#11 薫
降棚との決着を付けるべく、薫はまず、県営ヒルズマンションに向かい、角川に尋ねる。
「降棚っていったっけ? アイツ、何処にいるかとか、分からない?」
薫は、結構アバウトな質問を投げかけたが、角川祐輔は、簡単な数式の解のように、さらさらと答える。
「前にも言ったけど、君は追求者たちにとって蜜の壷。そして相手が、同じ立場の架空の姓の追求者・降棚の人間ならば、その執着は底知れない。それこそ、前みたいに、君が街中を歩いているだけで寄って来る」
ならば、土俵はこちらの都合のいい場所に出来る、ということでもある。
野崎洋子との戦闘で、薫は、幾つか覚えている事がある。
一つは、あの力の上限は、自身の肉体が弾き出せる力に依存するという事。
そして、あの解創を使っている間は、使用者は自身の身体を動かす事が出来ないということである。
この解創は、本来、身体が発揮できる力を、遠くで発生させているだけだ。ということは、人の身体の疲労度も関係すると考えていいだろう。しかし、解創で力を行使して、本人の身体に疲労がフィードバックされる、というのは考え辛い。当たり前だが、実際に身体を動かしているわけではないので、筋繊維が疲労する理由が無い。
つまり降棚自身に運動させれば、解創の脅威は半減する。となると、こちらの地の利を活かせる場で、相手に身体を動かさせればいい。
となると持久戦に持ちこむ必要がある。なに、体力なら自分に分がある。薫は、その点に置いて自信があった。『蓮灘の記録』たる自分が、身体能力は常人と変わらない『降棚の記録』に遅れをとる筈が無い。
薫は角川の元を後にする。
名前があると、そこに場所があった。人がいた。人との繋がりがあった。
蓮灘薫。その名前に、角川祐輔との、鳩間朱莉との、木村美羽との繋がりがある。
決着を付ける――それは、降棚との決着でもあり、そして、『蓮灘の記録』である自分自身との決着だ。
誰かに囚われているわけではないという、この強さは、自分の物だと証明するために。
降棚練磨が狙う自分は、薫ではなく『蓮灘の記録』だ。
――私は、そんなものには縛られない。
蓮灘という集合から脱却し、個人としての立場を獲得する。
降棚を打倒すれば、敵対する意思と、力は明白になる。他に架空の姓の追求者がいても、そう簡単には近づく気にはならないはずだ。
――私は、架空の姓からは乖離される。
それが目的だ。この力は、誰のものでもない。私のものだ。
自分に、そう言い聞かせる。――使ったところで、それすらも『蓮灘の記録』による影響だということは、考えず。
――さて、何処に行こうか。
夜の街の方に行きながら、薫は思案する。
最初に思いついたのは、パチンコ店の駐車場だった。柱が点在しているので、身を隠せて調度いいと思ったのだ。しかし、監視カメラと、朱莉からのバッシングを考えると、あまり好ましくない。
廃れた商店街は人がいないが、しかし障害物が少ない。
人が少なく、その上で障害物の多い場所。……思いつく場所は一つだった。
薫は夜の街から出ると、一定のスピードを保って、国道沿いを走り抜いた。数十分後、夜でも、それなりに明るいジョギングコースに辿り着く。ナトリウム灯に照らされた、橙色の世界では、噴水の、雫の落ちる静かな音だけが響いていた。
国道沿いの自然公園。薫は知らないが、ここにある丘陵地帯で、鈴切桐高と裁定委員会が交戦した事がある。
薫には、ここの地形なら自分に利があるという計算があった。
薫は敷地に入ると、ジョギングコースを通って、丘陵地帯の入り口に向かう。散歩コースの坂道……丸太と土で形成された階段は段差が高く、微妙な奥行きがあり、登りにくそうだ。
だが、薫は足を止める事になる。
散歩道の、入り口の前。そこに、人影を認めた。
降棚練磨の可能性を予測する。が、脳がその可能性を否定した。
僅かな街頭の光で見えるまでの距離に近づく。
そこにいたのは――降棚練磨ではなく、鳩間朱莉だった。




