#1 練磨
本日から第5章が始まります
作品タイトルと5章のサブタイトルを見て、特定の分野で使用されている単語だと気付いた人が、果たしてどのくらいいるのでしょうか……?
『蓮灘の記録』と呼ばれる物が存在する。
それは、特殊な追求者によって創造された存在だ。
追求者とは元来、解脱の対となる概念『解創』を用いて、自由を追求する者たちである。彼らは、自分たちの自由のために、道具という解創を作成する利己主義者だ。
ゆえに、彼らが解創を知らない一般人に、解創を提供する事はありえない。
だが、何事にも例外は存在する。
太平洋戦争時、国に忠義を尽くした追求者がいた。
日本国民としては、国のために余すことなく力を尽くした賢者。
だが追求者の中では、自分のためでも、自由のためでもない。技術のために追求した愚者。
彼らのような追求者は、敗戦後、他国の手から逃れるため、来るべき時を待つ間、別の名を与えられることになった。それは、いつか来る時、彼らを集めるために必要な記号だった。
プログラミングに精通している人間ならば分かるだろう。一意な文字列は、重複の無い、固有な物を特定する手段となり得るということを。
ゆえに、彼らと同じ姓の他人は存在しない。
それが『架空の姓の追求者』である。
そして、蓮灘も、その内の一つである。つまり――架空の姓は、蓮灘一つではない。
複数有る、重複の無い一意な姓。その中に、降棚という姓があった。
時は流れ、平成となる。
架空の姓の追求者の大義は、この七十年で風化した。
歯を食いしばり耐え抜いた。来る時を待ち続けた。
だがこの国の神の子は、ただの象徴に成り下がった。実体の伴わない、ただの枠へと衰えてしまった。
それではならぬ。そう訴える男がいる。
この国は、かの大国に縛られるべき国では無いと。
この国の目を覚まさせるのに、もはや手段は選んでいられない。
彼の力は、自らの肉体の力を上限とする。だから己が肉体を鍛えた。鋼の身体を鍛え続けた事に悔いは無い。
この時まで、鍛え続けた。誰がなんと言おうと。一人、また一人。大義を捨て、国を忘れた者達を見送りながら、男だけは諦めなかった。
それこそが動機だった。あの追求者との契約も、そのためのものだ。
解創者でも、追求者でもない――だが、普通の人間でもない。
そうして――鍛え抜かれた『降棚の記録』は、『蓮灘の記録』に対峙する決意を固めた。




