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空洞球星異聞  作者: Pattisa
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第十七話 目覚めし厄祭

「竜?!……いや、まさか?」


 信じられぬモノを見た。


「……合成魔獣(キマイラ)!」


 石柱の陰から、警戒を緩めず少しずつその姿を現したのは、竜の頭と雄山羊の頭を持つ巨大な魔獣……。

 その胴は立派な獅子のそれである。左の、口の端から火の粉を散らす竜頭まで高さは二間余り。向かって右の山羊の頭には、恐ろしく鋭い角が揺れる。尾部はセレンゲティの腕程もある太さの大蛇で、左右にくねりながら此方を伺っている。

 それは、神代(かみよ)(まよ)い子。神の戯れの残滓。

 それは、昔語(むかしがたり)の中だけに住う生き物。

 もし(まこと)の魔法生物であるなら、複製不能、唯一無二の存在。


「彼女は洞窟の外からでは無く、中での命を奪われたの?」

「なんでこんな所に……」

「んなの相手した事ぁ無ェぜ。ひょっとしてコイツぁ何十年も飯喰って無ェってのか?」

「少なくとも獣臭(じゅうしゅう)の正体は此奴であろ」


 既に防護の呪文は各々を包んでいるのだが、役に立つとは到底思えない。


吐息(ブレス)が怖い。固まってたら一息にやられるよ」

「囮はやったるから、レナータは何とかして突破口を探せよ!」

「ライルさんは隠れてて下さいね」

「任せ給えジェネッタ君」


 ライルの台詞か?

 否。

 魔獣そのものが嚆矢となって、彼等に突っ込んで来る!

 ただの突進。戯れの体当りで石筍は砕き飛ばされた。


 立て掛けていた松明は水を汚し、しゅんと音を立てて消え、辺りは暗闇に包まれる。

 恐らく荷物は滅茶苦茶で、引っ掛けていた銅鍋が飛び転げて高い音を響かせた。


 半拍を置いて、薄亜麻色と月白、二種の灯りが魔法によって灯される。

 

 暗がりの中、間合いを取って魔獣を囲む。もっとも、初見の魔獣を相手に適正な間合い(・・・・・・)が測れたなら、であるが……。


「諸君! 水路(・・)に留意したまえ! 深さは不明だぞ」


 ライルの低音が反響する。どこへ身を隠したものか、姿も見えず声の出所も不明だ。

 セレンゲティは鼻を鳴らして応えた。


「さぁて、殺るか」


 努めて明るく、意識して軽く、声に出した。

 背中には冷たい汗がしみて、つぅと流れるのが自分でも分かる。


 傭兵になってから、ベテラン、戦匠と呼ばれるまで生き延びた。しかし、これ程に巨大な生物と対峙するのは、無論の事初めてである。

 自分が臆すれば、総崩れになるやも知れぬ。

 言わずとレナータは長期戦に耐えず、ジェネッタは魔獣相手なぞ不慣れであろう。自らを鼓舞する。少なくとも、彼等が逃げ延びる隙は作らねばならぬのだ。


 竜頭直下、右前脚目掛けて間合いを詰め駆け、抜き身の片手半剣を袈裟懸けに振り下ろす。

 鈍色の軌跡。

 思い切りよく、十全に踏み込んだ……。


 つもりだった。


 さして手応えも得られず、浅く皮膚を削り、毫毛が幾ばくか散るのみ。


「浅いのかッ?!」


 対象の大きさが規格外に過ぎると、間合いが狂う。気を付けろ。

 自身が投げてきた素人(ペーペー)への助言が、ふいに帰ってくる。

 顎門が、角が、鉤爪が、猛烈な勢いでセレンゲティを襲いかかる。後退を繰り返しながら躱し、転げ、剣で払い、盾で止める。止めた盾越しに、炎の吐息が熱を伝えて、兜の内の前髪を焦がした。

 一撃一撃が重く、寸毫毎に体力と集中力を奪ってゆく……。


 ジェネッタは、囮役をセレンゲティに任せきるつもりなど毛頭無かった。

 ゴォッと恐るるべき速度の弾丸と化した、その魔獣の突進を向かって右に避けた。そのまま山羊頭を相手にする肚であった。が、セレンゲティは大仰な攻撃の後、道化の如く転げてまわり、一人で囮役を演りきる覚悟に見える。

 縦横に転げまわるセレンを追って、魔獣が暴れ回る。

 自然、それを追うカタチとなり、尾蛇と睨み合う。

 左右にくねり、ゆら、ゆらりと緩急をつけ、散発的に噛み付いてくる。

 視認すら困難な速度で!

 初撃に驚いて尻餅をつき、二撃目は盾で止めた。三撃目は本体の方が、セレンゲティを追って飛び退ってしまい、続く四撃目は辛うじて躱しきれた。

 セレンゲティも苦戦のようだが、こちらも攻め手に移れずにいた。


 魔術師(レナータ)が放った《魔弾(マジックミサイル)》が、玄妙な軌跡を描いて魔獣の身体の彼方(あちら)此方(こちら)に炸裂する。

 さしたる痛痒を与えたようには感じられない。しかし多少なりと驚かせたのか? ほんの一瞬、たじろいで動きが鈍った。


 刺突三連。


 一瞬に反応できたのは、やはり身体が憶えた動作。

 心を置いてけぼりにして、体だけが弾けるように跳んでいた。

 一足で間合いは詰まり、尾蛇を上回る速度の銀光が瞬く。

 無心の突きは、尾蛇の鱗を幾許か剥ぎ、刮ぎ取った。しかし、それだけであった。


 『セレンが護身用(サイドアーム)に重い武器を選ぶ理由が分かりますね。

せめて、もっとしっかと(・・・・)狙わないと……』


 出力を増した《魔弾(マジックミサイル)》は、散弾となって合成魔獣(キマイラ)に襲いかかり、ほんの一瞬ではあるが隙を作った。

 『やっと!』

 有効打が通った。

 《麻痺》、《惚け》、《睡魔》。立て続けに放った魔法は、何の反応も示さない。

 体格(サイズ)が余りに大きい為、効果が無いのか。魔術に対して抵抗力を持つのか?

 手札に突破口は有りや?

 《電撃》。否。一定の効果は望めるであろうが、足元の水をどう伝ってしまうか分かったものでは無い。

 《爆炎》。否。火炎の吐息。魔素(オド)を吸って火炎を吐くような魔獣相手に、効果があった試しは無い。

 ならば切り札を切るか? 《氷雪の淑女(フラウ)》。……否。これも対象がデカ過ぎる。もし動きを止めきれなければ、水盆を余すことなく凍らせて、こちらが覚束なくなるだろう。


 魔獣と、付かず離れずの間合いを保って、思考を巡らせる。

 回答へ辿り着けない。そもそも回答を持っていない?

 思考から慣れた手札を除外。

 尋常では無い対象。

 定石を疑え。

 奥の手?

 如何。


「攻城魔術を……《星屑召喚(メテオストライク)》を使う」


 思考の洞窟からの帰還の声は現実のものとなって、以外なほど反響した。


「はぁっ?」

「応っ! やっちまえ!」

「ラ・イル。身体を交代するよ。

ーーなっ。前足が無いのは?!」


 レナータの宣告に、レナータの口から戸惑いが飛ぶ。


 《星屑召喚ーーメテオストライクーー》

 最も有名で、魔術師ならば誰もが触れる呪文の一つ。

 それでいて対価は高く、成功率も低い。尚且つ、使い所の少なさと相まって、実際に用いられる事は殆ど無い。

 だいたいが、迂闊に試技を行うも能わぬのだ。

 無論のこと、レナータにとってもぶっつけ本番である。


 何処へ潜んだものか、ラ・イルの低音が洞穴に染み込みはじめた。

 粒子のような詠唱。

 音量は呟きよりも囁きよりも小さく。しかし、魔獣の打撃吐息に紛れながらも、途切れる事無く密やかに揺らめく。


 レナータの身体が、時に四つ脚となって跳ね転げる。

 蛇頭と、相対するジェネッタは、時間と体力の等価交換の様相。

 巨軀の魔獣は、鉤爪と牙と角の三重奏でもってセレンゲティを更に追い詰めてゆく。

 その巨軀が、体格差が、セレンゲティを小さく見せる。致命ならぬ傷、打撲、そして魔獣を引き付ける為に動き続ける体力の消耗が、彼を実際以上に小さく見せるのだ。


 あれよあれよと言う間に、セレンゲティは壁際まで追い詰められていた。


 四肢の動きを留めた合成魔獣(キマイラ)。その二つの面は、不敵に笑った(・・・)

 セレンゲティの背中が、ぞわりと総毛立つ。


 龍頭が俄かに息を吸う。

 レナータには、はっきりと。ラ・イルには匂いとして。ジェネッタには旋律となって知覚された。

 吸い込まれる魔素(オド)の流れである。


 重くなった左腕で、セレンゲティは盾を掲げた。

 示し合わせたように、掲げられた盾へと吐息(ブレス)が吹き付けられた。

 高温の火炎である。

 セレンゲティは堪らず、盾を向けたまま壁沿いに駆け出す。

 駆け出すセレンゲティを、炎が追う。

 魔獣の吐息(ブレス)とて、呼吸には違いない。

 ならば無限に吐き続けられるものでは無い。

 熱くなる盾を手放さなければ、焼き殺される事は無いはずなのだ。

 懸命に熱から逃げようとした。


 はたしてそれは、叶わなかった。


 血を飛沫ながら、セレンゲティは貫かれ、高々と釣り上げられたのだ!


 合成魔獣は野性の如くして、慮外にも狡猾であった。

 龍頭は小器用にも、吐息を吐きつけながら首だけでセレンゲティを追いかけ、隙を伺っていたのである。

 吐き出す火炎で以って誘導し、低い位置からセレンゲティを貫いたのは、雄山羊の角である。

 セレンゲティの意識が、龍頭へ吐息へと集中するその隙を見逃すはずがなかった。


 ドッと重い衝撃音。


「がっ。……あ」


 半端に間に合わせた盾ごと左腕が貫かれ、高く持ち上げられる。

 賜杯のように誇らしげに(もた)げる。

 

「セレ……!」


 やがて煩わし気に振り回すと、襤褸よろしくセレンゲティを打ち捨てた。

 楕円盾は虚空へと消えて、微かな音をひびかせ……セレンゲティは鍾乳石に打ち据えられ、水溜りにボトリと落ちた。


「……セレン……っ!」


 見る間に赫ぐろい(もや)を水面に広げて、セレンゲティはもがく。


 魔獣は悠揚に見下して、宴の興を昂らせたかのようであった。









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