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たったひとつの冴えない能力(ちから)  作者: 相田 彩太
第三章 汚泥の帰宅者
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その5 破滅の乙女

 「見事ですわ。ですから、わたくしも本気を出すとしましょう」

 デイジーの言葉と共に、闇色の触手のような何かが百合子へ放たれる。

 それが捕えたのは百合子の身体ではなく、その手にある刃、ドスだ。

 闇の触手に触れたそれは、色を失い、形を失い、そして砂状となり崩れ落ちた。

 「ひっ!」

 恐怖をはらんだ声を上げて、百合子はその手を放す。

 ドスの柄が乾いた音を立て地面に落ちる。

 「なっ、なんですのこれは!?」

 不可解であった。伝説の武器といえども折れる事はある、曲がる事もある、溶ける事もある。だが、一瞬で霧散するというのは自然界では在り得ない。

 能力を使っている事は明らかだが、これは異常だ。

 「簡単に種明かしをしましょう」

 さっきの言葉のお返しとばかりにデイジーが口を開く。

 「わたくしの『赤い双星』には第二段階というモードがありまして、これは大失敗(ファンブル)というよりも致命的失敗(オーメン)とでも言いましょうか。わたくしは単純に『破滅』と呼んでますけど」

 「それがなんで百合子の伝説の武器を破壊するのですの!」

 余裕があるデイジーの声に対し、百合子の声は荒い。

 「説明は最後まで聞きなさいな。わたくしの能力の本質は確率を失敗に導くことですわ。聞いたことはなくって、量子的な意味では物質の状態は場として表されるますわ。この場というのは確率場の事ですわよ」

 指をピンと立てデイジーが説明する。

 「観測問題……不確定性原理……場の量子論……」

 説明に耳を傾けていた天野が呟く。

 「先生方は理解していらっしゃるけど、あなたには少し難しいかもしれませんわね」

 「わっわかるわよ、それくらい。要するにあれよ、あれ」

 視線を逸らし百合子が強がる。

 「そうですわね。簡単に説明すると、存在確率を致命的失敗(オーメン)に導いていますの。結果として物質の位置情報と運動情報が滅茶苦茶になりまして、砂状と化してしまいますのよ。光栄に思いなさい。この能力を衆目に晒すのは今回が初めてですのよ」

 そしてデイジーの指が百合子の服を指す。

 「これが最後通牒ですわ。大人しく降参しなさい。でないと、ちょっと恥ずかしい思いをして頂くことになりますわよ」

 その言葉が意味する事は皆が理解した。

 次はその伝説の装束と化した服を砂に変えると言っているのだ。

 「やれるものなら、やってみなさいな!」

 百合子はそう叫ぶと、試合場内を跳び回り始めた。

 幼さの残る体躯からは想像出来ないほど、機敏な動きだ。

 そして隙あらばデイジーの死角に回り込もうとチャンスを伺う。

 「なるほど、伝説の靴ですわね」

 デイジーは見抜いていた。百合子の高機動が、その能力所以である事を。

 どんな強力な能力であっても、対象を捕える事が出来なければ意味が無い。百合子はそう考えた。

 前へ、後ろへ、右へ、左へ、常人の目では追い付けない速度で百合子は動き、そして遂にデイジーの背中へ回り込む。

 もらった! 心の中で百合子が叫び、伝説の靴と化したスニーカーで大地の大きく蹴り、渾身のドロップキック放つ。

 はずであった。

 力強く大地を捉えるはずの靴は、ずるりと滑り、バランスを崩した百合子は地面に倒れこんだ。

 「あらあら、気づいていませんの。わたくしの『赤い双星』は未だ顕在ですのよ」

 そう、あらゆる行為判定を大失敗(ファンブル)させる能力『赤い双星』が、百合子の蹴りを大失敗(ファンブル)させたのだ。

 「では宣言通り、少し恥ずかしい思いをしていただきましょうか」

 デイジーが百合子に向かって手をかざすと、その上半身に着けていた服が一瞬で黒く染まり、そして砂状となって地面に崩れていった。

 「くっ」

 恥辱と屈辱にまみれた顔を上げ、それでも百合子は立ち上がろうとする。

 周囲から歓声が上がる。

 称賛の声ではない、男子生徒の歓喜の声だ。

 だが、その声はすぐに失望の声に変わった。

 百合子の身体にふわりとタオルが掛かったからだ。

 「ここまでだ。B組の負けだ」

 タオルを投げ入れたのは、それを託されていた天野。

 そして、未だ地面に倒れている百合子へ駆け寄り、自らの上着をその体に掛けた。

 「よろしくってよ」

 「そこまで! 勝者、A組デイジー」

 審判の声が上がりクラスマッチの決着はA組の勝利に終わった。

 「おい」

 身体を半回転し、立ち去ろうとするデイジーの背中へ天野の声が掛かる。

 「なんですの」

 気だるそうに首を捻り、デイジーが声を返す。

 「なぜ、最後に百合子の服を破壊した。そこまでする必要も、いや、そうでなくてもお前の勝利は確定していたのに」

 そう、伝説のドスを『致命的失敗オーメン』で灰と化した時点で勝負は決まっていた。

 一方的に殴られながらも、カウンターを入れていたという言い分はあまりにも苦し紛れ過ぎる。

 それは十人の審判が居れば一人は百合子へ判定勝ちのポイントを入れるかもしれないというレベルだ。

 つまり、今回の戦いは勝負にはなったレベルで、決して勝利の目が合った訳ではない。普段のデイジーの戦いでは相手は勝負にもならないレベルなので、そこは評価されるべきではあるが。

 「あら、わたくしは降参の機会を何度も与えましたわよ」

 百合子の強がりが悪いという上から目線の態度でデイジーが答える。

 「そうじゃない。ここまでする必要はないだろうと言っているんだ」

 敗北の屈辱だけでなく恥辱も与える方法に天野は憤っていた。

 「あら、ごめんなさい。彼女がどこまで耐えられるか試して見たかったものでして」

 その言葉が天野の怒りに火を付けた。

 「ふざけるな! 真っ当に勝利する実力があるのに、相手の尊厳を貶めるような勝利を求めるのは卑怯者のする事だ!」

 「卑怯者とは聞き捨てならないですわ。わたしくは自らの能力で勝利を得ましたの。相手に存分の差を見せつけて。これは相手がその差に気づかない、もしくは分不相応に自らを大きく見せようとした結果ですわ」

 そう言って天野へ向き直ったデイジーの胸元に靴が落ちる。

 天野が自らの靴を投げつけたのだ。

 「それは手袋の代わりだ!」

 「あなた、それが何を意味しているか理解していますの」

 靴を拾い上げデイジーが問いかける。

 「もちろんだ! 貴様に決闘を申し込む。日時と場所は追って伝える! 逃げるなよ! 屈辱にまみれた敗北をプレゼントしてやる!」

お読み頂きありがとうございます。

デイジーの第二段階というべき能力が明らかになりました。

これもTRPGにはおなじみの三個のサイコロ全てが6の目からですね。

第一章最後のクラス代表戦で雑賀が負けたのは第一段階の大失敗ファンブルの能力で、第二章で岩を割ったのが第二段階の致命的失敗オーメンです。

確率操作から量子論的確率への発展はちょっと科学的で素敵ですよね。

作者の知力が相対性理論に追いつかないのが難点ですが(目を逸らす)

リンが手袋の代わりに靴を投げつけるのは侮辱の意味も込めてです。

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