野が語気を荒げ、桃子がびっくりした表情を浮かべた。
「そう、きつく言うな。我が口止めしたのだ。大回復を施した後、すぐにでも姉の元へと報告に行こうとするこの子にな。お姉さんをぬか喜びさせちゃダメだから、明日の午前中に、ちゃんと検査してお姉さんへ会いに行きなさい。お姉さんは正午には学校の旧校舎に居るはずだよ、検査と送迎車の手配は我がしておこう、ってな具合にな」
フフンと鼻を鳴らして総帥が言った。
「ごめんなさい、おねえちゃん」
少女は少し涙目になる。
「いいんだ。私こそごめんな。でもよかった。本当によかった」
桃子を抱きしめ。天野は涙を流す。
ある者は涙を浮かべ、またある者は満面の笑みで、またある者は涙を隠そうと目をそらしながら、みな二人を祝福していた。
「願いは叶えた。では、さらばだー」
二人の姿を見届け、総帥はその場から去って行った。
「みんなありがとう。モモが助かったのはみんなのおかげだ」
天野は立ち上がって頭を下げた。
「特に雑賀、お前には感謝しても感謝し足りない。是非お礼をさせてくれ」
「いいよ、お礼なんて」
雑賀は少し照れる。
「いや、このままでは私の気が済まない。どうかお礼をさせて欲しい」
天野が深々と頭を下げた。
「よろしいのではなくって。魚一君は一番がんばったのですもの」
「そうやな。今日のMVPは雑賀や」と海下。
「そっ、そうか。そこまで言われちゃ、しょうがないかな」
褒められて少し気が良くなったのか。雑賀の顔に笑顔が戻った。
「そうか。ならお礼といっては何なんだが……」
天野は顔を赤らめ少し恥じらいの表情を見せた。
「わ、私がお前のお嫁さんになってあげる!」
「はっはい!?」
「その理屈はおかしいですわ!」
雑賀が驚きの声を、デイジーが抗議の声を上げた。
「ふっ、これだからお馬鹿さんたちは。では、論理的に説明してやろう」
「お、おう」
「どんな理屈であたしの魚一君をモノにしようとしてらっしゃるのかしら」
「では、私は今回の件で雑賀に多大な恩を受けた。ここまではいいな」
「ああ」
「当然ですわね」
二人が頷いた。
「その恩を定量的に換算すると五千ポイント、三日以内に大回復を受けられる権利に相当する。私はこれを雑賀に返さなくてはならない」
「恩を数値化っていうのは、どうかと思うけど、リンがそう言うのならそうなんだろうな」
「妥当ですわね」
「だが、知っての通り、ポイントの授受は二親等以内でないと出来ない」
「ああ、そのせいで大変だった」
「ちょっ、まっ……」
「だったら! 結婚して! ゼロ親等になるしかないじゃないかー!」
「そうか、ってええっ!」
「理屈では分かっても心が受け入れませんわ!」
「なあ、いいだろ。こう言っちゃ何だが、私はどちらかと言うと尽くすタイプだ。きっとお前を満足させてやる」
「満足だなんて、破廉恥ですわ」
「竜様、百合子にも少しは恩がありますわよね。一週間、いや三日で良いから百合子の婿に!」
「わーい。モモにお兄ちゃんができるー」
「ひゅーひゅー」
辺りが思い思いに口を開く。
雑賀は戸惑い、どうしてよいか分からなくなった。
「あー逃げたー!」
そして雑賀は逃げる事を選んだ。
「お昼までに帰らないと、寮母さんに怒られるんだ。悪いけど、この話はまたなー」
あからさまな雑賀の言い訳を前に、みなが笑い声を上げ、その声を背に受け雑賀は走った。
みんなの声は心に歓びをもたらし、脚は今までになく軽く感じた。
雑賀は今なら空をも駆けれるのではないかと思った。
お読み頂きありがとうございます。
今回の小ネタは2chのやる夫AAである全裸でガラッと扉を開けるあれです。
「ゼロ親等になるしかないじゃないかー!」が少しまどマギが入っています。
やっとヒロイン1がデレました。親等の設定から予想されていた方も多いのではないでしょうか。




