郁人の頼み②
「それで重要な話というのは何なのじゃ?」
三人の説教タイムが終わった後、改めて燐が郁人に尋ねた。
本来はこれから話すことの方が郁人にとって大事なものであり、さっきまでの話はぶっちゃけどうでも良かった。
「あのさ、三人に頼みがあるんだ」
「頼み、ですか?」
「このタイミングだから、ものすごく嫌な予感しかしないんだけど……」
「まずは話を聞いてからじゃな」
郁人は正座から立ち上がり、三人の顔を順番に見つめる。
郁人が真剣な目をしているからか、三人も真剣な目になっていた。
しかし、三人ともすぐに顔を逸らす。
まるで、これから言わんとしていることがなんとなく分かり、その現実から逃げるように――。
言ってしまえば、さっきよりも激怒することが郁人にも分かっていたが、言わなければならなかった。
「あの、さ……、燐がさっき鬼に対して攻撃したやつ覚えてるよな。なんか途中で止めることになってたけど……」
「……うむ、覚えておる」
「その攻撃を俺にして、鬼を完全に消して欲し――」
「嫌じゃ」
「嫌ですわ」
「無理」
三人は即答した。
迷う必要などないように、あっさりとした声で――。
怒りも何も含まれていない。
ただ今回の騒動については完全に決着がついたかのように興味がない雰囲気だった。
「今回は何とかなったけど、あいつは俺の中でまだ生きてるんだ。完全に解決したわけじゃない。だから、俺がなんとか出来てるうちになんとかしたいんだよ」
「ワシには、もうそれを使う力程の力が残ってない」
「同じくですわ」
「ボクも~」
三人は郁人に背中を向けて、完全に拒否した。
迷惑をかけてしまい、守れなかった戒めも含めて、郁人は三人の内の誰かにやってもらいたかったのだが、現在の様子では絶対にしてくれない。
郁人はその考えは捨てて、小十郎に顔を向ける。
「そっか、分かった。もう頼まない。閻魔様におね――」
その瞬間、郁人の右頬に痛みが走り、壁と激突した。
何が起きたか分からず、郁人は痛みが走った頬を触りながら、顔を上げるとそこには殴った態勢の燐の姿。
何の術も使わず、ただの腕力で殴り飛ばされたらしい。
「お主は馬鹿か? 馬鹿なのか?」
「燐、止めなさい」
「うるさい。そこまで言うなら、お主にあの攻撃を途中で止めてしまった事実を教えるまでじゃ!」
「止めなよ。お兄ちゃんももう言わないで。今度もボクたちがなんとかするからさ」
頭に血が上っている燐が二人の制止を振り切ろうとするも、二人は全力で阻止しようとしていた。
郁人はゆっくり立ち上がりながら、燐に近づくとビンタを繰り出す。
「こうでもしないと本当の意味で解決しないから言ってるんだろ」
燐は叩かれた頬を押さえて、目を丸くしていた。
二人もまさか郁人が手を出すと思っていなかったのか、それぞれに驚いている。
郁人が手を出したのは生まれて初めてだった。他人を叩くとこんなにも手が痛いと分かり、心が急に苦しくなる。
「……さっきとは状況が違うのじゃぞ。それが分かっておるのか?」
「だから?」
燐は郁人の胸倉を掴み、軽くだが持ち上げる。
正直、息が苦しかったが負けずに燐を睨み続けた。
「さっきは鬼が表面に出ていたから、お主にダメージを与えずに攻撃できると思った! しかし、それを止めたのはワシらの前世が『お主にもダメージがある』、と教えてくれたからじゃ! つまり、今、お主の精神が表面に出ておるということは鬼の精神が奥深くにあるということなのじゃぞ!? 今、攻撃するということは……!」
燐はそこで言い止まる。
この先を伝えなくても察してくれ、と言わんばかりに。
「その先をちゃんと言えよ。考え直すかもしれないぞ?」
「お主の精神に与えるダメージはさっきよりも大きいことは考えんでも分かる。ワシらにそんな辛いことをやらせるつもりか?」
怒りから悲しみへと感情が移行したようで、燐の口調は一気に弱弱しくなった。
その流れで胸倉を掴む手も緩む。
郁人はその手を両手で解き、その右手を燐の頭の上に手を置く。
「考えてる事は一緒ってことだろ」
燐からエイミー、メアリーの順に頭の上に手をおいて進んだ後、郁人はゆっくり振り返る。
「俺はほとんど無傷なのに、なんでお前らがそんなにボロボロになってんだよ? お前たちが俺を守りたいように、俺も三人を守りたいんだ。もうそんな風にボロボロにしたくないと思って何が悪いんだ?」
「あくまでその意思を貫くんですね」
「お兄ちゃんと言えば、お兄ちゃんらしいけどね」
「……」
二人は郁人の意思の強さを知ったらしく、珍しく諦めたようだったが燐は無言だった。
まだ納得がいってない。
そういう感じで握り拳を作っている。
「郁人、お前は死ぬ覚悟が出来てるのか?」
今まで四人のやり取りを静かに見ていた小十郎が口を開く。
郁人が今までに見た事がない真剣な顔。
「それはちょっと出来てないかな」
「ならばやめろ。三人が苦しむ事になるぞ?」
「それはならないと思うけど?」
郁人は小十郎に笑いかける。
それを見て、小十郎も鼻で軽く笑う。
「妖怪の造り方を考えれば、俺は妖怪としてここに残れる可能性があると考えてる。残れなくても閻魔様の配慮で何とかしようとするくせに……」
「やっぱり分かってたか」
「分からないはずがないでしょ」
二人はその発言を聞いて、少しだけ希望があるような表情を見せているが、やはり燐だけは納得していない。
郁人に近づくと、燐はいきなり抱きついてきた。
「どうした、燐」
「うるさい。少し黙っておけばよいのじゃ」
エイミーとメアリーは何も言わず、ただジッとしていた。
燐に対して、気を使っていることは分かる。
それだけ燐の心が迷っているという事なのだろう。
郁人に出来るのは背中に手をまわして抱きしめることだけだった。
「燐、お前が俺の鬼を片付けてくれ。俺は燐にしてもらいたいんだ」
「当たり前じゃ」
「もし、植物人間になったら迷わず俺を殺せ」
「嫌じゃ。そんなことさせるはずがなかろう」
「もしもの話だろ?」
「『もしも』なんてことは起こさせぬ」
「頭固すぎ」
「お主が阿呆なだけじゃ」
「はいはい」
そう言っていると燐がキスをしてきた。
勇気が欲しいと言うような感じの優しいキス。
今回ばかりは二人も声すら上げず、それどころかキスすることが分かっていたらしく、顔を逸らしていた。
「――そろそろ覚悟いいかのう?」
「とっくの昔に出来てる。むしろこれ以上またされたら逆に揺らぎそうだわ」
「ではいくぞ」
今頃になって、燐は軽く涙目になっていたことに郁人は気付く。
燐が泣く姿を見た郁人は一瞬だけ後悔した気持ちが生まれ、そのほぼ同じタイミングで背中から身体の中に何かが入ってくる感触が伝わる。
一旦、離れ、正面からされると思っていた郁人はちょっとびっくりしてしまう。
「頑張れよ」
燐が手を動かす。
痛みはないとはいえ、身体の内臓をかき混ぜられるような感覚が気持ち悪く、思わず吐き気を催してしまいそうだったが、郁人は必死に我慢した。
一言でもそんな声を漏らせば、燐は止めてしまいそうな気がしたからだ。
「もう終わりじゃ。よく頑張ったのう」
燐はそう言って、背中から手を引き抜いた。
引き抜かれる瞬間、自分の中になる何かも一緒に引き抜かれた感覚があり、身体に力が入らなくなる。
郁人はバランスを崩し、燐に凭れかかる形になってしまった。
後ろに顔を向けると、燐の手の中には光っている球体が握られている。
「な…なかなか……キツい……ものが、あるな」
「だから言ったじゃろうが……!」
「お兄ちゃん!」
「大丈夫ですわ。私たちがなんとかして意識は取り戻させてみせますから!」
「安心してね!」
二人が近寄ると、二人もやはり気丈に振舞っていただけのようで涙を流していた。
どんどん意識が遠のいていく中、二人もちゃんと甘えさせて置けばよかったと後悔しつつも、
「は、ははっ……たの、んだ」
二人の頼もしい言葉に郁人は安心して、その感覚に身を任せることにした。
『本当に馬鹿だな、お前は。今まで楽しかったぜ。あと――」
最後の最後に鬼の言葉が郁人には聞こえた気がした。言葉は途中で途切れたため、言葉の続きは分からなかったけれど――。




