郁人の頼み①
郁人が精神世界で鬼と戦っている間、外でもその様子は現れていた。
さっきまで攻撃を仕掛けてきていた鬼の動きが突然止まり、両手で頭を押さえ、唸り始めたのである。
その様子を三人は眺める事しか出来なかった。
「いきなり、どうしたんじゃ?」
軽く肩で息をしながら、燐は二人に尋ねた。
さっきから、鬼のやりたい放題の攻撃のおかげで所々内出血を起こし、口端からは血が垂れていたが、それを腕で拭う。
服装に至っては最初の原型がないほどにボロボロになり、片方の胸は露出しているが、なんとか最低限の場所を隠す程度にはなっていた。
「知りませんわよ。また何か企んでるんじゃありませんか?」
エイミーは吐き捨てるように言い切る。
このタイミングで息を整えようとしていた。
燐ほどではないけれど、同じように服装もボロボロになっており、いつも着けていた帽子は行方不明になっている。
忌々しげに口から血に混じった唾を吐き捨てた。
「え~、そういう新必殺技みたいなのいらないんだけど~」
メアリーは困ったように空笑いを溢す。
やはり三人と同じようにボロボロになっており、スカートがほぼない状態になっていた。それに加え、左腕に力が入らないのか、だらしなく下ろしている。右手で額から垂れる血を拭うもすぐに垂れてくるので、最終的には諦めらしく流したままにしていた。
「そんな必殺技とか勘弁してもらいたいのう」
「あくまで可能性でしょう? そもそも、あれは苦しんでいる表情ですわよ?」
「それは分かってるんだけど……お兄ちゃんの本にああいう感じでパワーア――」
「そういう不吉な展開に感化されないのですわ!」
「まぁ、チャンスと言えばチャンスだがどうするのじゃ?」
「今は様子を見ましょう。下手に出て、あれが演技だったら困りますからね」
燐の質問にエイミーがそう答え、二人はその指示に従うことにした。
その間も郁人は苦しんでいたようだったが、頭から手を離して左右に振る。
そして、三人を見るように顔を上げた。
郁人がゆっくり右手を上げると、
「よっ、ただいま」
疲れたような声で三人にそう言った。
三人は鬼が右手を上げたため身構えたのだが、予想外の行動に驚きが隠しきれず、目を点にしている。
しばらくの間、無言が続く。
最初に口を開いたのはメアリーだった。
「お、お兄ちゃん?」
「あれは演技に決まってるでしょ!」
「ああやって油断させようとしているのじゃ!」
「な、なるほど。騙されるところだったよ」
二人の言葉にメアリーは一時的に納得しかけるもやはり納得出来なかったらしく、二人に尋ねる。
「でもさ、さっきまでの鬼の雰囲気じゃないよね? 声もだけど……」
「そ、それはそうですわね」
「どうしようかのう?」
郁人はその疑いっぷりに少しだけ寂しく感じた。
確かにさっきまでの鬼の行動を考えてみると、仕方ないことなのは分かりきっている。
三人の結論が出るまで郁人は近づくことも出来ず、その様子を見ている事しか出来なかった。
「よし! ボクが行くよ!」
しばらく、三人はなんやかんやと言い合った後、このままでは先に進まないと思ったのか、メアリーが二人にそう言った。
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫大丈夫、二人にはそんな危ない目させるわけにはいかないからさ」
「何を企んでおるのじゃ? 顔がニヤけておるぞ?」
「そ、そんなことないよ~。犠牲者はボクだけで十分だよ!」
メアリーは燐の言葉から逃げるように握り拳を作って、郁人へと向かう。
二人はメアリーを止めようとしなかった。
もし、あれが鬼の演技だとしたら、さっきと同じようにダメージを負う事になる。二人からすれば、これ以上のダメージを負いたくなかったのだ。
しかし、あれが本当に郁人ならば、メアリーに先を越されたということになり、それはそれで二人からすれば面白くない。
複雑な気持ちのまま、メアリーの行動を二人は見守ることしか出来なかったのだ。
「あ、あのさ? お、お兄ちゃんだよね?」
メアリーは目の前で止まると、おそるおそる郁人に尋ねてきた。
その目は不安で溢れている。
最初は冗談で「違う」と答えたかったけれど、そんなメアリーを見ていると嘘を吐くわけにもいかず、首を縦に振ることしか郁人には出来なかった。
「お兄ちゃん、おかえり!」
「お、おう」
そう言って、メアリーは郁人の腰にしがみ付く。
その行動を見ていた燐とエイミーも近寄って来る。
メアリーの行動を見て、郁人だと確信し、甘えるのは自分だと言うようにさっきまでとは違う意味で目をぎらつかせていた。
「心配かけないでくださいですわ!」
「ま、まぁ……自力で鬼をなんとかしたみたいでワシらも助かったわ」
「完全に解決したわけではないんだけどさ」
郁人の返答を聞く前に二人は左右から抱きついてきた。
三人とも顔を見せないように身体に密着させているため、表情までは見えない。しかし、泣いているということだけは鼻を鳴らしていたので、郁人にも分かった。
「泣くなよ。俺も無事なんだし……」
「うるさい。お主は黙ればよいのじゃ」
「心配かけた原因を作ったお兄ちゃんがそれを言う?」
「自力で何とか出来るのなら、最初から何とかして欲しかったものですわ」
「悪い悪い」
エイミーの発言に郁人はちょっとだけドキッとしてしまう。
予想になるけれど、気持ち次第で本当に最初から何とかなったのかもしれないからだ。
しかし、思考力を低下させられた状態で、三人は悪役として出演させられていた映画を見せられていた。しかも、展開的につまらなさすぎて、『さっさと倒せ』と思ったのも本音だった。そのことを言えば、きっと怒られると思った郁人は、このことを墓場まで持っていくことを心に誓った矢先――。
「……何か隠してます?」
「え?」
「心拍数が上がってますわよ?」
エイミーがにっこりと笑い、郁人に問いかける。
目が全く笑っていない。
「心配しなくて良いぞ? 怒らぬからのう」
「な、何も隠してないんだけどなー」
「お主の身体から嘘を吐いている匂いがするんじゃが?」
「え!? そんな匂いとかあるのか!?」
燐は郁人の首筋を匂い、その匂いを確認し始める。
どうにか引き離そうとするも三人が抱きしめている時点で、郁人には首を遠ざけることしか出来ない。
「お兄ちゃん、顔色が悪いよ? まるで、ボクの人形が何かを隠し事をしているみたいに」
「あ、あはは……そんなわけないじゃん? いや、待て! そもそも人形が隠し事をするわけないだろ?」
「それはどうかなー? 人形もちゃんと生きているんだよ?」
下から覗き込むメアリーから逃れる術はなく、郁人はメアリーから視線をはずす事しか出来なかった。
チラッとメアリーを見ると、そこからは「お兄ちゃんは隠し事しないよね?」的な純真無垢な目がそこにはあった。
郁人は全力でその目を見ないようにしながら、空笑いを口から漏らす。
「あ、そんなことよりもっと重要な話があるんだけどいいかな?」
「この隠し事も重要な件じゃと思うのじゃが?」
「まずはそのことから話してもらいましょうか」
「お兄ちゃん、大丈夫。ボクたち怒らないから」
「嘘だ、絶対に嘘だ」
「「「いいから話せ!!」」」
三人は郁人の言葉を無視し、そう言った。
「なんで、あいつらはさっきまではシリアスな展開だったのに、コメディに転じてしまうんだよ」
ベッドに座り、その様子を見物していた小十郎は呆れた表情を浮かべ、そう漏らす。
郁人は三人のプレッシャーに屈したらしく、両腕を燐とエイミーに掴まれ、寝室まで連行されると正座させられる。そして精神世界での件を全部話すことになった。
三人はその話を聞いて激怒したのは言うまでもない。




