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たったひとつの冴えない能力(ちから)  作者: 相田 彩太
第五章 最悪の勝利者
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その10 理解者たち

 「ふむ、種明かしをしてくれないかな。どんな能力(ちから)で割ったのかね」

 手に風船の切れ端を握り総帥が尋ねる。

 「能力ではないわ、化学の力よ」

 指をピシッと指して天野は言う。

 「理解しない者達の為に論理的に説明しましょう。総帥、あなたの光の壁の能力は鉄壁の自動防御ですよね」

 「ああそうだ」

 総帥が頷いた。

 「そして、自動防御が発動するには条件がある。でないとあなたは日常生活すらままならない。違いますか」

 「そうだ。よく気付いたな」

 総帥は少し感心した素振りを見せた。

 「発動条件には閾値(しきいち)、つまり一定基準があり、それを超えると発動する。その対象とは一定以上の威力、もしくは悪意・敵意といった攻撃的意志に反応する。そうでしょう?」

 「見事だ。君の言う通り。我の『光の壁』は一定以上の威力、もしくは攻撃的意志に反応して自動展開される強固な防壁だ。物理衝撃・高温・低温・硫酸等の化学物質、特殊型も含む超能力、精神操作や洗脳といった精神系の攻撃も防ぐ。ま、今まで世に登場した物理量と能力は全て防ぐと思っていい。我の自慢の一品だ」

 「だから、総帥に攻撃を当てるには、その『光の壁』の防御力を超える攻撃か、『光の壁』を発動させなければいい。私達は最初前者で立ち向かった。でも駄目だった」

 「ああ、あの連携は見事だったが、あの百倍くらいの攻撃だったら……、我は自分の身を護るのに精一杯で風船を護りきれなかったかな」

 自分の限界はまだまだ上だよという含みを持たせて総帥が言った。

 「ヒントをくれたのは朝顔よ。総帥は彼女の攻撃くらってしまった。あれは威力も無く、そして攻撃の意識が無かったから『光の壁』が発動しなかった。ですよね」

 「ちょっとお待ちになって、あの時の彼女は怒っていましたわよ。それでは『光の壁』が反応するのではなくって」

 デイジーが疑問を口にした。

 「反応するのは敵意・悪意よ。感情ではないわ。例えば感情を殺せる暗殺者は居ても。意志が無い暗殺者は居ない。想像してごらんなさい。意志の無い人間を」

 「それは……ニートですわね」

 「そうだ、我の『光の壁』は感情には反応しない。指導者たるもの、時には他人の意見を聞かなくてはならない事もある。怒りや悲しみの感情で反応していたのでは都合が悪い。そういった物を受け止めるのも度量というものだ」

 総帥が自慢気に言った。

 「話を戻すわ。朝顔の攻撃は非力で総帥を傷つけようとする意志が無かった。だから通じた。急所に当たったのは偶然ね」

 「そっか、その後の風船割れちゃえーの時は風船への攻撃的意志があったからふせがれちゃったんだ」

 「それにしても、金的ってそんなに効くものですの?」

 「さあな、うちらにはわからないさ」

 屋上から急いで駆けて来たのだろう。いつのまにか百合子も十文字も話の輪の中に加わってきた。

 「金的を甘く見るなよ。例えばデコピンを眼窩(がんか)人中(じんちゅう)水月(すいげつ)といった人体の急所に当てても平気で耐えられるし、ダメージも無い。当然だが『光の壁』も反応しない。だが、金玉に喰らうと……」

 総帥は自らの言葉に恐怖し股間を押さえた。男子生徒もそれに続く。

 「たとえムエタイの達人、だれかのカイオウでも、一発で気絶する」

 女子達は、総帥の言ったたとえの意味はわからなかったが、総帥が金的の恐ろしさを説明している事は分かった。

 「話が脱線しすぎね。この発動条件の肝は、一定以上の威力、もしくは攻撃的意志という所よ。もしくは、つまり”or”条件って事。どっちかでもあったら反応してしまうって所ね。だから攻撃を当てるには威力も攻撃的意志も無い行為しか通らない。だけど、そんな物で風船が割れるはずがないわ」

 「じゃあどうやったんだよ」と海下。

 「まずは閾値の見極めね。私はその閾値を日常生活レベルの威力と見て、攻撃的意志には問答無用で反応すると想定したわ」

 「うむ、その見解は正しい」

 「後は結果を見れば想像出来るでしょ」

 「そっか、お酢ね」

 朝顔がポンと手を叩く。

 「そう、飲料酢程度の酢酸濃度ならば閾値を越えず『光の壁』は反応しない。それを思わず噴きださせる事で霧状の滴を風船に付着させたの」

 「いやちょっと待ってーな。飲料酢の酢酸濃度は数パーセントや、あの『サティ酢ファクション』でも七パーセントやで。とてもゴムを溶かすとは思えんわ」

 海下の疑問の周りの生徒もうんうんと頷く。

 「溶かす必要は無いわ、少し劣化した箇所を作れば良いだけ。最後は温度よ」

 「温度?」

 「そう、誰も気付いていないようだけど。少し涼しくなってきたんじゃない」

 「そういえば、風が火照った体に気持ち良いですわね」

 「さっきまで私が念動力(テレキネシス)で上空の雲を晴らし、空気の密度を変えて擬似レンズを作り、陽射しを強めたわ。ちょうど真夏のカンカン照り並にね。朝の曇りの時点でパンパンに張っていた風船は、熱膨張で膨らむ。その時、劣化した部分が小さい点となっていれば、そこはドンドン薄くなって……パーン。結果はご覧の通りよ」

 パーンの部分で手を広げ、少し自慢気に天野は説明を終えた。

 「ちょっと待って下さいます。総帥、予備の風船はございますこと?」

 デイジーが総帥に尋ねた。

 「ああ、あるが」

 「それを膨らませて、護って下さるかしら」

 言われるがまま、総帥はぷうと風船を膨らませ、胸に抱いた。

 デイジーはそれを横目に香水のビンを取り出し、プシュと首筋に振り掛ける。

 「デイジーさん、それなあに」

 「オレンジの香水よ」

 柑橘系の香りが周囲に広がった。

 「皆さん少し汗臭くってよ。朝顔さん、総帥や男子達にこれを噴きつけて下さらない」

 デイジーが手にした香水のビンを渡した。

 「うん」

 朝顔はそれを総帥や男子生徒に噴き付けた。

 パン!

 風船が割れる音がした。

 「えっ、これは?」

 朝顔がびっくりした表情を浮かべる。

 「リモネンですわ。柑橘系に含まれるゴムの溶媒。溶かしますのよ」

 さも当然かのようにデイジーは説明した。

 「総帥、あなたの自動防御は人間に危害を及ぼす化学物質に反応するのではなくって。人間には無害ですけど、ゴムを溶かすリモネンは対象外なのではなくって?」

 デイジーが総帥に問いかけた。

 「そうだな。我の自動防御の対象はあくまでも人間を護る為の能力だ。風船のゴムのみに影響する化学物質は対象外。リモネンは我の想定していた模範解答だな」

 よくぞ気付いたという様子で総帥が言った。

 「天野さん、わたくしに『光の壁』の発動条件を教えて下されば、こんな凝った作戦をなさらなくてもよかったのに」

 「そ、それは、秘密を知っちゃうと、どうしても攻撃的意志が生じちゃうと思ったので、黙っていたのよ。まあ、いいじゃないか、私達が勝利したのだから」

 少しバツが悪そうに天野が言った。

 「良くない!」

 今まで口を(つぐ)んでいた雑賀が叫んだ。

 「俺の傷ついたハートはどうするんだ!」

 少し涙目で訴える雑賀の前に一同が黙り込む。

 「えーと、その、なんだ」

 鳳仙先生が雑賀に歩み寄り、その肩をグッと掴み、じっと見つめて言った。

 「立派だったぞ」

 「男を上げたな」

 「(たくま)しかったですわ」

 「いいモノを見させて頂きましたの」

 「お前、凄いモン持ってんな」

 「悪い、我は心の傷は癒せないのだ」

 一同が雑賀を励ます。

 「う、うわーん」

 その言葉に、雑賀は涙声を上げ、その場から駆け去って行った。

お読み頂きありがとうございます。

種明かしは一気にやらないと読者が予想してしまうので、二話掲載です。

正解や模範解答を予想されていた方はスゴイと思います。

リモネンは作中に記載した通り、ゴムを溶かす化学物質です。

オレンジのしぼり汁で風船を割る実験をした方もいらっしゃるのではないでしょうか。

今回の小ネタは「ムエタイの達人、だれかのカイオウ」がグラップラー刃牙のサムワン海王からです。

ちなみに酢酸濃度7%は食用酢をそのものです。

サティ酢ファクションは酢をストレートで飲んでいるに等しいのですね。

さすが満足さん!

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