#2 薫
目が覚める。
額に、うっすらと汗をかいていた。頭痛がした。額に手をやる――頭痛の原因は、夜遅くまで起きていたからだ。なんで起きていて、そして何があったのかを思い出すと、最悪な気分になった。
「……角川」
まさか、今までのトラブルの原因が、全てアイツのせいだったなんて……祐輔の正体に気付けなかった自分の愚鈍さは、どうでもよかった。けれど多少なりとも信頼していた人間が、自分の事を最初から違う目で見ていたということは、少なからずショックだった。
関係は共有出来ておらず、一方的なものでしかなかったのだ。
祐輔の事は、割と好きな方だった。無論、それは異性や恋などとは程遠い感情だったが。
「……ちっくしょう」
時計を見る。午前十時。……そういえば、今日は月曜日だったなと、呆けた脳が思い出した。仕方がない。学校はサボりだ。
二度寝でもしようかと思ったが、ふと考えが浮かび、パーカーとジーンズという格好に着替えた。
平日の午前中。良心の呵責も、禁忌を冒す慙愧の念もなく、薫は家を出て、街に向かった。
街中を歩いていると、時折、若気な薫の顔を見て、怪訝に眉を顰める者もいた。四十代くらいの専業主婦や、定年を過ぎた男などだ。けれど薫が、あまりにも堂々としているからか、講義のない大学生か、フリーターと思われたらしい。揃って薫の事には興味が失せたように、再び前を向いた。
やがて、住宅地に辿り着いた。その中で、一際大きな建物がある。
県営ヒルズマンション――その、805号室に、いつも、あの男はいた。
呼び出してみるが、返答はない。おそらく、もうここにはいないだろう。
――当たり前か。
ここにずっといれば、裁定委員会に嗅ぎ付けられるだろう。そういえば、木村は結局、どうなったのかと思う。彼女のお陰で、あの場は切り抜けられたのだ。一言、礼くらいは言っておきたい。
しかし、あの人形が、あれほど強力な物だとは思っていなかった。自分を過信していたわけではない。けれど『蓮灘の記録』というものを、単純な解創の道具として見ると、古き追求者たちによって作られた、戦争のための解創の研究成果が、角川祐輔一人によって退けられた。この事実を『蓮灘の記録』を作った追求者が知ったら、どう思うだろう? 薫は、失笑した。死人に口無しだ。たぶん、耳も目も無いから、そんな事実は知れないだろう。こんな仮定は無意味だ。
しかし、なぜ人形なのだろうか? 薫は疑問に思った。追求者の解創とは、物事を解決する力を、道具を依り代に作り上げたものだ。例えば、角川が持っていた雷挺の杖であり、蓮灘の追求者の作り出した肉の身体である。
道具と、それに宿る解創の因果は、その作成者の主観、見識に依拠する。ゆえに、追求者の作った道具が備える解創が、世間一般に認知される道具の本来の機能とは限らない。だから、もともとの人形の目的……玩具としてとか、雛祭りの習慣などの理由は当てはまらないだろう。
だとしたら――角川祐輔の人形は、何を思って作られたのだ?




