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たったひとつの冴えない能力(ちから)  作者: 相田 彩太
第五章 最悪の勝利者
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その9 勝利者たち

 そして天野は駆け寄って来た海下と朝顔にぼそぼそと耳打ちをする。

 「へ? 今なの?」

 「いや、持ってくるのは簡単やけど、何になるん?」

 「時間がない、頼む」

 拝む天野の姿を見て、二人は「了解」と応え走り出して行った。

 そして天野は地面にへたり込むデイジーに歩み寄る。

 「大丈夫か?」

 「ええ、ちょっと疲れただけですわ。まだまだ行けますの」

 「それは良かった。デイジーには最後の一押しをして欲しい」

 そう言って、天野はデイジーの耳元で囁いた。

 「ええっ! そんな事出来ませんわ! それじゃぁ魚一君が、魚一君がヒドイ事になってしまいますわ」

 「そこを頼む」

 天野が拝む。

 「デイジー! 俺の事は気にするな。やってくれ!」

 その姿が見えたのか、デイジーの声が聞こえたのか、雑賀が叫びを上げた。

 「そうそう、たとえ少年に何があろうと我が治してやろう」

 ちょっと面白そうな顔を浮かべ総帥が言った。

 「わ、わかりましたわ」

 「よし、私の合図で実行だ。躊躇(ためら)うな、この作戦はタイミングが命だ」

 言い聞かせるように天野はデイジーに言う。そして天を仰ぎ念動力(ちから)を集中する。

 雲が晴れ、太陽が顔を出した。

 その最中も雑賀は何度も総帥を打ち、打ちのめされ、立ち上がり、また倒れ、でも立ち上がるのを止めなかった。

 必死で戦う生徒達を眺めながら、鳳仙先生は思慮に(ふけ)る。

 暑いな、二ヵ月後は夏至か。

 生徒を心配していない訳ではない。総帥自身が言った通り、少なくとも身体にダメージが残さないだろう。気になるのは精神的な影響だが、あの子達の闘志を見ると、その心配も杞憂だろう。

 つまるところ、彼女は信頼しているのだ。目の前に居る者達を。

 「先生、お疲れでしょう。どうぞお座りになって下さい」

 猫撫で声が聞こえた。

 声の主は海下。その隣にはパラソルとデッキチェアが用意されていた。

 「おお、気が利くな」

 鳳仙先生は怪しいと思いながらも椅子に座る。少しいけない事と思いつつも、その心を読んでみた。

 (ドラゴンは椅子とパラソルを持ってきて先生を座らせろて言ったけど、これが何になるんや。さっぱりや)

 やはり何も知らぬか、まあ、天野の作戦に乗ってやるとするか。そう思い椅子に身体を預けた。

 「先生の好物のお酢ドリンクもありますよー」

 とてとてと歩いて来た朝顔が、手にしたグラスにストローを刺しコポコポとドリンクを注ぐ。銘柄は『絶対満足! サティ酢ファクション』。好みだ。

 「ありがとう」

 グラスを受け取り、ストローで一口すする。

 いつもと同じ爽やかな酸味が喉を潤していく。

 「今だ! 2―Bだ!」

 天野の声が響く。次に響いたのは銃声。

 その弾丸は地面を大きく穿ち(つぶて)を二人に降らせる。二人はそれを避けようと反対側に跳ねた。

 「あたし達を」

 「忘れては困りますの」

 新校舎の屋上から硝煙の煙が上がる。十文字は自らの役割を忘れていなかった。百合子は自分に出来る事を探した。

 二人の能力(ちから)が合わさり、伝説の武器と化した対物(アンチマテリアル)ライフルの一撃が二人の動きを導く。

 総帥が導かれたのはポイント2―B、鳳仙先生のパラソルの正面。

 「そこだ雑賀! フライングレッグラリアート!」

 「おう! 今の俺はモンゴルの超人!」

 天野の声に応え、雑賀は駆け、跳ぶ。

 戦闘が眼前で起こっていても、鳳仙先生は冷静に構えていた。自分に害が及ぼうと対処出来る自信があったからである。

 鳳仙先生は余裕を持ってストローを吸いながら、二人の姿を見つめる。

 「今だ! デイジー!」

 天野が叫んだ。

 「もう、どうなっても知りませんわよ! ベルトよ! ズボンよ! パンツよ! 破滅の滅びを!」

 一瞬の出来事だった。

 デイジーの攻撃対象は総帥ではなかった。雑賀の下半身の装束であった。

 雑賀の下半身が黒く染まると、それは霧散し、荒々しくも男らしい一物が露わになった。

 ある者は口をぽかんと開け広げ。

 ある者は顔を覆う掌の隙間からそれをまじまじと眺め。

 またある者はガッツポーズを取っていた。

 ブッ!

 ブブゥー!

 (こら)える事は、出来なかった。

 鳳仙先生の口から吹き出された飛沫が放物線を描き、二人の頭上に虹を描く。

 「ゴッゴホゴホッ。ああ申し訳ありません。とんだ粗相を」

 咳き込みながら、鳳仙先生はハンカチを取り出し総帥の顔を拭く。

 総帥はげんなりとした顔でそれに身を任せ、雑賀は股間を押さえ、うずくまっていた。

 「あー、その何だ」

 しばしの沈黙の後、総帥が口を開く。

 「ちょっと休憩にしよう」

 可哀そうな物を見る目で雑賀を眺めながら総帥が言った。

 「その必要はないわ」と天野の声。

 「いや、さすがにこれはまずいだろう。心配しなくても休憩分は延長する。少しおまけを付けてもいい」

 雑賀のあられもない姿を指差して総帥が言った。

 「聞こえなかった、その必要はないと言ったの」

 総帥に歩み寄って天野は言う。

 「なぜなら」

 「私達の勝利だからよ!」

 一語一語区切るように告げる言葉の終わりに、

 パン!

 耳に、心に響く音を立てて、風船は割れた。

 「わ……」

 「われたー!」

 一同から歓声が上がった。

お読み頂きありがとうございます。

今回の小ネタは「サティ酢ファクション」が遊戯王5D’sからと、フライングレッグラリアートですね。作内でネタ元を言っていますが、キン肉マンのモンゴルマンの必殺技ですね。

前話の後書き通り、主人公が勝利の鍵だったでしょ、でしょ。

今日は二話掲載です。

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