第三話 はじめての身分証
──天才錬金術師は常識を知らない
「ここが……えっと、ソティア?」
石畳の上に立ち、アルマは周囲を見渡した。
門の外から見えた以上に、町は賑わっている。
露店が並び、人々の声が交差し、どこか香ばしい匂いが風に乗って漂っていた。
「この町の名前かな? ……あ、旅するんなら身分証いるよね。どうしよう」
立ち止まり、小さく首をかしげる。
そのときだった。
「お嬢ちゃん、お困りかい?」
背後から声がかかる。
アルマは振り返り──無言で一歩下がった。
「……」
露骨な警戒だった。
声をかけてきた旅人は苦笑する。
「まぁまぁ、そんなに警戒しないでくれ。怪しい者じゃないさ」
「怪しくない人はそう言います」
即答だった。
「うっ……正論だな……」
軽く肩を落としつつも、旅人は続ける。
「まぁいいや。身分証に困ってるんだろ? それなら“冒険者組合”に行くといい」
「組合?」
「冒険者カードを作れば、それが身分証になる。町を出入りするにも便利だぞ」
アルマは少し考え、こくりと頷いた。
「ありがとうございます」
「おう。ま、その道をまっすぐ行けば大きな看板が見えるはずだ。すぐ分かる」
「……」
一瞬だけ旅人を見て、そして小さく頭を下げた。
アルマは歩き出す。
石畳を踏む音が軽く響く。
「こうしてみると、結構発展してますね……」
建物は整然と並び、人の流れも多い。
単なる田舎町ではなさそうだった。
「……それにしても、視線が」
気づかないふりをしていたが、明らかに周囲の視線が集まっている。
「なにあの子……」
「あの衣装に杖、もしや貴族様か?」
「いや、杖といえば……錬金術師様なのか?」
ひそひそとした声が耳に届く。
アルマは首をかしげた。
「何でしょう?」
自覚はない。
ただ、目立っているという事実だけがある。
やがて。
「……あ、あれでしょうか」
通りの先。
人だかりの奥に、大きな看板が見えた。
剣と盾を模した紋章。
その下に掲げられた文字。
──冒険者組合。
アルマは迷いなく近づく。
扉の前で、一瞬だけ立ち止まった。
中からは、ざわめきと笑い声。
そして金属が触れ合う音が微かに聞こえる。
「……なるほど、そういう場所」
軽く呟き、扉に手をかける。
押す。
扉は重く、ゆっくりと開いた。
瞬間。
中の空気が、ぴたりと止まる。
数人の冒険者が、同時にこちらを見た。
酒を飲んでいた男。装備を整えていた女。受付で話していた青年。
視線が、一斉に集まる。
「……子供?」
誰かが呟いた。
アルマは気にせず、まっすぐ受付へ向かう。
カウンターの向こうには、一人の女性職員がいた。
整った服装に、落ち着いた表情。
「いらっしゃいませ。ご用件は──」
言いかけて、止まる。
一瞬だけ、視線がアルマの杖へと向いた。
そして、わずかに表情が変わる。
「……冒険者登録、でしょうか?」
「はい。身分証になると聞いたので」
淡々と答える。
職員はすぐに微笑みを取り戻した。
「かしこまりました。それでは簡単な登録を行います」
紙とペンが差し出される。
「お名前と年齢を」
「アルマ。年齢は……たぶん、子供です」
「……たぶん?」
「正確には分かりません」
職員は一瞬だけ固まったが、すぐに咳払いをした。
「では……アルマ様、で登録しますね」
さらさらと書き進める。
「次に、適性確認を行います。簡単な試験になりますが──」
「必要ですか?」
アルマが首をかしげる。
「はい。最低限の能力確認は必須でして──」
「そうですか」
納得したように頷く。
そして。
アルマは、ポケットから小さな石を取り出した。
受付台の上に置く。
「……?」
職員が首を傾げる。
次の瞬間。
石が、滑らかに形を変えた。
淡い光を帯び、整った結晶へと変質する。
一切の詠唱も、儀式もなく。
ただ、“理解して組み替えた”だけのように。
「……これで足りますか?」
静かな声。
職員の手が止まる。
背後で、椅子の軋む音がした。
誰かが立ち上がったのだ。
空気が張り詰める。
「……アルマ様」
職員は、ゆっくりと顔を上げた。
その目は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
「ご職業を、お伺いしてもよろしいでしょうか」
「錬金術師です」
迷いのない答え。
その瞬間。
組合の空気が、完全に凍りついた。
誰もが言葉を失う。
アルマは、ただ首をかしげた。
「……?」
何かおかしいのだろうか。
理解できないまま。
彼女は、次の言葉を待っていた。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




