その10 乙女心と高島部
今日も高島部は安定の高島部だった。
でも、今は、高島先生のその残念さが、傷ついた私の心を慰めてくれる。
高島花。十萌中学校の数学教師。35歳独身。
さらっとした飾り気のない美人で、本人さえその気になればまだまだ彼氏とか作れそうなのに、趣味のゲームをしているほうが楽しいらしい残念な大人。
そんな高島先生に、恋愛とか結婚に興味を持ってもらうのが高島部の使命だ。
ちなみにこれは、校長・教頭両先生から依頼されたことだ。どうしてそんなに校長先生たちが心配しているのかは知らないけれど。まあ、たぶん。うっかりポロッと何か残念なことを言っちゃったんだろう。
お茶をしながら何とか話を恋愛方面にもっていこうとしては、うやむやに終わる。それが、高島部こと茶道部の日常だ。
正式名称は茶道部だけど、実質的には高島部な気がものすごくしている。
まあ、そうは言っても、私たちはまだ中学生だし、そもそも彼氏のいる子は一人もいないし、出来ることなんてたかが知れている。だけど、一応、頼まれちゃったからには、何もしないわけにはいかないからなー。
そんなわけで、いつもなら私もそれとなくできる範囲で、会話を恋愛方面にもっていくように頑張るところなんだけれど、今日はどうしても気が乗らない。
それより、むしろ高島先生の残念なところを突っつきたい。
「先生は、狩りに行ったりはしないんですか?」
「あー。例のゲームかー。先生はアクションはあんまり得意じゃなくてな。RPGとかのほうが好きなんだよ。例のゲームも興味がないわけじゃないし、後10年若かったらやってた・・・・もしれない・・・・」
「若さが関係あるんですか?」
「もちろんだ。先生も大人の女だからな。アクションとかやると、腕とか肩とか首とかが大変なことになるんだよ。仕事にも差し支えるから、あまりやらないようにしているんだ。大人の女の自制心というヤツだ」
フッと自慢げに笑って胸を張る先生に、沈黙が落ちる。
いや、大人の女なら仕事に差し支えるほど遊ばないでくださいよ。あと、もっと運動したほうがいいと思います。
普段なら、こんな話を続けていたら、どこかで夏希ちゃんか由実花先輩が話題を変えようとしてくるんだけれど、今日は二人とも黙ってお茶を飲んでいる。夏希ちゃんが時折、心配そうな視線を送ってくるけれど、気が付かない振りをした。
私の様子がおかしいことに気付いて、みんな気を使ってくれているみたいだった。そのことを、少し後ろめたく思いつつも、治まらない気持ちのまま先生との会話を続ける。
先生も、当然気が付いているとは思うんだけれど、そんなことは感じさせずに私の質問に嬉しそうに答えてくれる。先生の場合は、本当に嬉しいだけなのかもしれないけれど。普段、あんまりゲームのことを突っ込んで聞かれることないから。
「先生、スマホ持っているのに、そっちではゲームやらないんですか? 遊んでるところ、見たことないですけど」
「ああ。自分を信じてないからな」
「どういうことですか?」
「いつでもどこでも手軽にできるだけに、休み時間に熱中しすぎて授業に遅れたら問題だろう?」
「・・・・・・・・」
いや、それはそうですけど。先生なんですから、そうならないように節度を持って…・遊ぶのが無理だから最初からやらないのか。そうか。これが、大人の女の自制心なのか。
なんだろう。この話題はこの話題で、心の中の何か違う部分が折れていく気がする。
うつろな目になりかけながらも、せっかくの機会なのでもう少し質問を続けることにする。
「先生は、昔からゲームが好きだったんですか?」
「ん? ああ。うちは父親もゲームが好きだったから、小さい頃から遊んでたかな。父親と一緒に遊んだりもしたし。大学に行っている間は、一人暮らしだったし、遠ざかっていたんだけど。教師になって最初の学校が、物凄い田舎で遊ぶところとか何にもないところでなー。仕方がないから、家から使ってないゲーム機とゲーム借りてきて遊ぶようになって再燃したというか」
「そ、それで、自分でも買うようになったんですか?」
「あー・・・・。ネットで攻略方法とか調べてるうちに、続編が出るって知って、それからかな。ネット通販って便利だよなー。いろいろオススメもしてくれるし」
ネット通販のおかげで、道を踏み誤った女がここに一人。
そろそろ話を終わらせた方がいいような気がしてきたんだけれど、先生の話はまだまだ続く。
「あとは、本屋でゲーム雑誌を見つけて、毎回買うようになったせいもあるかな。毎週出る奴とー、月に2回出る奴があってー。月に2回出る奴は、付録で4コマ漫画の冊子がついてきて、それも楽しみなんだよなー」
「大人の女がゲーム雑誌2種類とか買わないでください。せめて、どっちかファッション誌にするとかしましょう?」
さすがに耐えきれなくなったのか、由実花先輩が話に入ってくる。
「そーいうのは、美容室とかで読むものだろう?」
「・・・・・・・・・」
まあ、でも。一応、読んではいるんですね。少し安心しました。
「まあ、あれだ。話をまとめるとだ。ゲーム雑誌で手に入る情報とネット通販の便利さ。そこに大人の女の財力が加わって、今、先生の部屋には未開封のゲームが山と積まれていてな。正直、男と付き合っているヒマとかないんだよ」
強引にまとめてきた。
何ですか? その、学生としてはうらやましけれど、女子としては全くうらやましくない結論!
罰が当たったんだろうか?
先生の残念さで、心を慰めようとか思ったから。
全然、慰められないよ、コレ。
むしろ、心にダメージを負った気がする・・・・。
夏希ちゃんと二人で帰るのは、久しぶりだった。
最近はずっと、亜弓君と一緒だったから。
亜弓君には、しばらく巫女活動の見学をお休みするってメールをしてある。亜弓君からもいくつかメールが着ていたけれど、返信はしていない。
亜弓君は何もしていないし、亜弓君は何も悪くないけれど、今は会いたくなかった。
あんなところを見られて、どんな顔をして会えばいいのか分からないというか、むしろ私が亜弓君の顔を見れないというか。
あー、もう!
何、これ?
もやもやする。
どうしたらいいのか、分からない。
誰かに相談したいけれど、こんなこと誰にも話せない。
どうでもいい話をしながらも、たまにふと無言になってしまう私に、夏希ちゃんは何も言わずに付き合ってくれた。
せっかく、久しぶりなのに。
ごめん、夏希ちゃん。
そうこうしている内に、昨日の曲がり角に差し掛かる。
昨日の今日だし、さすがに何もないだろうと思いつつも、足取りは重くなる。
でも、私の予想に反して、角を曲がった先には、水月草摩が所在なさげに立っていた。
こっちに気付いて、驚いた顔で固まっている。
「あれ? 草摩じゃないか? 久しぶりだな。こんなところで、何をしているんだ?」
「な、夏希・・・・・。どうして、おまえが?」
そして、私も固まった。
え? なに? どーいうこと?
二人は、知り合い、なの?
「どうしてもなにも、普通に家に帰るところだけど? 草摩こそ、って、ごめん、葉月。こいつは水月草摩っていって、小戸成市に住んでいた頃の幼馴染なんだ。家も近所だし、母親同士も幼馴染で仲がいいから、よく家族ぐるみで遊んだりしていたんだ。草摩、この子は葉月。私の、その、十萌での、友達・・・だ」
水月草摩との会話の途中で私のことを思い出した夏希ちゃんが、それぞれに紹介をしてくれる。最後の方は、少し頬を赤らめモジモジしていた。
照れてる夏希ちゃん可愛いとかいう思いが、私の表面をツルツルと流れていく。
事態についていけてなかった。
頭の中では、どーいうことなの? というフレーズがぐるぐると駆け巡っている。
「葉月・・・・さん。その、昨日は、悪かった」
水月草摩が、私たちの前に進み出て、深々と頭を下げた。
途端に、ぐるぐるしていたものがカチンと凍結して、代わりに目じりが熱くなる。
「二度と現れないでって言った。もういいから、帰って! 二度と会いたくない!」
ぎゅっと閉じた目の淵から、次々と熱い塊が零れ落ちていく。
「え・・・、葉月?」
戸惑うような夏希ちゃんの声が聞こえてきた。
「草摩。今日はもう帰れ。あと、私がいいというまで、葉月の前に現れるな。もし姿を見かけたら、私の友達を泣かせたこと、春奈さんに報告する」
「うっ・・・・・分かった。葉月さん、本当にすまなかった。今日は、これで帰る」
夏希ちゃんの一言で、水月草摩は大人しく帰ったようだった。
夏希ちゃんに手を引かれて、私は泣きながら家に帰った。
泣いている私を家に連れ帰ってくれた夏希ちゃんは、そのまま私の部屋へと上がり込んだ。
私の、涙と鼻水が治まったところで尋問が始まる。
・・・・・・・・尋問は言いすぎでした。
こうなってはさすがに何も言わないわけにもいかないよなーとは思っていたので、鼻をかみながら脳みそをフル回転させた結果、とりあえず昨日のことだけを話すことにした。
水月草摩と亜弓君がケンカを始めてしまったので、止めようと水月草摩の脇腹をくすぐったら、それを振り払おうとした水月草摩の腕が私の胸に当たってしまったこと。
その時、水月草摩の指先に力が込められて、も、揉まれたみたいになったことはナイショだ。水月草摩のためじゃない。私が恥ずかしいからだ。
ケンカの理由も話していないけれど、特に追及されたりもしなかったので、内心ほっとしている。あんなの、理由を説明しろと言われても困る。ていうか、したくない。
「そっか。あいつも悪いやつじゃないし、決してワザとじゃなかったんだろうけれど、女の子としてはショックだよね。しかも、それを好きな人に見られちゃうなんて。葉月が怒るのも当然だ。安心して、葉月。草摩にはしばらく十萌町に来ないようによく言っておく」
た、頼もしい。ありがとう、夏希ちゃん。
スラリとした長身。ストレートの黒髪を高い位置でポニーテールにしている夏希ちゃんは、凛々しい女侍のようだと思う。
感激に再び目を潤ませかけて、ありがたいお言葉の中に、聞き逃してはいけないフレーズがあったことに気付く。
「な、夏希ちゃん!? す、すすすすす好きな人って、もしかして、亜弓君のこと?」
「違うの?」
奇声を発する私に、夏希ちゃんは不思議そうに首を傾げる。何を今更? といった感じだ。
私が、亜弓君を、好き?
いや、だって。
十萌町や神様のために頑張っているのはえらいなと思うけど、魔法処女とか本気でい言ってる人だよ? 魔法少女っぽい巫女服のコスプレで。
私服の時は、かっこいいなって思うけど。でも。
亜弓君の心とか純潔とか守るって言ったけど、それは仲間としてであって、決してそういうアレではなくて。
あれ? でも、私。
恥ずかしいシーンを、亜弓君に見られちゃったことにショックを受けていたような・・・・? それって、つまり?
いや、でも、あんなところ男の子に見られたら、普通に恥ずかしいよね? 女の子なら泣きつくけど。亜弓君がどうこうとかじゃないよね?
そして、煮えたぎった頭は、よく分からない方向へ突き進んでいく。
あの時、胸に触っちゃったのが、亜弓君だったら?
想像しかけて、慌ててかき消す。
いやいやいやいやいや?
まだ、早い。まだ早いよ。せめて、もう少しサイズが大きくなってからで!
って、何考えてるの!?
でも。
滅茶苦茶恥ずかしいけれど、決して、イヤ・・・とかではないような?
水月草摩とは、正直二度と会いたくないけれど、相手が亜弓君だったなら。やっぱり恥ずかしくてしばらくは顔を合わせられないとは思うけれど、二度と会いたくないとか、そんなことは思わない。
えーと、つまり、これは?
「そうかもしれない・・・・」
頭を抱えてうずくまる。
顔が熱い。
いろんな意味で、恥ずかしい。
たぶん、私、一人で百面相していたと思う。
「そっか。そういうのじゃないって言ってたの、照れてるだけだと思ってたんだけど、本当にまだ付き合っているわけじゃなかったんだ」
とりあえず、呆れられてはいないみたい。
頭の上から、夏希ちゃんの涼やかな声が聞こえてくる。
はい。その通りです。ただ単に、巫女活動の見学をしていただけです。巫女活動なのか、魔法処女活動なのか、よく分からないけど。
「葉月の気持ちがはっきりしていなかったから、二人がケンカになっちゃったのかな? 自覚した以上は、ちゃんと草摩にお断りするべきだと思うけど、今回は仕方がないよね。事故とはいえ、女の子の胸を触っちゃったんだしね。もしよかったら、私からきっぱり断っておくよ?」
ケンカの理由を聞かれないと思ったら、もしかして三角関係的なナニカだと思われてる? ・・・・・・思われてるんだろうな。
そんな事実は、一切ないのに。
別に、私を取り合ってケンカしていたわけじゃなくて、むしろ私はただの外野だったのに。
てゆーか、これ。私が亜弓君に気持ちを伝えれば、晴れて二人はお付き合い・・・・とか思われているってことだよね?
そんな事実は一切ないのに。
嫌われてはいないと思う。
でも、恋愛的な甘い雰囲気になったことは、なかった・・・・と思う。
一緒に甘いものは食べたけど。
今は巫女活動のことで頭がいっぱいで、女の子のこととか二の次なんだろうな、と思う。
押し黙る私の頭を、夏希ちゃんの手が優しくなでた。
「まあ、草摩のことは、もっと気持ちが落ち着いてからでもいいと思うよ。でも、亜弓先輩には早めに会いに行った方がいいと思う。気まずいのも分かるけど、時間が立てばたつほど、会いづらくなっちゃうと思うよ?」
指の隙間から、チロリと夏希ちゃんを見上げる。
優しい笑顔が眩しい。
私が勇気を出しさえすれば、すべてうまくいくと信じているその笑顔が、眩しい。
「・・・・・うん」
でも、確かにその通りなのだ。
私は、小さく頷いた。
せっかく、自覚したのに。
このまま、気まずくなって、会えなくなっちゃうのは嫌だ。
明日会う、とかはさすがに無理だけど、メールの返信くらいはしておこうと思う。
水月草摩が今後、何を仕掛けてくるかも分からないのに、このままにはしたくない。
何か、出来ることがあるはず。
恋愛的な意味でも、巫女活動的な意味でも。
亜弓君の心と純潔を守ることを、改めて決意した。
だって、亜弓君のことが好きだから。