不死鳥は堕ちる
いや、本当にごめんなさい。
トゥーリ達の暮らす王国について話そう。
王国、正式にはユーグス王国と言い、この大陸における歴史ある大国の一つである。王国の名の通りに国を治めているのは王族であり、その下に貴族達が連なっている。
そんな王国であるのだが千年と続いたとされる歴史はあれども一部を除けば上から下まで腐りきっていた。
王国に対して、同じ大国として知られていた帝国の皇帝などはあと10年としない内に王国は滅ぶと称するほどだった。
そんな中で王国に激震が走った。
第二王子が革命を起こしたのだ。それも悪名で知られていたトラバリン公爵家を引き連れて、だ。
表向きはともかく裏では黒いどころでは済まない噂に溢れ、王家ですら手を焼き、腐敗しきった貴族すらも関わることを躊躇う、そんな王国きっての厄介者を連れてだ。
まず討たれたのはトラバリン公爵家の当主自身だった。
これを聞いたとき、あちこちの方面では安堵する声が上がった。怖いのは確かにトラバリン公爵家自体の家柄もそうだが、当主であったアクレスタ・トラバリン公爵はその何倍も恐ろしかったのだ。
多くの者が安堵する中で、トラバリン公爵家をよく知る者は危機を覚えてもいた。
何せ、あの家には現役を退いたとは言っても等級外に並ぶ実力者がいたことを知っていたからである。
革命を起こしてから三ヶ月、破竹の勢いで進んだ革命軍への対応に困った王家は遂にお抱えの等級外の実力者を投入することを決めた。これによって革命による被害はさらに激化することとなった。
* * * * *
そんな中でトゥーリが何をしていたかと言うと、彼は割と精力的に働いていた。
「やっぱり少なくなっていますね。これでは実験に使うだけの量には少し足りないでしょうか?」
彼の周りには大量の大きな繭のようなものが積み重なっていた。その繭の大きさはばらつきはあるもののちょうど成人した人間ぐらいの大きさだった。
「いえ、まぁ、集まりの悪い理由は分かりきっているのですけれど……」
そういって目を向けた先では、天を突くかのような勢いで火柱が上がっていた。
「………忌々しいことです。私が言えたことじゃありませんけれど、これだから等級外というのは手に負えない」
そういっていつの間にか近づいてきた火柱を何の属性も含んでいない魔力の防壁だけで受け止めた。
魔力壁にぶつかった火柱から声があがる。
「見ぃづけだぁ!」
よく目を凝らせば、火柱の中には人型の何かがいた。
その人型は炭化しているのか全身が黒くなっていた。そんな状態だと言うのに、聞こえてきた人型の発したと思われる声はしゃがれていた。
声をあげた拍子に口だったと思われる部分がバカリと開く様子は中々に不気味だった。
「確か『不死鳥』さんでしたか? 火属性の魔術師で、自分の炎で敵味方、果ては自分まで焼き尽くす戦場の嫌われ者ですか」
トゥーリは気にした様子は見せず、独り言か質問かわからないが言葉を口に出す。
唐突に『不死鳥』と呼ばれた人物から炎があがるのが止むと、先程まで火柱があった中央付近には全身が炭化した真っ黒な人型が残っていた。
そんな状態でも『不死鳥』は動き出した。
一歩動くごとにジュクジュクとグロテスクな音が鳴り、段々と『不死鳥』から炭化した皮膚が落ち、その下から生まれたばかりのように艶やかな肌が現れた。
生まれたままの姿の『不死鳥』はなんとも幻想的ではあった。しかし―――
「王家直属ゥ、近衛師団ンん、序列第4位ィ、フィニアぁぁァ」
さっきまでのしゃがれた声とは違い、綺麗ではあったがドロリとした甘ったるい声だった。
―――しかし、そんなことよりもトゥーリの気を引いたのが『不死鳥』、フィニアの体にある全身を覆うように広がる火傷の跡だった。
「ふむ、意外ですね。それだけ火の魔力が馴染んでいるなら火傷になるはずもないでしょうに………」
そんなことを気にした様子もなくトゥーリは独り言か質問かわからない言葉を続けた。
フィニアはトゥーリの態度に少し困惑する。彼女には度重なる異能の使用によって脳にダメージを負いまともに思考出来ずにいたためにトゥーリの考えが読めた訳ではなかったが、これまでの経験則と上手く働かない頭を補うために鍛えられた本能がトゥーリに対して違和感を訴えていた。
フィニアを相手にした男の大半が自らの肢体に残る火傷に嫌悪を示すか、フィニアの裸体に欲情を示すかのどちらかだったからだ。
しかし、今、目の前の男から向けられている感情は嫌悪とも好色とも違う色に染まっていた。
強いて言うならば、興味。それもいつか見たことのある狂った魔術師が見せたように全てをバラバラに晒したいという、どこまでも狂ってしまった探究心。
フィニアに怖気が走る。
その感情を引き金に異能が発動する。
炎がフィニアを中心に渦巻き、溢れていく。溢れだした炎は周りへと流れ、空気を焼き焦がしていった。
「ふぅん、そんな風に発動するのですね」
目と鼻の先に男の顔があった。
その眼には魔法陣が浮かんでいた。
「ッ!?」
近づかれたことにまったく気づけなかった。それ以前にコイツはどうしてこの焦熱の中で平然としていられるのか?
フィニアの頭は疑問符で埋め尽くされるが、戦場での本能が目の前の危険を排除することを選択させた。
フィニアから溢れる炎がさらに猛り狂うように熱を上げる。
「流石にこれ以上は火傷してしまいそうですから止めさせてもらいますね」
言葉とともに繰り出されたのは貫き手だった。
その一撃は自らの炎によって脆くなっていた肉を食い破り容易く骨まで砕いた。
「……ッグ!?」
しかし、それでもフィニアは死ななかった。
喉は削られ、首の骨が砕けようとも忌々しいこの体は再生を始める。
「まぁ、再生するのだって織り込み済みですけれど」
フィニアの異能は再生と破壊の両方を同時には出来ない。故にフィニアの炎を止めるためには致死の攻撃を続ければ良い。
そもそも普通はフィニア相手に致命傷となる傷を負わせられるだけの距離に近付ける存在がいなかったために、考えもされなかった方法。
こうして王国所属の等級外実力者と革命軍所属の等級外実力者の対決は人知れず決着が付いた。
しかし、広域殲滅型の等級外実力者が消えたことは後々の革命軍に有利に働くことは、王国側にも革命軍側にもまだ分かっていなかった。
「珍しい素材も手に入ったので今日は良いですかね?」
別に何があったわけでもないけれど、やる気がなかったのが一番の理由だと思いました。
読んでくださった方には平に感謝を




