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このキスで、さよならを。  作者: メアリー=ドゥ
おまけ
44/44

この胸のささやきが。

完結によせて、レビュー5本とランキングに載るほどのポイントをいただいたので、お礼です。


皆様、ありがとうございました。嬉しいです。


『ねぇ』


 年老いても、いつまでも無邪気だった妻は。


『あなたが私に会いたくなったら、あの花の木彫りを彫って、丘の広場に行ってね』


 そう微笑んで、先に逝った。


 彼女の言葉通りに。

 彼は暇さえあれば木彫りを作って色を塗り、晴れた日に広場へとゆっくり歩く。


 彼は今日、大きなケースを抱えていた。


 彼女との思い出が眠る道を歩き、たどり着いた先には知り合いの管理人がいる。


「いつもの?」

「ああ、頼む」


 彼の木彫りを受け取った管理人は、広場の花壇に目を向けた。


「この広場は、年中枯れませんなぁ」


 花壇の一角は、色とりどりの、でも同じ形をした木彫りの花で埋められて。


「あいつの好きな花だったからな」


 管理人と別れた彼は、広場の奥、見晴らしのいい場所に建てられた石像に向かう。


 『チェロを抱く乙女』と名付けられた石像は、若い頃の、微笑む妻の顔をしていた。

 石像は旧知の男が掘り、彼に一つの楽譜と共に、妻の葬儀で贈ってくれたもの。


『……生前なら、あいつも喜んだろうに』

『彼女が、死後に君に、と望んだんだ。君も楽譜の中身は知ってる。よく彼女が口ずさんでいただろう?』


 渡された楽譜の中身を、彼は確かに知っていた。


『石像は、丘の広場に、と』


 その言葉に、涙は流れなかった。

 彼は石像脇のベンチに腰掛け、ケースを開ける。


 入っていたチェロを取り出し、目を閉じた。

 音を奏で始めると、耳元に妻の歌う声が蘇る。


 音楽と共に、彼女はいる。

 思い出の中に、笑顔がある。


 寂しくはない。

 彼女の遺したものは、彼に寂しい想いをさせないから。


 記憶の中の歌声に、不意にほかの歌声が重なる。


 伸びやかで、若々しく。

 かつての彼女に、よく似た歌声。


 演奏を終えて、彼は目を開ける。


「おじいちゃん! 行くなら連れて行ってって、いつも言ってるでしょ!」


 ぷく、と頬をふくらませて腰に手を当てているのは。

 かつての妻によく似た少女。


「すまないな」


 少女はいつも、彼が広場に来ると追いかけてくる。

 そして連れて行かないことを怒る。

 

 少女の歌が嫌いなわけではない。


 それでも最初は、彼女の歌声に耳を澄ませたいのだ、と。


 彼は口にせずに、ただ少女に謝る。


「それ、今度私が歌うやつだよね!」


 少女はころころと気分が変わる。

 そんなところも、彼女とよく似ている。


「そうだな」

「聞きに来てくれる?」

「もちろんだ」


 遠出は、これが最後になるだろう。

 だが、旧友の顔を見に行くのも、少女の歌を聴くのも楽しみだ。


「ね、もう一度頭から弾いてよ!」

「ああ」


 彼は少女に乞われて、チェロを奏でる。

 父がわりだった男が再び彼の手元に戻してくれた、名器を。


 彼は弾きながら、彼女との最後の会話を思い出す。


『あなたの方が年上なのに、なんで私のほうが先なのかしらね?』


 天の、あるいは悪魔の采配だろうと、彼は思った。

 

 彼女を幸せに。

 それが彼の願いであり。


 彼女を二度と、一人で残して行かないと。

 そう、遥か昔に誓ったから。


 でも彼女もまた、死に別れても彼を不幸にはしない。


 彼女の繋げてくれた人々が。

 彼に、新たな家族を。


 自分になついて、彼女を思いださせてくれる目の前の少女を、与えてくれたから。


 少女のリクエストした曲を終えると。

 彼は、最後に、彼女が一番好きだった曲を奏でる。


 ーーー『幸せは春風と共に』。


 春はもう、すぐそこまで。

 彼女に会える日も、きっと、遠くはないと。


 彼は微笑みながら、思った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] なんという綺麗な物語!!! 涙無しには読めませんでした。
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