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目覚め②

「っていうか、これからどこかに出かけるの?」

「え? いや、出かけないぞ」

「じゃあ、その刀は?」


 さっきからずっと気になっていた刀を郁人は指差す。

 すると、小十郎はその刀を郁人へ向かって放り投げた。


「ちょ、投げるなよ!」


 まさか、小十郎が刀を投げてくると思っていなかった郁人は、危なっかしくも刀をなんとか受け止める。


「その刀はお前のものだ」

「いやいや、全然意味が分からないんだけど」

「その刀はお前から取り出した鬼から出来たものだ。理由はよく分からないが、お前が気を失った直後、その形状になった」

「へー」


 郁人はその刀を鞘から少しだけ抜いて、刃を確認してみた。

 血に塗られたような真っ赤に光っており、完全に抜いてはいけないような感覚が郁人を襲う。

 そう感じた瞬間、反射的に刃を鞘に納めた。

 再び、脳裏に鬼があの時に言い残した言葉が頭の中に蘇る。


『本当に馬鹿だな、お前は。今まで楽しかったぜ。あとみやげを残してやる。大事に使えよ』


 声からすれば悪意の一つもないような感じだったが、きっとロクなものじゃないということだけは郁人にも分かる。


「これは閻魔様が預かってくれ」

「俺には必要ない。必要になるのは郁人の方だぞ?」

「え、なんで?」

「それはお主に精神エネルギーを使うだけの力が残ってないからじゃよ。んーっ」


 郁人は後ろから聞こえてきた声にびっくりして振り向く。

 いつの間にか起きた燐が背伸びをしていた。

 他の二人もつられたかのように、のそのそと身体を起こす。

 三人ともまだ眠たそうで、目を擦っている。


「やっと目を覚ましたか」

「うむ。迷惑をかけてすまぬ、閻魔殿」

「おはようございますですわ」

「ん~、まだちょっと身体がダルいかも~」


 小十郎の言葉に三人がそれぞれに答える。


「ちょっと待て、精神エネルギーを使う力が残ってないってどういうことだよ!」


 そんなのん気な会話をしている四人に郁人は尋ねる。

 精神エネルギーの件なら、すでに大丈夫なはずだった。容姿は人間であるけれど、自分が人間かと聞かれると素直に頷くことが出来ない能力を手に入れている。

 あの鬼も前世の力を借りたとはいえ、身体の主導権を奪い返すために戦い、勝ったのだから。


「それは俺が答えてやろう。そのことでショックを受けるなよ?」

「いや、すでに受けてるけど」

「じゃあ話すか」

「つか、お前らは寄りかかってくるなよ!」


 小十郎の話を集中して聞こうかと思っている郁人に、三人がそれぞれ甘え始めた。

 メアリーとエイミーはまだ眠そうに瞬きしながら、左右の膝に頭を置き、燐は後ろから、おんぶをねだる様にもたれかかる。

 郁人からすれば、三人は子供体型のため、重くはなかったが、邪魔なのは間違いなかった。


「郁人のために頑張ったのですから、これぐらいは多めに見てください」

「はい、お兄ちゃんの負け~」

「人生には癒しも必要じゃろう?」

「――はいはい、分かったよ」


 なんとなく拒否する事が出来なかった郁人はこのままにすることにした。

 今回の事で三人には色々と迷惑をかけてしまい、頑張ってくれたのだから、これぐらいのご褒美はいいかな、と思ったためである。


「話を区切ってごめん。んで、俺の精神エネルギーがなくなった理由は?」

「郁人が使っていた精神エネルギーは鬼から溢れ出ていたものを使っていたに過ぎない。言ってみれば、郁人の中に住んでいる宿賃代わりにそれを貸してたというわけだ。他にもいろいろと影響を受けていたせいで少し怒りっぽくなりやすくなったり、本気で怒ると殺気が出たりしてたんだろうな」

「え、つまり俺は――」

「それすらも使えなくなった『ごく普通の人間』だ」


 郁人は頭の中が真っ白になった。

 そしてあの辛かった日々のことを思い出す。

 壁に激突させられ死にかけた思い出。

 家の最上階や崖の上から飛び降りる思い出。

 使えなくなったということは再びあの恐怖を味合わないといけない。


「き、気のせい――」

「お兄ちゃんからそういう力を感じなくなったし、本当だよ~」

「諦めなさいですわ」

「閻魔殿も含めて、ワシらが保障してやるぞ。現在いまのお主にはその力がないことは現実じゃ」


 言葉を遮られてまで、三人に否定された郁人は項垂れた。


「それでその刀というわけだ」

「え?」

「鬼がどういう意味を込めて、その刀を残そうと思ったのかは分からないが、その刀は負のエネルギーを蓄える能力を持っている。蓄える力があるということはどうにかして溜めたエネルギーを引き出す力があるはずだ」

「そういう憶測があってもおかしくはないと思うけど……」


 その刀を改めて見つめる。

 郁人には吸収している様子は見えないけれど、不気味さだけは鞘越しでも郁人の手に伝わる。

 それが負のエネルギーを吸収している影響なのかもしれない。


「俺にはその力を引き出すことが出来ないということは、その刀を持つ主として認められていない。つまり、その主として認められる可能性があるのは郁人、お前だけだ」

「な、なるほどね」


 思わず納得してしまう郁人。

 鬼の言っていた発言と小十郎の発言からして、間違いなく自分がこの刀の主であることは間違いないためである。

 同時に悪い予想もしてしまっていた。

 鬼の精神から出来たということは、もしかしたら、どこかに鬼の精神が隠れており、再び自分の身体を乗っ取る可能性があるかもしれない。そして、またみんなに迷惑をかけてしまうのか、と考えると郁人は複雑な気分になった。 

 でも鬼が存在しない現在、そんなことを考えていても答えは見つかるはずがなく、


「分かった。この刀は俺が受け取るよ。っていうか、それしか道はなさそうだし……」


 大きなため息を吐いた後、郁人はそう言った。


「あ、町の人はみんな元気になりましたわ。だから、安心して大丈夫ですわよ」

「そっか、良かった! 三人のおかげだな!」

「そうだと思うなら、ワシらをもっと労われ」

「燐ちゃんの言うとおりだよ」

「どんなことをしてもらいましょうか?」


 エイミーの発言に三人は部屋の隅っこに集まると会議をし始めた。

 容姿から見ると完全に子供が悪戯を考えているようにしか見えないのだから不思議だ。ただ、知能は大人のため、あの探偵もののように頭の働き方は変わらない。


「まぁ、頑張れ」

「他人事かよ! せめて助け舟、出せよ!」

「ない。出すつもりも、逃がすつもりも全くない」


 小十郎は椅子から立ち上がると、そのまま背中越しにそう言って、部屋から出て行った。

 三人を見ると、会議は終わったようで郁人に向かって、欲望の塊を表現するかのように目を妖しく光らしている。


「覚悟はいいかのう?」

「大丈夫ですわ、痛いことはしませんから」

「恥ずかしいだけかも……?」


 メアリーのその言葉を聞いて、郁人は冷や汗を垂らす。

 しばらくの間、膠着状態が続いた後、郁人の頬から垂れる一つの汗が床に落ちたのを合図に、郁人の新しい戦いが始まったのだった。


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