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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$5$ 名前空間
79/113

#3 朱莉


 角川(かどかわ)祐輔(ゆうすけ)自慢の4K大液晶テレビが映し出しているのは、臨場感溢れる大自然の動物たちでもなければ、阿鼻叫喚なハリウッドのSF映画でもなく、お昼のニュース番組のミニコーナーだった。

『今日は、いま流行りの新しい男子を紹介していきます! 彼らは、肉食系男子や草食系男子といった、他の男子とは一味違う! その名も、カテゴライズ不可能男子!』

 女性芸人がVTRに合わせてハキハキとした口調で喋る。おそらくVTRが終わってからは、準備したフリップボードとかを使って補足説明するのだろう。ピンクの枠で、クリーム色の下地に、赤いゴシック体を基調としたデザインの。

 そんな具体的過ぎて偏見レベルの想像を鳩間(はとま)朱莉(あかり)がしていると、キッチンから男性の声がした。

「まったく、『草食系男子』とか『肉食系男子』とかって、なんでもかんでもカテゴライズするのが好きだねぇ。『カテゴライズ不可能男子』なんて直球な名前なんて、馬鹿げてるよね、『カテゴライズ不可能』というカテゴリをわざわざ設けて、カテゴライズしているんだから。お笑い種だね。これじゃ、分別(カテゴライズ)じゃなくて、装飾(デコレーション)だよ」

 言葉とは裏腹に、祐輔は笑っている。ずずず、と液体をすする音が聞こえるから、どうやらコーヒーを沸かしていたらしい。彼は独り言のように続ける。

「しかし、『その他』ってのは、実にオールマイティな言葉だよね。『草食系男子』というカテゴリを知らない人間は、その男子を『カテゴライズ不可能男子』に分別するだろうし、実に便利だ、うん。実用性が高いのは、良い事だ」

 一人で勝手に納得して、うなずく祐輔を見ながら、朱莉は口を挟んだ。

「でも、仙人性があるとか、色々条件が有るみたいですよ」

「朱莉くん。ニワカという言葉を知っているかい? 大半の人間がそれなんだ。言葉を正しく使おうという心意気は無い。だからこそ、言葉は変遷するんだ。『重複』や『依存』なんかもそうだね。『ちょうふく』や『いそん』と読むのが本当だが、今では『じゅうふく』や『いぞん』でも良くなってる」

「でも、良いなら良いじゃないですか」

「そうさ。多数が正義、勝った者が正義さ」

 あっけからんと祐輔は笑った。

「そういう祐輔さんは、何男子なんですか?」

「さぁね。僕は縛られるのが嫌いな生き物なんだ」

「じゃあ、この『カテゴライズ不可能男子』?」

 朱莉は画面を指差しながら、意地悪な笑みを浮かべる。やはり、祐輔は嫌そうな顔をした。

「それが一番嫌だね。固まって使えなくなったうえに、半端に量が余ってるから勿体無い気がして捨てられないチューブの絵の具を、とりあえず余り物の箱に入れるみたいに、人それぞれの個性を、ひとまとめにしないで欲しい」

 よく分からない例え話は、美術部員でも理解できるかどうか不明だ。

「ふーん……でも、なんで、こうやって色んな呼び名をつけるんでしょうね?」

 この質問は、抽象的だから答えにくいと思っていたが、祐輔は何事も無く続ける。

「人間という生き物はね、空間を求める生き物なんだよ」

「空間を……求める?」

 不思議な響きに、なぜか朱莉は惹かれた。

「ああ。例えば僕には『角川祐輔』という名前があるが、全国に角川祐輔という同姓同名の人間は、数人は存在するだろう。しかしね、もっと正確に言うと、僕は『地球のアジア州の日本の○○県△△市□□町1丁目10番6号、805号室の角川祐輔』だし、『追求者の作り手主義の角川祐輔』でもあるわけだ。存在は、所属や特性によってカテゴライズできる。大から小へと、入れ子構造になってる集合の名前を繋げるだけで、それは特定の存在……個体の呼称になり、その存在の意味は明確になる。所属する集合の違いは名前の違いで、名前の違いは意味の違いだ。ゆえにカテゴライズのされ方で、主体は客体の……名前を聞いた人は、存在の意味という絶対的な情報と、その存在との相対的な距離感を認識できる」

 意味の違いを、祐輔は距離感と表現する――その答えは、すなわち……。

「つまりね、名前とは空間の呼称でありながら、空間そのものでもあるんだ。

 ……まぁ、それが本来、名前というものなんだが、しかし名前は多くに認知されるようになると、意味を基準に付ける事で分別するという目的から、付けられることで意味を付属させる手段へと変貌する。名前というのは、実に便利だ。意味を証明しなくても、名乗るだけで証明になるからね、けどそれが便利すぎるからこそ、漬け込まれてしまう。全ての人間が善意で行動し、規律を守れば、なんら問題は無い。けれどそんな都合の良い話は無い。人は意地汚い。『意味を持たずとも、同じ意味の名前を名乗れば証明になる』ってことにすぐ気付く。それを実行に移す。だから、偽造パスポートなんてものが作られる。名前という仕組みを、正しく使わない愚者によって、分別のための手段は、証明のための手段に成り下がる。

 人は地位や名誉を求める。だが個人差はあれど、ただ偉くなり、目立ちたいだけじゃない。自分が獲得した地位は、地位の呼称にふさわしい意味を、自分に与えてくれるんだ。例えば、個人の名前よりも、『社長』とか『部長』の方が、自分が何者なのか明確だし、その名に応じた権力も手に入る……承認欲求というヤツかな」

 可笑しな話だ、と朱莉は思った。存在を意味によって分けるために、多くの空間(名前)を作った。けど意味が違ってしまうから、人は仕切りを越えて、空間に割り込む(名を与えられる)ことを目的にしてしまう。これから分かるのは、空間を分ける事とは、上にせよ右にせよ、空間同士に、相対的な距離感を与えてしまい、それが空間の意味の一端となりえるということだ。意味ごとに分けるはずが、分けたが為に、別の意味が付与されてしまう。そして、付与された副産物としての意味の方ばかり、人は見て、欲するのだ。

 名前に与えられた意味の違いと、名前を得たが故に付属してしまった意味の違い。大切なのは前者のはずなのに、人は後者に踊らされ、結果、名前(意味)という名の無機物を求める亡者となる。

「だからこそ、僕らは名前という概念を大切にしないといけない。名前に付属する意味でなく、名前が指す意味を理解してね。まぁ、それが難しいのが今の社会だ」

 忌々しそうに、カップの黒い水面を覗いていた祐輔が、ふと物寂しそうに視線を逸らす。つられて朱莉もそちらを見る。きぃ、という音と共に開いた扉から、眼鏡の少女が出てきた。

 祐輔がいつも『眼鏡ちゃん』と呼ぶ少女だった。茶髪の髪は緩くうねっていて、長い。作り物のように、顔や手といった身体のパーツは、端整で精密だ。……もっとも、彼女は角川祐輔によって作られた物なのだが。

「こんにちは」

 朱莉は挨拶してみるが、案の定、少女は、じっと朱莉を見つめてくるばかりで、返答はしない。三秒ほどしてソファに腰を下ろすと、片手に持っていた文庫本を開いて視線を落とす。

「角川さん、眼鏡ちゃんの本名って、なんなんです?」

「そんなものはないよ」

 さっきまで名前は大切にしろ、とか言ってたくせに、なんて言い分だ。朱莉は不服に思った。


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