#5 朱莉
「やっぱり、角川さん達の仕業だったんですか」
鬼気迫る表情で詰め寄る朱莉に、祐輔は戸惑っているようだった。テーブル越しだが、今の朱莉は、ソードラインなどお構いなしに、踏み越えてきそうな迫力がある。
朱莉は休日、住宅地で起こった、突然のガス爆発騒ぎを聞き付け『そもそもガス爆発なのかどうかも、よく分かっていない』という話を聞き、もしやと思って尋ねたのだ。
そして、祐輔が悪びれた風もなく、薫が、ある男と戦闘し、それに割って入った祐輔が、住宅地のアスファルトを粉砕したという事実を聞き、こうなったのである。
「朱莉くん、そう怒らないでくれ。僕だって必死だったんだ。幸い、怪我人は出ていない。まぁ薫くんは直接戦闘した訳だから、多少の怪我はあるけど、彼女なら心配要らないさ」
「それにしたって、やりすぎでしょう。もっと穏便に解決できなかったんですか?」
「それが出来たら苦労する相手じゃないよ、朱莉くん。相手は薫くんの同族なんだ。それも、だいぶ過激な、ね」
「同族……ですか?」
それはつまり、追求者でも、解創者でもないが、だがしかし解創に携わり、その力を行使できる人間を示している。それすなわち……。
「相手は『蓮灘の記録』と同じ、架空の姓の追求者の遺産だよ」
その時、ぎぃ、と扉が開いた。振り返ると、下駄箱には薫がいた。
「あ、蓮灘さん。怪我とか大丈夫?」
「ああ。大丈夫。角川から聞いたの?」
薫は大きな靴を脱ぐ。皆が集まるリビングに上がってくるなり、祐輔の隣に腰掛ける。
「で、昨日の事で話してたの?」
「ああ。架空の姓の追求者についてね」
薫の質問に答えてから、祐輔は朱莉に向き直る。
「朱莉くん、解創は便利な道具じゃないという話をしたことはあるよね」
「はい。解創は、あくまで人の願いを叶えるものだって……」
祐輔は朱莉の回答に頷いた。
「ああ……だが、たまには例外も有る。そして、例外を作り出そうとする人物は、いつの世、どのような事柄でも現れる。解創の世界に於いては、それが、架空の姓の追求者、というわけだ」
言うなり、祐輔はソファから立ち上がる。
「朱莉くん、野崎洋子がやったことは、どんなことだっただろう?」
話を止める気は無いようで、祐輔は朱莉の後ろに回り、キッチンに入る。
「……洋子は、解創の力で、いろんな人の願いを叶えようとしました……けど、解創の力で叶えられるのは、あくまで自分の願いだけだから、他の人の願いは、その通りには叶いませんでした」
他人の幸せを願う追求者の祈りと、それを知らない人々の感覚のズレ。乖離した二つの存在の接触によって、摩擦とでもいうべき異常が発生する。追求者の目的を無視し、人々は力に固執し、それを、ただの便利な道具として扱う――それが、野崎洋子、朱莉の友人が起こした事件だった。
「そうだ。追求者としては三流だ。だがね、人として考えると、それほど珍しい事でも、おかしい事でも無いんだよ。架空の姓の追求者達も同じだ」
振り返ると、祐輔は冷蔵庫から、ペットボトルを取り出した。もう九月になるが、まだ残暑は続いており、冷たいものは欠かせない。
「彼らは、その力で、民でなく国に尽くそうとしたんだ。野崎洋子とは反対にね。太平洋戦争時、追求者の中でも、裁定委員会とは逆に、解創を自分達の自由の為でなく、人のために使おうと考えている人間が、解創を戦争の技術に転用できないかと、研究を始めた」
「それって、成功したんですか?」
「ああ。全部じゃないけどね。成功例が幾つか有る。その一つが、小柄な日本兵でも、米国や欧州の兵隊とも渡り合える身体にしようという『蓮灘の記録』だ」
朱莉は、薫に向き直る。当の本人は、退屈そうに祐輔の話を聞き流していた。
「その言いぶりじゃ、他にも有るんでしょ?」
薫が、キッチンの祐輔にも届く程度の大きさで言うと、祐輔は深く頷いた。
「ああ。『降棚の記録』だね』
降棚。確かに、聞いた事の無い姓、聞いた事の無い単語だった。
「『降棚の記録』っていうのは、『蓮灘の記録』とは、また違った解創なんだ。彼らの解創は……」
「そう、それよ、それ」
薫が、何か思い出したように祐輔の説明を遮る。
「アイツの解創、アレに似てたのよ」
「アレ?」
「さっき話してたけど、野崎洋子。アイツが使った解創よ」
思いがけない話に、朱莉は驚いた。
「それって、どういう……?」
「『降棚の記録』の解創は、自分が行える身体の力を、遠くで再現することができる。ようは念力だね」
念力。洋子が叶えた『呪い』の種も、それによるものだった。
「でも、なんで戦争のために、この解創が研究されたんですか?」
朱莉は疑問を口にする。
「もしもだけど、これが『蓮灘の記録』と組み合わさればどうなると思う? 『降棚の記録』は、自分が行える身体の力を上限とする。そこで『蓮灘の記録』で上限を上げる。強靭な身体能力を持つ兵隊の力を、見えない力として使用し、遠くの敵にぶつける事が出来たら? 兵站が覆る。銃や爆弾といった装備の無い、丸腰の兵士が、敵を倒せるんだ」
朱莉は知る由も無いが、薫は、鈴切桐高の一件で、二度の打撃で鉄柱すら倒している。
そして瀬戸川布由希の件で、朱莉は、薫の力を目の当たりにしている。これほどの力を遠くから使えれば、下手に銃や大砲を使うよりも、使い勝手がいいのではないか、と思った。
「で、なんで今になって降棚ってのが、私に関わってくるのよ?」
薫の疑問はもっともだ、と朱莉は思った。薫とは、どうやら知り合いというわけではなさそうだ。昔から繋がりが有るわけではないのだろう。なのに、なぜ今更?
「さぁね。それは本人に訊くといい」
なぜか祐輔は、意味深な笑みを浮かべた。逆に薫は、不満そうな表情を浮かべる。朱莉も同様だ。
「落ち着きなよ。原因は分からないが、目的は分かっている。彼の目的は、存在価値の奪還だ」
祐輔は、キッチンからソファに戻ってくると、話を続けた。その手には、コーヒーが入ったカップがある。しかし朱莉と薫の分は無い。
「彼らの解創の研究は、中止を余儀なくされた。途中で、日本が戦争に負けたからだ。だが、まだその頃、日本の当時のトップは、巻き返しを計るつもりでいたんだ。何十年後かに、再び戦争をして、日本を勝たせようとね。その最後の望みとして、彼らに架空の姓を与えたんだ」
「なんで、わざわざ架空の姓をつけたんですか? っていうか、その人たちの名前を控えておけばいいんじゃないですか?」
祐輔は首を横に振る。
「彼らとの繋がりを保つわけにはない。もし下手に繋がりを保てば、国連の手が及んで、解創の技術が露見するかもしれないからね。そこで、日本軍や宮内庁とは乖離する必要があった。では、当時の追求者であったと証明する方法は?」
「勲章みたいなものを作ればいいんじゃないですか?」
偽物でもいいから、と朱莉は付け足すが、祐輔は否定した。
「物だと、追求者が消失してからも残存するから、鑑定家なんかに探られると厄介だし、逆に物を無くせば、その時の追求者であったと証明する術が無い。それよりも、簡単な方法があった。それが架空の姓だ。外国人が、日本に存在する全ての苗字を網羅しているわけがない。それに『蓮灘』や『降棚』なら『四月一日』や『小鳥遊』なんかと比べたら、よっぽど普通そうだろう? だから欺瞞にも使えた。しかし彼らの苗字が一意、ユニークであることに変わりは無い。ゆえに、名を名乗れば証明できる。血が消えれば、名前も自然と消えるしね」
なるほど、それなら納得できると朱莉は思った。架空の姓は、他国から隠れながらも、存在を証明できる手段だったのだ。
「でも、それが堕落を促した。そうでしょ?」
薫の口調は決め付けるようだった。そして祐輔も、それを否定しなかった。
「……そうだ。架空の姓は、もともとの彼らの姓を上書きした。彼らの存在意義は、架空の姓だけになったんだ。追求者ではなくなり、『来るべき時に日本に尽くす存在』に変貌した。だが残念なのか……それとも喜ばしいのか、この七十年、日本は戦争をしていない。ゆえに彼らが国に呼ばれる事はなかった。待ち続けるのは苦しいからね……彼らは、自分達の名前の意味を忘れたんだ」
名前が変わる。それだけで、彼らは追求者としての目的を見失った。前の名ではなく、後の名に、別の意味が付随したからだ。
だが、その別の意味は、この七十年で風化した。架空の姓の追求者は、追求者としても、日本の礎としても堕落した。
つまり彼らは、その名を、長い歳月によって剥奪されたのだ。
「だから、降棚さんっていう人は、蓮灘さんと徒党を組む為に近づいたんですか?」
「そうだ。彼らの解創一つでは、説得力に欠ける。なぜなら、今と昔では、兵器の力に差が有り過ぎるからね。『降棚の記録』や『蓮灘の記録』単体を量産しただけでは、国を動かすほどの説得力はない。だが先ほども言ったように、両者が組み合わされば、まだ分からない」
「もしもですけど、その組み合わせが成功したら、彼らはどうするんですか?」
「その力を行使するだろう。日本国内にある、ありとあらゆる日本のもの以外を攻撃してね」
存在の証明。もはや名前だけでは意味が無い。だからこそ、力をもって証明する――。目的を、暴力によって叶える。もはや、それはテロリズムと変わらない。
だが、それも暴力的ではあるが、達成できる手段とするなら、それは解創ではないのか?
朱莉は、ぞっとした。解創とは便利な道具ではない。願いを、ただ叶えるだけのものだ。だが、その願いに、条件は無い。ゆえに、彼らのような歪んだ願いであろうとも、叶ってしまうかもしれない。
「それで……蓮灘さんは、どうするの?」
「興味ないよ。日本がどうとか、存在意義がどうとか……けど、アイツがまた来るなら、次は勝つよ」
薫は、血が滾っているのだろうか? 全く物騒な話だ。朱莉は辟易した。
「ねぇ……毎度思うんだけどさ、話し合いでどうにかならないのかな?」
たぶん無理だと思うけど。と朱莉は絶望的ながら、淡い期待を抱いてみる。だが、やはり薫に一蹴される。
「無理だね。相手にその気が無い」
奪われた名前の意味を取り戻そうとする者と、その意味を追求しない者。その衝突は避けられないものだと、朱莉は悟った。




