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2:先代国王様の受難1

「人参は買った。じゃがいもも……っと、牛肉を忘れる所だった」


部下の一人に渡された、おつかいメモと言うらしい紙切れと、紙袋の中身を確認しながら、俺は市場が立ち並ぶ街道を歩いていた。


開いた料理店で初日から嫁と二人、厨房を燃やしてしまったせいで部下から戦力外通告を出された俺達は雑用をさせられている。


先代国王夫妻を雑用に使えるとか……部下達の神経中々図太いよな。


若干遠い目になりながら、牛肉を買おうと肉屋に向かおうとしている最中、少し離れた場所で悲鳴と怒声が聞こえてきた。

その声に俺は思わず足を止めて、聞こえてきた方向を見る。


人と人がぶつかるような音、誰かが転ける音。その音達が次第に人から人へと伝わり、街道が徐々に混乱に陥ってくる。


不味いな……。


苦い顔をして、俺はその場に立ち尽くした。


もうすぐこっちにこの元凶が来る。つーか、俺とぶつかる。


「誰かそいつを捕まえろ!」だの、何だの言ってるから、犯罪者かそこら辺だろう。


俺は捕まえる気も混乱を納める気もない。だってこーゆーのは、警備騎士団の役割じゃん。警備騎士団は仕事ちゃんとしないと。


問題は確実に俺に近付いてくる、元凶の存在。

……上手く避けておこう。


そう結論を出した瞬間、目の前の人混みから飛び出してきた黒い服を着た男が、真っ直ぐ俺に向かって突進してくる。


俺は軽く体の向きを右変えて、その男を避け、右足をちょっと男の足元に出し、足払いをかける。


そして、勢いよく顔面から転んだ男の背中を踏んづけた。


――所で、ハッと我に返った。


右手におつかいメモ、左手に人参とじゃがいもが入った紙袋、足元には呻き声をあげる男。


絵面的におかしくね?


いや、そうじゃなくて、無意識に捕まえてどうする、俺!

警備騎士団云々のくだり、絶対要らなかっただろ!


半ば呆然と黒い服を着た男を見下ろす俺に、追いかけていたらしいカーキ色の軍服を着た10人の男達――警備騎士団の面々が俺に対して敬礼をした。


「ご助力感謝します!」

「え?……え、あ、うん……」


警備騎士達は手早く男を縄で縛り上げ、悪人(多分)を5人がかりで連れていく。その様を俺はぼんやりと見送った。

意外と仕事早いな……。


って、そうじゃなくて。


「あの……俺に何か?」


なんで警備騎士団の奴等が5人も残ってるわけ?!

つーか、然り気無く俺が逃亡できないように囲ってるんだけど?!


その中で、リーダー格の大柄の男が1歩俺に向かって踏み出し、にこやかに切り出した。


「事情をお聞きしたいので、フォリオポート警備騎士団基地までご同行願います」

「え……何それ、行かなくてもいいんじゃ、……はい喜んで着いていきます」


拒否しようとしたら、人間一人殺せるくらいの眼光で睨み付けてきたもんだから、思わずちびりそうになった。

あれだな、本職の人って怖いな。


おつかいメモも紙袋も取り上げられ、両脇を二人の警備騎士に固められ連行される俺は、間違いなく手柄を立てた人間には見えなかっただろう。








ベルンハルト王国法第3章基本防衛法第52節、警備騎士団及び私設騎士団は罪人に対して拷問を行ってはならない。


――なんて、法律があったな。

現実逃避しながら、連れてこられた場所をキョロキョロと眺める。


部屋の中にはテーブルに、向かい合う2脚の椅子。壁際には小さなテーブルがあって、そこにも椅子が1脚あった。

それだけの、殺風景な部屋。観葉植物くらい欲しいな。


強制的にリーダー格の警備騎士と向い合わせで座らされる。

他の3人は立ちっぱなしで、俺を囲む。最後の1人は壁際の席に座った。会話の記録でもとるのかな?


そんな俺の様子を見ていたリーダー格の警備騎士は、ニヤリと唇の端を上げ、切り込んだ。


「さて、腹を割って話そうか」

「え、ちょ、待とう!話が見えないっていうか、何この状況?!」


薄々分かってたけど、ここ取調室だよね?!

法に触れてないけど、尋問する気満々だよね?!


「始めにいっておくが、お前が捕まえたのは引ったくりなんかじゃない。凶悪な連続殺人犯だ」

「…………えっ?」「知らなかったようだな。女性8人を監禁して衰弱死させ、警備騎士2人と冒険者3人の男性5人を職務中に殺し、子供3人をバラバラにして家畜の餌にしたらしい」


…………な、なんすかそれ、超怖っ。

両腕を抱き、真っ青な顔をして、ブルリと身震いした俺を一瞥し、警備騎士は溜め息をついた。


「本当に知らなかったみたいだな。ならば単刀直入に聞く」


その言葉と共に、警備騎士は纏う雰囲気をガラリと変え、真剣な眼差して俺を見据える。

それと同時に、部屋の中の空気が一気にピリピリしたものへと変化した。


「警備騎士を殺す程の手練れを簡単に倒すお前は、一体何者だ?」


先代国王です。


なんて、馬鹿正直言えるわけがない。つーか、信じてもらえねーわ。


俺はここで初めて、警備騎士を細かく観察した。殺気に触れたら、反射的に出している人物を観察してしまう。これはもう癖だ。


目の前の警備騎士は、中年に差し掛かった辺り。日に焼けた褐色の肌には、手や首、頬に細かい切り傷が幾つもある。

赤銅色の固そうな短髪、赤みがかった琥珀色の瞳。


リーダー格のようだし、そこそこ強そうだ。戦闘経験も多そう。


瞬時に判断し、はたと我に返った。

今警備騎士の観察は要らないんだよ!


それより、俺が倒した奴って手練れなのかよ?!

あんなの三角形のおにぎり作るよりも100倍簡単にやっつけられるだろ!

一撃必殺が体に染み付きすぎて、危うく首獲りそうになったんだけど?!


「……料理店の雑用ですけど」


やや、警備騎士の迫力に気圧された演技をしながら、正直に今の身分を言う。


正確には、隠居生活を送ってる先代国王だけどさ。

産まれた時から王族だから、俺の中で貴族社会から離れるイコール俗世から離れる、自分でお買い物をするイコール自給自足になるけど。


「これぞスローライフだな」と自信満々でアンクに言ったら、「辞書でスローライフを調べてきてください。一人前の大人が、恥ずかしい……」と返された。


だって俺、生粋のベルンハルト人だし。

ベルンハルト人はおおらかで、寛容で、大雑把で、そして適当なのだ。


「フォリオポート東地区にある料理店“アメジスト”で働いているらしいな。名はアルフ、年は15か……。経歴に不自然な点はない」


いつの間にか用意していたらしい俺の情報を読み上げながら、警備騎士は納得のいかない顔をする。


いや、経歴に不自然な点無かったなら良いじゃんそれで。どうせ調べてもそれ以上出てこねーだろーし。


「格闘技か何か誰かに教えて貰ったのか?」

「え……あ」


格闘技、という所でアンクのすぐに忘れそうな平凡顔が脳裏に浮かんだ。

アンクは部下でもあるけど、俺の武道の師匠なんだよな。


「あるんだな」


分かりやすく動揺してしまった俺に、中年警備騎士が詰め寄る。

なんというか、あれは、


「格闘技と呼べるかどうか分かんないんですけど」


暗殺技術だからな。

アンクに全て叩き込まれたんだよ。小さい頃に。


「誰に教えてもらったんだ?」

「教えてもらう……?そんなの実戦あるのみでしょ」


俺の切り返しに警備騎士はポカンと口を開けた。


……何かおかしい事言ったかな?

実際に戦いながら、相手の技術盗んでいってたんだけどな、俺らは。特訓で何度も死にそうになった。


「……どんな風にだ?」


どんな風に……と言われましても。


「いつもいきなり現れるもんだから……瞬時に応戦して叩き潰さないと。あの害虫め」


いつでもどこでも、夫婦の寝室でも、アンクは現れる。TPO無視の神出鬼没なのだ。

いきなり現れるのは別に良いけど、夫婦の寝室は許しがたい。だから、こてんぱんにしたり、されたりしながら、撃退している。


嫁と俺の仲を邪魔する男は、害虫でしかない。


「…………その、色は?」

「え?」


アンクの色?黒髪黒眼だったよな。


「黒だけど……」

「なるほど……、料理店らしいというか……」

「え?」


キョトンとした俺を他所に、真剣な様子で警備騎士は「今度から訓練にゴキブリ退治を加えるか……」等と思案し始める。


あれ?なんかよくわかんねーけど、アンクがゴキブリと勘違いされてね?


でもちょうど良く勘違いしてくれたので、「意外とゴキブリ手強いですよ」と言っておいた。


アンク、ごめん。


俺の良心は特別痛……まなかった。


つーか、あれだな。

取り調べ受けてて思ったんだが、この警備騎士達もベルンハルト人(適当)だな。俺が言えた義理じゃねぇが、大丈夫かよ。

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