その8 犯人の言い分
巫女様は十萌のちびっ子たちの人気者だった。
今日は普段着なのに、道ですれ違うちびっ子というちびっ子が声をかけてくる。
「巫女様、こんにちはー」
「巫女様、デートしてるー」
「巫女様、彼女ができたの?」
「巫女様の彼女は、巫女様じゃないの?」
わ、私のことは、おかまいなくっ。
「葉月は巫女見習いなんだ。みんな、よろしくなー」
ちょっ!? 亜弓君!?
やめて! 外堀、埋めないで!
「お姉ちゃんも、巫女様のお洋服、着るの?」
小学生低学年くらいの女の子がキラキラした目で私を見上げてくる・・・。
「え・・・と。どう、かな?」
そういう予定はないとも言えず、口元を引きつらせながら曖昧に答える。
「いいなぁ・・・」
女の子はさらに目を輝かせた。
その役目、君に譲るよ。
「よかったな、巫女様。仲間ができて」
「ああ。これからは、葉月と二人でこの町を守っていくから!」
いやいやいやいや?
何、きっぱり断言しちゃってるの? 私、そんなこと一言も言ってないよ?
「じゃーな、巫女様」
反論する間もなく、子供たちは去っていく。
じろり、と見上げると、亜弓君は気まずそうに頭をかいた。
「えーと、いや。こ、子供の言うことだし?」
言ってたのは亜弓君だけどね?
ゴールデンウィーク初日の午後。
一度私に挨拶したいという亜弓父の要望により、西山家にお邪魔しに行くことになった。
亜弓君に魔法処女とかいう考えを吹き込んだ犯人と思われる亜弓君のお父さんとは、私も一度話をしてみたいと思っていたので、ちょうどよかった。
私の家まで、亜弓君はわざわざ迎えに来てくれた。
場所は知っているし、まだ昼間だし、一人で大丈夫だって言ったんだけどね。この間の、水月草摩のことを警戒してか、亜弓君は迎えに行くと言って引かなかった。
彼は当分、十萌には姿を現さないんじゃないかと思うけどな。
その道すがら、ちびっ子たちに構われまくっているというわけです。
「すごい人気だね。十萌の巫女様」
「ああ。年に何回か保育園で寸劇をやって、十萌山には神様が眠っているから、ゴミを捨てたりしないでちゃんと持ち帰るように呼び掛けているんだよ。だからかな。あ、今年は葉月も手伝ってくれよな?」
「か、考えておきます」
どういう内容の寸劇なんだろう? 興味はあるけど、出演するのは遠慮したい。
「亜弓君のお父さんって、町役場で働いているんだよね?」
話を変えようというわけではないけれど、ちびっ子たちの来襲が途絶えたら、忘れていた緊張がぶり返してきた。お誘いを受けた時に聞かされた衝撃の事実を、もう一度確認してしまう。
そうなのだ。
亜弓君のお父さんは、十萌町役場で働いているのだ。
まさかの公務員。
住民相談係というところで、主に人間ワザとは思えない不思議な事件の解決を担当しているらしい。
てっきり冗談かと思ったんだけれど、本人は至って真面目だった。
なんでも町長が昔、妖関係で亜弓君のお父さんに助けてもらったことがあるらしく、妖で困っている他の町民がいたら助けてあげて欲しいと言って作られた係なんだそうだ。何か不思議なことがあった場合は、全部亜弓君のお父さんに報告がいって、調べて妖が関係していたら亜弓君のお父さんが担当するだって。
亜弓君が心からそれを信じていることは分かるんだけれど、魔法処女の件もあるからなー。信じているのは亜弓君だけという可能性は大いにある。
うっかりつられて信じないように気を付けないと。
「そうだよ。オレも父さんみたいになれたらいいなって思っている。夏休みだったかな。一回、父さんが仕事しているところを見たことがあるんだ。小戸成市の近くの家の外で、父さんと保健師さんがその家のおばさんと話をしていた。話をしていたっていうか、おばさんはヒステリー状態になってて、庭に落ちていた小石を指さして、あの石に顔がある、あの石が呪われているから家が不幸になったって喚いていた。保健師さんは、顔なんて見えない、ただの石だって、必死になだめているんだけど、聞く耳持たなくて」
「本当に呪いの石だったの?」
「いや。ただの石だった。でも、父さんは、その石をハンカチで包むように取り上げると、この石は自分が持ち帰って十萌の神様にお清めをしてもらうから安心するようにって言ったんだ」
「ただの石なのに?」
「そう。オレも不思議に思って、どうしてかって後で聞いてみたんだ。そうしたら、ただの石でも、あの人は呪いの石だって信じているんだから、だったら取り除いて安心させてあげればいいだろうって。実際には、いろいろ問題のある家庭らしくて、石を取り除いたくらいでどうこうなるわけじゃないんだけど。でも、だからこそ、早く本題に取り掛かるためにも、先に石をどうにかするべきだろうって」
「な、なるほどー」
確かになー。いつまでも、何ともないただの石について、呪われているのいないの議論していてもしょうがないよね。
「それに、本当のことだからって、相手の言うことをただ否定してしまうと、信じてもらえなかったって思われて、力になってあげたくても相手に拒絶されてしまうからって」
な、なんか。これ聞いていると、亜弓君のお父さんってすごくいい人じゃない?
そして、ちゃんと役場の仕事もしているらしいことに安心した。通報を受けて妖と戦っているか、何もなくて机に座ってボーっとしているかのどちらかなんじゃないかと本気で心配した。
本当に、亜弓君に魔法処女とか吹き込んだ人と同一人物なのかな?
実は亜弓君にはお父さんが二人いるわけじゃないよね?
「オレさ。それまで、神様の声が聞こえて、魔法処女として妖を退治できる自分は、なんでもできるってどこかで思っていたんだよ。でも、そうじゃないんだなってその時気が付いたんだ。魔法処女として妖と戦いながら、そうじゃないところでも町の人のために働いている父さんのことをすごいなって思った。オレも、父さんみたいになりたいって」
ずっと、空を見上げながらお父さんのことを話していた亜弓君が、ふっと私に視線を移し、まぶしい笑顔を浮かべた。
「オレ、将来は父さんみたいに町役場で働くのが夢なんだ。魔法処女として町の人を苦しめる妖を祓うのはもちろんだけど、そうじゃないところでも町の人たちを助けていけたらなって。そうすることが、町の穢れを祓うことに繋がって、十萌町と十萌の神様のためになればいいなって」
亜弓君はもう将来のことを考えているんだな。
すごいな。えらいなって思う。
眩しく見上げながら、でも、つい思ってしまう。
これ、知らない人が聞いたら。
堅実だけど夢見がちだよね?
西山家の今日のおやつは柏餅でした。
これもおばあちゃんの手作りだそうです。
柏餅って、家でも作れるんだね。知らなかったよ。
右のお皿には粒あんが。左のお皿にはこしあんが、ズラリと並んでいる。
いつもはテーブルの向かいに座っている亜弓君は、今日は私の隣にいる。向かいには、亜弓君のお父さんがいた。
人の好さそうなメガネのおじさん。メタボとは縁のなさそうな体型は、洋菓子ではなく和菓子で育ってきたからなんだろうか?
はしたないと思いつつも、つい柏餅に熱い視線を送ってしまう。
だって。絶対、おいしいって分かっているし。
実は、結構楽しみにしていた。亜弓君のおばあちゃんの手作り和菓子。
「張り切って作りすぎちゃったみたいだから、遠慮しないでたくさん食べてね」
「あ、ありがとうございます」
バレバレだったかなあ?
ニコニコと進めてくるおじさんに、顔を赤らめつつお礼を言う。
「いただきます。葉月も食べなよ。あ、葉月は粒あんとこしあんどっちが好き?」
「どっちも好きです。え、と。じゃあ、いただきます」
亜弓君がこしあんの皿に手を伸ばしたので、それじゃあと私は粒あんを先にいただくことにする。
粒あんには粒あんの、こしあんにはこしあんの良さがあるよねー。
ん。柔らかい・・・・・。
豆の感じがしっかり味わえるのがいいよねー。
小ぶりのサイズのおかげで、瞬く間に粒あんを食べ終えた私は、お茶で口の中の甘さを洗い流すと、さっそくこしあんへと手を伸ばす。
こしあんはこしあんで、このサラリとした上品な甘さが何とも言えない。
亜弓君はこしあん派らしく、三つ目のこしあんを手にしている。
「お茶のおかわりはどうかな?」
「あ、私、やります」
「いやいや。君はお客さんなんだから、ゆっくりもてなされてくれないと」
ニコニコしながら、亜弓君のお父さんが急須にお湯を注いでいる。
うちのお父さんだったら、絶対にこんなことしないよ?
ほえーと思いながら、お茶のおかわりをもらう。
「この間は、悪かったね。うちのバカ息子が巻き込んだせいで、怖い思いをさせたみたいで」
「え? い、いえ! そんな! キリちゃんと遊んでいただけで、特に怖い思いとかしてないですから!」
水月草摩のことを言っているんだろう。
ペコリと頭を下げられて、私はワタワタと両手を左右に振る。
変な噂にもならなかったし。
いや、あの事件自体は噂になってるけど。十萌中にバーッと広がったけど。
広まった噂は、チンピラ風の巫女好きの男が十萌の巫女に襲い掛かろうとしたというものだ。
とりあえず、私自身は無傷だったので一安心。
亜弓君と仲良くしていることを知っている部活のみんなには心配されたけれど、巫女以外には興味がないみたいだったって言っておいた。
ちなみに。亜弓君と水月草摩は、同じ高校に通っていてクラスも隣同士らしいんだけど、人目を気にしてか学校では特に接触はないようです。
男子二人が巫女とか処女とか言いながら争っていたら、何事かと思うよねー。卒業するまで平穏無事な学校生活は送れなさそうだ。
「あいつの目的が何なのか、詳しく聞いてみたいんだけど、学校ではうまく避けられちまうんだよな」
「十萌の外までは神様の力も及ばない。もしかしたら水月君には古い神様に関係する妖が憑いているのかもしれないから、学校ではあまり刺激しないように気をつけなさい」
「んー・・・・・・」
ため息をつきながらぼやく亜弓君を、お父さんが窘める。亜弓君は納得がいかないという感じで、柏餅を口に押し込む。
「十萌山で眠っている古い神様が、目を覚まそうとしているのかな・・・・?」
亜弓君のお父さんは顎に手を当てて、何やら考えこむ。
古い神様が起きたら、新しい神様はどうなっちゃうんだろう?
新しい神様にお仕えしている亜弓君は、どうなっちゃんだろう?
「あ。そうだ。大事なことを忘れていた。葉月さん、コレ、私の連絡先です。水月君のこともまだよく分かっていないし、何かあったらここに連絡してください。町の人を助けるのが私の仕事だからね。困ったことがあったら、遠慮しないでいつでもかけてきていいからね」
お父さんから名刺を渡されてしまった。
『十萌町役場 住民相談係 係長 西山孝明』
携帯の連絡先と、メールアドレスも書かれている。
係長さんなんだ。どれくらいえらいのか、よく分かんないけど。
ありがたく受け取っておくことにする。
「ちょっ。父さん、何してるんだよ!? オレだってまだ連絡先とか交換してないのに。それに、葉月を守るのはオレだから!!」
「まだ連絡先も交換してなかったのか? 今まで何をやっていたんだか。まあ、いい機会だから、今交換すればいいだろう。あと、大事な女の子を自分で守りたいのは分かるけど、おまえはまだ学生なんだから、学校に行っている間のことはお父さんに任せなさい」
「うぐっ・・・・・・・」
お父さんにやり込められた亜弓君が、胸ポケットからスマホを取り出して、じっと私を見つめてくる。
え、えと。
私と連絡先を交換したいってことでいいんだよね?
なんだろう、これ。
緊急時の連絡用とか、そんなんなんだろうけど。
ちょっと、ヒロインになったみたいで照れる。
今の、一連の流れ。
連絡先を交換し終えると、亜弓君はなんだか嬉しそうにスマホを胸ポケットにしまう。
自分のガラケーをバックにしまいながら、なんだか心がざわついた。
その後は、昭和の魔法少女アニメが好きだというお父さんの、これから鑑賞会をしようというお誘いや、よかったらDVDのBOXを貸そうという申し出をやんわりとお断りしていたらあっという間に夕方になってしまった。
アニメはまあ、観てもいいんだけれど、お父さんがあまりにも熱く勧めてくるのがなんか怖くて引いてしまった。高島先生が勧めてくるゲーム的な意味で。開けてはいけない扉を開けてしまいそう。
帰り際。玄関で少しだけお父さんと二人きりになる時間があった。亜弓君はおばあちゃんに呼ばれて奥に引っ込んでいる。
たぶん。お父さんとおばあちゃんとで、あらかじめ示し合わせていたんだと思う。
なぜなら。
「「ちょっと、聞きたいことが・・・・」」
今がチャンスと口にした言葉が、きれいにハモったからだ。
「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」
無言で見つめあう。
でも、それは一瞬で。時間を無駄にはできないとばかりに、お父さんは一気にまくし立てた。
「女の子が生まれたら、あーゆうの着せるのが夢だったんだよ。亜弓は男の子だけど、母さんに似て可愛い顔してるから巫女服も似合っているし、せっかくだから似合わなくなるまでは続けてもらおうと思って、話を作ったらすっかり信じちゃってさ。でも、サンタクロースみたいに大きくなったら自然と気づくかなーと思ってたんだけど、高校生になっても相変わらず信じているみたいで、ちょっとまずいかなーとはおじさんも思っていたんだよ! もう少し男っぽくなって、巫女服を着こなせなくなったら、うまいこと言ってジャージかなんかに神様のご加護をいただいて代わりにしようと思ってたんだよ!」
犯人が自供したよ!?
てゆーか、ただの巫女服じゃなかったんだね。一応、着る意味はあったんだ。
「・・・・・・あの巫女服、加護の力がかけられていたんですか?」
「もちろんだよ。ちなみにおじさんは役場の作業着にご加護をいただいている」
作業着・・・・・・。別に、巫女服じゃなくてもいいんじゃん!
「葉月さん」
先ほどまでとは打って変わって、やけに真剣な顔でおじさんが私を見つめる。
「私は、亜弓には自分と同じように、神様の手足となって十萌町のために働いてもらいたいと思っている。本人も、それを望んでいるようだしね」
無言で頷きを返す。
亜弓君がそれを望んでいることは、本人の口から聞いている。
「だから、どうか、亜弓の処女を守ってやって欲しい」
「はい・・・・・?」
首を傾げる。
今、何て言いました?
聞き間違い? 聞き間違いだよね?
「亜弓は、魔法処女の力を授かっているのは、自分が処女だからだと思い込んでいる。だから、自分が処女ではないと思ったら、もしかしたら力を失ってしまうかもしれない。だから、出来る範囲でいい。亜弓の力になってやって欲しい。それか、処女じゃなくても力がなくなったりしないよってうまく説得できるようなら、それはそれで構わない! 頼む。お願いします!」
いや。頭を下げられても。
そもそも、おじさんのせいだよね? 何、私に丸投げしてるの?
深々と頭を下げたおじさんのつむじを見つめていると、こっちへやってくる亜弓君の足音が聞こえてくる。
「・・・・・・・できる範囲でなら」
「ありがとう! あ、無理はしないで、出来る範囲でいいからね! 君自身が危険なことをする必要はないから! 何かあったら、おじさんの携帯に連絡してくれればいいから! だから、君は、亜弓の心を守ってあげて欲しいんだ」
「分かりました」
最後のお願いには、素直に答えることができた。
私だって。力を失って落ち込む亜弓君とかは見たくない。
亜弓君は、初めてできた『見える』仲間だ。
だから。
そう。だから。
「お待たせ、葉月。これ、ばあちゃんからお土産にもってけって。柏餅」
廊下をやってきた亜弓君は、手に紙袋をぶら下げていた。
おばあちゃんと一緒にお土産用に柏餅を包んでくれていたみたい。
来た時同様、亜弓君に送ってもらって家へと帰る。
でも。帰りはどこか上の空だった。
亜弓君のお父さんの言葉が、ぐるぐると頭を回っている。
亜弓君の心を守る。
何か私に、出来ることがあるのかな?
考えて、とりあえず思いついたのが、水月草摩の攻撃から亜弓君を守ることだった。そこから、おじさんからのお願い事の最初のセリフを思い出して、げんなりする。
『亜弓の処女を守ってやって欲しい』
どうして私は女の子なのに、男の子のお父さんにこんなことお願いされてるの?
意味が分からない・・・・・。