#12 美羽
木村美羽は、不審に思っていた。
野崎洋子、鈴切桐高、瀬戸川布由希に続き、『降棚の記録』という追求者が、一年未満の間に、三人も接触してくるなんて、どう考えてもおかしい。
まるで、誰かの意図を感じられるのだ。だが、その目的は分からない。
美羽は、独自に調べてみることにした。
まず、誰に話を訊けるかを考える。
鈴切桐高は失踪している。瀬戸川布由希は裁定委員会で発見したが、美羽たち情報員ではなく、実働部の方で引き取られたという話で、身柄については一切情報が下りていない。仮に情報部の方にあっても、末端の構成員である美羽が、勝手に話をする事は不可能だろう。
だが、野崎洋子ならば、どうか?
情報部の中で、糸島周五郎が率いる課――美羽の所属している課――で、最終的にその身柄を引き取っている。美羽の立場でも、接触する事が出来るのだ。しかし、今までの尋問の結果は芳しくなく、口を割らないという。おそらく、それは誰かの解創による暗示などではない。本人の意思だ。
朱莉の話によれば、野崎洋子が戦闘、及び、まじないで使用した解創は、『降棚の記録』のと酷似していたという。ならば、降棚から野崎洋子に、『降棚の記録』の技術が流れたということになる。
美羽は、現在情報部がこの地域で活動の拠点としている、賃貸のアパートの一室にいた。あまり広い部屋ではないが、室内には、生活必需品など、必要最小限の物しかないので、広く感じられた。ダイニングキッチンの中央は、ホームセンターで買ったと思しき、ダイニングテーブルが占拠し、四脚の椅子がある。
「そいつはまた、キナ臭い事になったな」
美羽は、対面に座る上司の糸島周五郎に、『降棚の記録』が『蓮灘の記録』を狙っている旨の話をした。
「動機は十分と思いますが、なぜこのタイミングで降棚が動いた理由が分かりません」
「それは俺も同じだ。調べを進めなきゃな」
厄介ごとに、糸島は頭を抱えているようだった。それも当然だろう。木村美羽を配し、『蓮灘の記録』に近づいてくる追求者を、逐一排除しようという予定だった。だが、やって来る追求者や解創者は、誰かに意図されたものらしい。その根本的な原因を断たない限りは、いくらでもやって来るということになる。
「この件、私に、独自に調べさせてもらえませんか?」
「……なにか、考えがあるのか?」
糸島の目が、きらりと光る。誤魔化すつもりも無いが、隠していても、こちらにどのような考えがあるのか、大方分かっているのだろう。
「野崎洋子と話をさせてください」
少しだけ、糸島の顔色が変わる。どうやら、想定していたもののなかでも、美羽が出した結論は、糸島の中では、一番可能性が低いと踏んでいたものだったらしい。
「お前に尋問が出来るとは思えんがな。俺らが相手でも、あの小娘は頑として口を割らないからな」
半年は、とうに過ぎているが、洋子は未だに口を割らない。しかし美羽には、考えがあった。
今日まで、美羽は高校生活を、ただエンジョイしていただけではない。
「鳩間朱莉はご存知ですね?」
糸島は、片方の眉を上げて見せた。
「ああ。角川の知り合いの……」
「そこに活路があると、私は踏んでいます」
しばらく考え込んだが、「まぁ、何事も経験だよな」と最後に呟くと、糸島は、美羽の尋問を了承した。
携帯端末で、糸島は本部と連絡を取る。野崎洋子との面会の時間の調整だろう。
電話は、五分ほど掛かった。時間調整とは言え、そんなに時間が掛かることでも無いように思えたが、会話の節々から、少し事情が特殊である事が分かる。
「いい機会だ。野崎洋子を、こっちに連れて来る事になった」
電話が終わってから、開口一番、糸島は間髪入れずに、そう告げた。
「え?」
野崎洋子の元に、美羽が行って尋問をするというのなら分かるが、なぜ逃亡のリスクを冒してまで、彼女をここに連れてくるのだろう? 本部の判断は、甚だ疑問だった。
「なんで、そんな事になったんですか?」
違和感を拭いきれず、美羽は思わず尋ねる。
「なに。それだけお前に期待してるって事さ。頑張れよ、木村」
意図の読めない糸島の発言に、美羽は当惑する他なかった。




