その9 失われた大切なナニカ
連休明け初日。
部活がお休みだったので、図書館で時間をつぶしてから校門へと向かう。
今日も亜弓君と待ち合わせているのだ。
連休初日に亜弓君のお家にお邪魔した後は、家族で旅行に行ったりしていたので、会うのは少し久しぶりだ。
亜弓君のお父さんに頼まれごとをしてから、初めての巫女活動見学。
『亜弓の処女を守ってやって欲しい』
そして。
『亜弓の心を守ってやって欲しい』
・・・・・・・・・・・・。
どう受け止めたらいいものか。
とりあえず、また水月草摩が現れたら、おじさんに連絡して町内放送を流してもらえばいいのかな。
うまく、亜弓君の心を傷つけないように、魔法処女はおじさんのねつ造だって伝えられたらいいんだけど。おじさんもそうして欲しいみたいだったし。
てゆーか。全部、私に丸投げしてない? これ?
もとはと言えばおじさんのせいなのに、丸投げってどういうこと?
ぶつぶつ言いながら校舎を出たところで、声をかけられた。
「あれ? 2年の葉月か? まだ、帰っていなかったのか? 一人か?」
安西先生だ。
まあまあ格好よくて、割と人当たりもよくて、ほどほど人気もある。すべてにおいて、標準を少しだけ上回る感じで、なかなかいい先生だと評判だ。そして、なんと高島先生に気があるらしい。
連休前とはいえ、変質・・・・不審者情報が流れたばかりだから、見回りとかしているのかな?
「あ、いえ。校門のところで待ち合わせをしていて・・・・」
答えかけて、ピシリと固まる。
れ、冷気。冷気を感じる。
安西先生の隣にいる横田先生から。
顔は笑っているのに、目は笑っていない。
なんか、ヘビみたいなんだけど。
チロチロと赤い舌がうごめき、シューと言う威嚇音が聞こえてくる・・・・気がする。
こ、怖い。呪われそう。
ち、違います、先生! 私は別に、安西先生を待ち伏せていたわけじゃありませんから!
だから、ロックオンしないで!
「さっきメールをもらったところなんで、じきに来ると思います。一人じゃないんで安心してください! じゃ、私はこれで! 先生さようならー」
早口でまくしたてると、校門へ向かってダッシュする。
たどり着いたところでチラッと様子を窺うと、安西先生は心配そうにこっちを気にしていて、横田先生は事業の時と同じ可憐な笑顔で安西先生に何か話しかけている。
こちらを気にしつつも、二人は校舎の中へ入っていった。
女って、怖い・・・。いや、私も女だけど。
高島先生の気持ちが分かったよ。
確かにアレは、敵にしてはいけない相手だ。
フリルとレースでさりげなく装飾された膝丈のコスプレ風巫女服に赤い編み上げブーツ。片手には白いハリセン。持ち手部分には赤い組み紐が巻かれている。
着ているのは、背の高いボーイッシュな美少女に見えないこともないけれど、れっきとした男子高校生だ。別にコスプレ趣味なわけでも女装趣味なわけでもない。ただ、小さい頃にお父さんから聞かされた、『神様の声を聞くことができる魔法処女として、この巫女服を着て神様のために働きなさい』という言葉をずっと信じて実行しているだけなのだ。
まあ、信じちゃうのもしょうがないかな、とも思う。
だって、亜弓君と亜弓君のお父さんは、本当に神様の声を聞くことができるから。
いわゆる霊感というヤツ?
そして。なぜ私がそんなことを知っているのかというと、私にもあるからだ。その、霊感というヤツが。
小さい頃から、妖・・・っていうのかな、不思議な生き物を見ることができた。私の場合は、一緒に住んでいるおばあちゃんが見える人で、私の唯一の仲間だった。だから、私にとってはおばあちゃんの教えが絶対だった。他には誰にも頼れないし・・・・。
そして、その教えとは、
『妖は、たとえ見えても見えない振りをしろ! それが、人とも妖ともうまくやっていく方法だ』
まあ、要約するとそんな感じ?
今までずっと、その教えを信じて、まあまあうまくやってきた。
だから、お父さんのヨタ話を信じちゃう亜弓君のことも分かるんだよね。
実際、あの巫女服には神様のご加護とやらがかけられていて、一応特別な服ではあるみたいだし。
でも、そろそろ何かがおかしいと気付いて欲しい。高校生男子として。だって、おじさんは作業着なんだよ? 作業着に加護をかけてもらって、神様の御使いとして働いているんだよ? だったら、オレもジャージでいいんじゃ? とか、思おうよ!
コスプレ風なうえに、普通に女装だって気づこうよ!
似合っているけどさ!
ちなみに。おじさんが、「たとえ男でも純潔を守り続ける限り、魔法処女として神様にお仕えできる!」とかいうよく分かんない設定を考えてまで亜弓君に巫女服を着させているのは、単に自分が魔法少女モノのアニメが好きで子供が生まれたら魔法少女風の巫女服を着せてみたかったからとかいうしょうもないものです。
男の子だけど似合っているから、というのがおじさんの言い分。
似合っているけどさ!!
「あ、そうだ。かおるから聞いたんだけど、まゆりが迷惑をかけたみたいでごめんな。あいつには、キリに頼んでお仕置きをしておいてもらったから、当分は大人しくしてると思うんだけど」
「え? キリちゃんに?」
神社でのお参りを済ませて、パトロールも兼ねて家まで送ってもらう途中のことだ。
巫女服には加護がかかっているので、パトロールするだけでも軽い穢れを祓ったりする効果があるそうだ。おまけに、巫女姿でゴミとか拾っていると、ちびっ子たちが協力してくれたりもするらしい。
これで、亜弓君が女の子で、着ているのが本物の巫女装束だったら、いい話なのになー。
と、それはともかく。
亜弓君の言っているのは、連休前の不幸の手紙事件のことなんだろうけど、かおる先輩が言っていた『角の立たない方法で、小動物を震え上がらせる』って、これのこと?
小動物ことまゆり先輩は、不幸の手紙の中で勝手に十萌の神様の使いを名乗っていたし、本物の神様の御使いであるキリちゃんがお仕置きするのはおかしいことじゃない。角も立たないだろうけど、でもなんでかおる先輩が?
あの自信満々な様子、かおる先輩はこうなることが分かっていたんじゃないかな。亜弓君経由で神様の御使いにお仕置きをしてもらえるってことを。
亜弓君が直接まゆり先輩に何か言ったりしたら、まゆり先輩はきっとヘソを曲げるだろう。角が立ちまくりだ。それくらいは、私にも分かる。
だとすると、やっぱり、かおる先輩は御使いのことを知っているってことになるよね?
迷信を信じているんじゃなくて、いるのを知っている、みたいに感じるんだけど。
「まゆりのヤツ、昔は御使いの姿を見えていたのに、神様や御使いを敬おうって気持ちが全然なくてさ。よく、いたずらしてはお仕置きされてた。いまだにこんなことするなんて、信じられない・・・・」
「え? まゆり先輩って、昔は『見える子』だったの!?」
亜弓君にしては珍しく、愚痴みたいなことをぶつぶつ言い始めたんだけど、驚愕のあまり途中で亜弓君の腕をつかんで立ち止まる。
つられて立ち止まった亜弓君は、驚いている私にびっくりしているみたいだった。目をパチクリしている。
「・・・・・言ってなかったっけ? まゆりとかおるは、小さい頃は御使いの姿が見えてたんだ。その頃は、よく3人で遊んだっけ。あいつらは、小学校に入ったあたりから、段々見えなくなってきたみたいで、その頃からあんまり一緒には遊ばなくなったんだよ。まあ、学年も違うし、性別も違うからっていうのもあるんだろうけど、オレにだけ見える力が残ったせいもあるのかな」
「小学校に入ると、自然と男子と女子って分かれて遊ぶようになるし、しょうがないよね」
亜弓君が寂しそうに笑うので、何とかフォロー的なことを口にはしたものの、頭の中は只今の新情報でいっぱいなんですけどー?
まゆり先輩だけじゃなくて、かおる先輩も『見える子』だったんだ。
だから。だからか。
かおる先輩は、御使いが本当にいるって知っているんだ。亜弓君が、本当に神様の声を聞くことができるって知っているんだ。
おまけに、3人が昔仲良しだったとか、そっちはそっちで驚きなんですけどー。
昔を思い出したのか、なんだかしんみりしてしまった亜弓君と、新情報に翻弄されてぐるぐるしてしまった私。沈黙のまま、夕暮れの人気のない道を歩いていく。
家の近くの角を曲がったところで、紺のブレザーを着た男子が私たちの前に立ちはだかった。
「水月草摩・・・・・」
亜弓君の驚いた声を聞くまで、誰だか分からなかった。
ちょっと、ぼんやりしていたせいもあるけれど、それだけじゃない。
メガネをかけている。
あと、今日は制服だ。
メガネと制服だけで、まるで別人のようなんですけど!?
進学校である小戸成中央高校の制服のおかげか、優等生っぽく見える。
もしかして、変装のつもりなのかな?
チンピラ風の目つきの悪い男とかいう、変質・・・・・不審者情報を流されたから。
確かに、これなら通報はされないだろうけれど、でも、その制服でまた騒ぎを起こしたら、今度は学校にも連絡が行っちゃうんじゃないのかな?
それを覚悟のうえで、何か仕掛けてくるつもりなの?
「今日は逃がさない」
水月草摩がニヤリと笑った。
「葉月、下がっていて」
亜弓君が、私をかばうように前へ出る。
「コノハ、頼む」
「結」
水月草摩に答えるように、ちょっと低めの女の人の声が聞こえた。
私たち3人の他には、誰もいないはずなのに、どこから?
声の主を探そうとしたところで、耳の奥がキーンとなって、思わず耳をふさいで目を閉じる。
すぐに治まったので、恐る恐る目を開けると、水月草摩の隣の塀の上に、黒いキツネがいた。手乗りサイズのキリちゃんより、ちょっと大きい。子犬くらい? サイズ的には可愛い範囲内だけど、まとう雰囲気は可愛くない。てゆーか、怖い。目が異様にギラギラしていて、亜弓君を睨みつけている。
この子がコノハ? そして、さっきの声の主?
「この間のようにはいかない。この辺りに結界を張った。外の奴らからは、俺たちの姿は見えないし、こちらから助けを呼ぶこともできない。今日こそ、お前の処女を奪う」
真面目な顔で、結界とか処女を奪うとか言うの、止めて欲しい。
私は、亜弓君の背中に隠れるように後ろに下がり、バックから携帯を取り出し、固まる。
け、圏外!?
ええー? ここ、田舎とはいえ、一応住宅街なんですけどー?
ほ、本当に結界があるの?
そう思ってみると、何かもやもやした膜のようなものがあるような、ないような?
あ! そう言えば、キリちゃんは?
この間は、私の前に立ちはだかるようにして、一応守ってくれていたと思ったんだけど。今日は、どこへ?
辺りをキョロキョロすると、さっきまで亜弓君の肩の上で丸まっていたキリちゃんは、塀の上で黒いキツネと向き合っていた。
威嚇しているのか、毛が逆立っている。
だ、大丈夫かな? 体格的には、ちょっと負けているんだけど。
あの黒い子はもしかして、古い神様の御使いなのかな?
お互いの力を警戒しているのか、2匹は睨み合ったまま、動かない。
それとも、私には分からないところで、霊能的なバトルが既に繰り広げられたりしているんだろうか。
ハラハラしながら2匹を見守っていたら、亜弓君たちの方にも動きがあった。
いつの間にか、水月草摩がこの間と同じ白い手袋を呼び出している。
わざわざ手袋を使うのは、やっぱり自分の指を汚したくないからなんだろうか?
白い手袋が両手を組み合わせ人差し指を突き出したポーズで宙を飛びかい、亜弓君のお尻を狙っている。
小学生がいたずらでやったりする、指カンチョーだ。
もう子供じゃないからこそ、アレをやられたら心に傷を負うけれど、でも処女は喪失しないと思う。
進学校に通っているくらいだし、二人とも頭はいいはずなのに、なぜあんなに真剣に戦っているんだろう。
ピンチのはずなのに、なんか脱力してしまう。
左手でお尻をかばいながら、右手で持ったハリセンで手袋を追い払おうとする亜弓君・・・・て、アレ? この間より、苦戦しているような?
一体、何が・・・・?
あ!
ふ、増えている!
この間は1組だけだったのに、手袋が2組に増えている!
も、もしかして、この人。連休中、ずっとこの練習していたりしたのかな? このために。
って、それどころじゃないよ!
亜弓君の死角を狙うように、交互に、時には同時に襲い掛かってくる2組の手袋に翻弄されて、亜弓君が焦ってきているのが分かる。
ま、まずい。このままじゃ、そのうち、されちゃうかも!
されたところで普通だったら、男の子なんだし、ちょっと痛くて恥ずかしい思いをするくらいだけど、亜弓君の場合はそれではすまない。
魔法処女の資格がなくなったと思い込んで、神様にお仕えできなくなってしまうかもしれないのだ。魔法処女とかおじさんのねつ造だし、全部亜弓君の思い込みなのがしまらないけど、でも!
そんな風にはなってほしくない。
お父さんみたいに、十萌町役場の職員として、十萌のために神様にお仕えしていきたいっていう亜弓君の夢、こんなことで失ってほしくない。
『亜弓の処女を、心を守ってやって欲しい』
おじさんの声が、耳の中でリピートする。
でも、どうしたら!?
キリちゃんは、黒い子の相手で手一杯だし。私に、出来ること、何か・・・・。
あ、あった!
出来ること、見つけた。
ちょっと怖いけど、亜弓君のためだ。
私は、一つ深呼吸をすると、駆けだした。
手袋を操ることに集中して、自分はすっかり無防備な水月草摩の背後へ回り、そのわき腹を思いっきりくすぐる。
「ふっ。くっ、ふくくっ・・・・、や、やめろ!」
ラッキーなことに水月草摩はくすぐられるのに弱いみたいで、あっさり集中を乱す。
胸を撫で下ろしたその時、悲劇はおこった。
私を振り払おうとした水月草摩の片手が、私のささやかに自己主張しているなだらかな胸のふくらみに触ったのだ。
突然のことに、思考も体も停止した。
悲鳴も出てこない。
てゆーか、早く退かして欲しい。いつまで触って・・・・・って、なぜ揉んだ!?
このっ・・・。
「変態!!」
パンッ
小気味いい音が、響いた。
同時に、音がわっとやってきた。
車の音。子供の声。鳥の羽ばたき。風が木の葉を揺らす音。
音が戻ってきて初めて、今まで音が消えていたことに気が付いた。
本当に、結界が張られていたんだ。
キリちゃんが、何とかしてくれたのかな?
ぼんやりと滲んできた視界の端に、水月草摩が頬を抑えている姿が映った。
「帰って! 二度と私の前に現れないで!!」
家は、もうすぐそこだ。
それだけ言うと私は、水月草摩も亜弓君のことも放って、家へと駆けだした。
後ろから、亜弓君の声が聞こえたような気もしたけれど、振り向かない。
だって。
ひどい。ひどいよ。
亜弓君も見ている前で、こんなの。
今日はなんだか、いろんなことがあったはずなのに、そのすべてがどうでもいい。
とにかく、涙が止まらなかった。
女の子として、大切な何かを失った気がした。




