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15 完

 二人で死にますと言って聞かない私に、焦っていた父はやがて冷静さを取り戻して、


「つまり、お前はそやつを自分の都合で殺してしまっても構わないのだな」

「え」


 ポカンとする私に父は続ける。


「お前の存在さえ忘れればそやつは平穏に暮らせるというのに、お前は一緒に居られないのなら死んでくれと、そう言っているのだ」

「でも、それは……リュカがそう望んだからで……」


 私の声が小さくなって俯いてしまうと、リュカが私の代わりに父と向き合う。


「お義父さん、そうです。俺が望んでシャノンを付き合わせているだけです」


 父がお義父さん呼びにまた怒気を発したが、それは一瞬だった。


「貴様の望みであるかどうかは問題でない。シャノンは己の置かれた境遇故に共に居られない友を道連れにする、これは客観的事実だ」


 確かに、リュカが私と一緒に居たくても居られないのは私が契約主であったせいだ。それなのに、リュカが望んでいるからといって一緒に死ぬなんて、結果的に私が殺したようなもの。


「……お父さんの言う通りだわ……」


 ポツリと零した私にリュカが驚く。


「シャノン……!」


 リュカが私の手を握ってきたけど、握り返すことが出来ない。


「それに、貴様は多数の異性から好かれるのを目的に生きてきたのだろう? シャノンにこだわる理由は無いはずだ」

「確かにそういう気持ちはあった。でも、今はシャノンと一緒がいいんです」

「それは感動的に再会できて気持ちが高ぶっているせいだ。一旦離れて冷静さを取り戻せば、シャノンを選ぶはずもない。現在、貴様の身元引受人は私だ。貴様には能力に合ったそれ相応の地位をやろう。そうなれば当初の目的は達成される」


 リュカはこの国でも魔術師トップになれるだろう。今は少しみすぼらしいが、健康を取り戻せば、その整った容姿も相まって女性に求愛されるのは確実だ。リュカもそれを想像したのか、少し黙ってしまった。


「とりあえず、シャノンと貴様は距離を置け。これは命令だ。しばらくすれば私の提案を受ける方が双方のためにもなると理解できるだろう」


 父が指をパチンと鳴らすと、部屋に数人騎士が入って来てリュカを連行しようとする。何だかこのまま一生会えない気がした。

 両腕を掴まれたリュカは静かにしていたが、運ばれそうになって声を上げる。


「お義父さん、俺は復讐しました。シャノンをそれくらい想っているってことです」

「それは殺されたと勘違いして激情に身を任せた結果だ。それをもってして想っているなどと証明できると思うな」


 リュカは言い返せずに、扉に向かって引き摺られていく。いよいよ扉を潜るという時に、リュカは先ほどより大きな声を上げた。


「シャノン、俺、神と契約する! お父さんが地位は与えてくれるらしいから研究して、それで神と契約成立してみせる! そしたら契約成立の鍵は血筋じゃないってことになるから、シャノンは自由だ! その時に俺と結婚して、シャノン!」


 リュカは必死にこちら側へ首を向けて、なんとプロポーズしてきた。両腕を掴まれて引き摺られている少年からという、ムードもへったくれもない状況ではあるが、赤面してしまう。


「リュカ……」


 父は怒るかと思いきや、何とも面白そうに顎に手を当てて、リュカに告げる。


「そうだな、研究は許可してやろう。世界中で契約成立させたのは古のリスタニエル王唯一人、現在でも多くの者が挑む難題を貴様が解けるとも思えんしな。しかし、神との契約を成すまではシャノンとの接触を一切禁ずる。さて、お前の想いとやらが何年続くか、見ものだな」


 確かに、異性にモテたがっていたリュカが会えない私なんかの為にずっと研究を続けるかは微妙かもしれない。周囲にもっと可愛い娘がいればそっちに乗り換えても不思議じゃない。


「お義父さん、俺があっさり契約成立させてシャノンを貰っていっても後から文句言わないでくださいね」

「誰の援助で研究ができる環境に身を置けると思っている。元居た組織に引き渡しても良いのだぞ」


 それは何としても回避したいリュカが何も返せないでいると、父は騎士に連れて行けと指示する。


 ──リュカは私のことを忘れた方が簡単に幸せになれるのかもしれない。でも……。


「リュカ、私待ってるね。リュカが迎えに来てくれるのを、待ってる」

「うん、すぐに迎えに行く」


 リュカのその優しい声での答えに笑みが零れる。そのまま連れていかれて、扉が閉まる直前に、私はもう一声かけた。


「でも、いざとなったら、私のこと忘れてもいいからね。リュカが幸せなら私はそれでいいの」


 リュカが何か言い返した気がするけど、扉の閉まる音に掻き消されて私の耳には届かなかった。





 そして、五年後。


 ──まさか、本当にリュカが神と契約を成立させるなんて。


 五年の時を要したが、リュカは見事に成し遂げた。このことは極秘とされたけど、古のリスタニエル王以外に神との契約を成功させた者が現れたことは瞬く間に各国中枢に伝わった。それにより、私の監視は解かれた。


 リュカが契約成立させたのは実は半年前、本当に成立させたのか、鍵は何だったのか、それらの情報を知りたい他国とヴアルイオの間で色々問題が生じたのは言うまでもない。私は自由になったけど、今度はリュカが国に縛られた。


 でも、その問題もやっと片付いて、私はリュカと会えることになった。


 父が私を監禁してリュカと会うのを阻止しようとしたけど、公爵家の跡継ぎ候補の人たちが何とか止めてくれた。何故か私に『お義兄様』と呼ばれたがるちょっとアレな人たちだけど、今回の件で借りが出来てしまった。いよいよ観念してお義兄様と呼ばなければならないかもしれない。顔の良いキラキラした人たちを血の繋がりも無いのに、そう呼ぶのはかなり恥ずかしいが仕方がない。


 今私が居るのは公爵邸の応接間。何処にいても緊張してソワソワするので、少しでも早く会えるように玄関に居座っていると、家令さんに遠回しに「邪魔なので除け」と言われてしまったので、応接間で待つことにしたのだ。


 窓辺に寄り掛かって、外の様子を伺う。ここからは庭が見えるだけで、門から正面玄関に続く道は見えないけど、他にやることもない。


 そうしていて、小一時間経っただろうか、使用人が扉をノックしてリュカが到着したことを告げた。


 ──っ!


 あわあわと髪の毛を整えたり、服がおかしくないか確認する内に、再び扉がノックされる。ついに、リュカが来たのだ。


「どうぞ」


 少し緊張して、そう言うと、外の人物が息を呑んだのが分かった。ゆっくりと、音も無く扉が開かれる。

 そこに立っていたのは──


 ──えっ? 誰?


 私がそう思ってしまったのも仕方がない。私が最後に見たリュカは十六の少年、それから五年ということは、私と同じく二十一になる青年だ。そう、とてつもない美青年になっていたのだ。まだ少し少年の面影を残している顔立ちだが、私より少し高いくらいだった背は見上げなければ顔が見えないほどに伸びて、線の細い美少年体躯は何処へやら、鍛えているのか細身ながらしっかりした体つきをしている。


 私が呆然としていると、リュカと思われる青年は困った顔をした。


 ──あ、この顔。私がちょっと意地悪して困らせた時の顔、そのままだわ。


「リュカ……」


 私が呟くと、リュカはあの時と変わらない無邪気な笑顔になった。


「シャノン……!」


 そう言ってリュカはふらふらとした足取りで近づいてきた。私もゆっくり歩み寄る。お互い触れられる位置に来ると、私はリュカを見上げる。


「背、伸びたね」

「ああ。シャノンは殆ど変わってな……」


 と言いつつ、私の胸元に視線が釘付けになった。私は殆ど背が伸びなかった、だが胸だけ異常に発育した。確か母が巨乳だったのでおそらく遺伝だ。


「……リュカ、私はいいけど、他の女性の胸をガン見するのは失礼に当たるからね」

「ああ……うん……分かってる……」


 ──あれ、何か若干落ち込んだ? 私が怒ったと思ったのかな?


 取り敢えず、立ったままは何だからと、ソファーに座るように促す。リュカが先に座ったので、向かいのソファーに私が腰を下ろすと彼は残念そうな顔をした。


「どうしたの?」

「学生時代みたいに隣り合って座るかと思った」


 そういえば、あの頃はいつも二人でぴったりくっついていた。


 ──うーん、そうしてもいいけど、成長したリュカは顔が良すぎて恥ずかしいな。


「それはまた今度ね、今はお互い話すことがあるでしょ」

「ああ……うん……わかった……」


 更に気落ちした表情で、先ほどと同じような返事をした。


 私は使用人を呼んで紅茶を頼んだ。その間も、ずっとリュカは私の胸ばかり見ていた。こほんと咳払いすると、視線を上げて私の顔を見た。


「さて、何から話そうか……、まずはお礼かな。リュカが神との契約を成立させたおかげで、私に対する監視は無くなったの。本当にありがとう」

「うん、シャノンの為にしたことだから」

「えーと、それで、約束のことだけど」


 リュカの瞳が真剣さを帯びる。


「結婚……する?」

「する」


 即答であった。


「その、私、外の情報を十分に得られない環境だったから、リュカがどう過ごしてたのか知らないの。もし、他に良い人がいるのなら……」

「いない」

「本当に?」


 私がじぃっと彼の目を見詰めると、気まずそうに少し逸らした。


「本当は……ちょっといい雰囲気にはなったりした娘はいたけど……」


 ──ああ、やっぱり。


 成長したリュカは、これに魅了されない女性はいないのではという程の美しさだ。それに加えて、国内最高峰魔術師の称号を得ている。世の女性が放って置かないだろう。


「でも、やっぱり、その度に、不自由な生活を強いられて、結婚もさせてもらえなくて、子供も産めないシャノンのことを考えたら」

「リュカ、それは同情だよ。可哀想な私に対しての。私はもう自由だから、リュカは私に縛られなくていいの」


 少し口調がキツくなったのは、いざ結婚してリュカが他の女性に浮気したら嫌だからか。そう、五年前は色々あってお互いしかいないと思っていたけれど、地位と名声を得て女性を選び放題のリュカが私を選ぶ必要はない。むしろ、選ばれてから捨てられたらと思うと、背筋が凍る。


 ここで、紅茶が運ばれてきたので、一旦飲んで落ち着く。目の前に出された紅茶を一口も飲まずにリュカはポツリと、


「シャノン、俺のこと嫌い?」


 リュカが少し眉を下げて私を見詰める。心がぐらり、としてしまう。


「……嫌いな訳ないじゃない」

「じゃあ、結婚して?」


 うん、と言いそうになるがグッと堪える。しかし、この気持ちを吐露するのは情けないというか、恥ずかしいので、


「ねえ、いきなり結婚じゃなくて、私たちもう一回付き合ってみない?」

「……」


 リュカは黙り込んで少し考えているようだった。


「一緒に居た時間より、離れていた期間の方が長いでしょ? もう少し、お互いを知ってから考えても遅く無いと思うの」

「……俺はシャノンの全部が好きだから、その必要は無いけど、シャノンがそれが良いって言うなら……」

「五年も経っているんだから、もう昔の私と同じとは言えないかもしれないよ?」


 その言葉に、リュカが停止する。全ての感情を排したかのような、無表情。それは学生時代、私が攻略対象たちに詰め寄られていた時のリュカだった。


「ど、どうしたの、リュカ? 何で怒ってるの?」

「やっぱり、あの噂は本当なのか……」

「噂?」


 リュカは私から視線を外して、とても小さな声で呟いた。


「シャノンとお義父さんが、そういう関係だって」


 ──はい????


「そういうって……?」

「肉体関係」


 ──はいいいいいいいいいいいい??????


「待って、待って! 何その噂!」

「皆、公爵家が怖くて表立っては言わないけど、お義父さんは娘のシャノンを女として見てるって、裏では結構有名」

「えええええええ???? 無い! 無いから!」

「でも、そのやたら育った胸は、どう考えても……」

「いや、これ、遺伝! 私のお母さんがこんな胸だったから!」

「火の無い所に煙は立たないって言うし」

「いや、確かに言うけど! ……あー……」


 少し考えると、誤解されても仕方がない気がした。

 何というか、父は私にとにかく触れたがるのだが、それは親子スキンシップというより、恋人のそれに近い。父に何度か大規模なパーティに連れて行って貰ったが、その際も父は私に対してそんな感じだった。それを見た人たちが誤解したのかもしれない。


「ああ、そうか、やっぱり……」


 私が思い出していると、沈黙を肯定と取ったリュカが泣きそうな表情。


「いやいや、無いってば! 確かにお父さんの私に対する扱いはちょっと娘としてじゃないかもしれないけど! それが原因で噂されただけだから!」

「本当?」

「本当! 何なら今ここで処女かどうか確かめても良いよ!」


 私が顔を真っ赤にして言うと、リュカも流石に事実と認めた。


「そこまで言うなら、やっぱり噂は噂か」

「うん! そう!」


 脳が揺れるのではないかという勢いで何度も首肯する私。


「そっか……良かった……」


 心の底から安堵したらしいリュカがソファーに凭れ掛かって脱力する。私も妙に疲れてソファーの背もたれに体を預ける。


「そんな噂になってたなんて……監視が無くても恥ずかしくてもう外に出られない……」


 私が両手で顔を覆って耳まで真っ赤にしていると、


「でも、ある意味その噂のおかげで、俺は神と契約できたんだ」

「え?」


 リュカは機密事項なので細かく説明はできないけど、と前置きして語ってくれた。

 まず神を現世に呼ぶには強い感情が必要で、リュカはその段階で足踏みしていたらしい。研究で最後の鍵については何となく分かってはいたけど、神を呼べないことには試せない。私に対する愛は本物なのに、神を呼べない程度の想いなのだと、リュカは自分が嫌になった。それで、飲んだくれていたら、ある日あまり治安の良くない酒場であの噂を耳にした。私の父に対する激しい怒りを抱いたリュカは、これは使えると怒りのままに神を呼ぶことに成功し、契約も難なく成立させた。

 ちなみに、騎士を目指していた父と戦って勝てるようにとリュカが体を鍛え始めたのもこの時期らしい。何故鍛えているのかと思えば、噂を鵜呑みにしたからとは。


「え、つまり私への愛は薄くて、お父さんに対する怒りは強かったの?」

「……シャノンへの想いの裏返しで、お義父さんへの怒りが生まれたんだ。ほら、一般的にも正の感情より負の感情が強かったりするし……」

「そうかなあ」


 何だか納得いかない。


「まあ、それは置いといて」


 そう言ったリュカが立ってこちらに向かってきた。まだソファーに身を預けている私の前で片膝をついて跪く。


「シャノン、好きだ。もう一回俺と付き合って」


 まさかの告白である。


「学生時代はそういうの要らないって言ってなかった?」

「あった方が良いって学んだ」


 ──そっかあー。それは女性から教えて貰ったのかなあー?


 なんて意地悪な顔をすると、リュカがしょげる。


「うそうそ、ごめん。私もリュカが好き」

「シャノン……!」


 私はソファーから身を起こし、跪くリュカを包むように抱きしめる。


「リュカ、ありがとう」

「……そう思うならお礼して」

「良いよ、何でも言って」

「一生一緒にいて」

「それは、付き合ってから考えましょうね」

「……へい」


 久しぶりの納得してないリュカの返事を聞いて笑ってしまう。いつまでも、ふふふと笑うでも私をリュカが抱きしめ返した。


「シャノン、愛してる」

「うん、私も」


 私たちは、怒り狂った父が後継候補たちの制止を振り切って乱入してくるまで、ずっと抱きしめあったのだった。

少しでも良いと思っていただけましたら評価かブクマお願いします。喜びます。感想は一言だけでもいただけたら飛び上がる程嬉しいです。

完結しましたが気が向いたら番外編か後日談書くかもしれません。

それと、ハッピーエンドじゃないというかビターエンド?なアルファポリス版があります。読みたいという奇特な方がいらっしゃいましたら、別名義ですがタイトルが同じなので、アルファポリスにて「肩身が狭い」を検索してご覧ください。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リュカとシャノンが結婚できて良かったです
[気になる点] まともな男が誰もいない… リュカは付き合ってもないのに膝枕させたりする時点で微妙だったけど殺人鬼になってしまったし、胸の大きさと性体験を云々する昭和セクハラ感性の持ち主だし 取り巻きた…
[一言] アルファポリスの改良版が投稿されたの今さらながら気づき飛んできました 命乞いがなかったしアイリーン達の処理はあっけなかったですがざまぁ回があったおかげで なろう版のこちらの方がすっきりしてい…
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