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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$4$ 刹那の生
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74/113

#16 薫


 答えは聞きたくなかった。だからこそ、病室には自分の足で赴いた。

 受付を通り過ぎ、階段を駆け上がる。昨日、看護師に教えてもらった、瞬の個室まで。

 胸が、どきどきと鳴っていた。それは不安から、緊張から。

 いつも通り、がら、と音を立てて引き戸を開けた。ずっと遅れる粘性の流れを感じたが、終わって見れば、刹那の間だった。

 陰になって、暗い床だった。窓から光が射し、白いカーテンがそよ風に揺らめく。

 清潔感の保たれた空間だった。サイドテーブルには紙袋があり、昨日、薫が折った銀色の折り鶴(いのり)と、三週間前に、瞬が折った茶色の折り鶴(ねがいごと)もある。

 ベッドは白く、眩しいくらいに光を反射した。白い布団が目を灼く。

「……っ、あれ、おかしいな」

 いつもなら、居る時間なのに。


 白いベッドは、がらんどうだった。


「……なんで?」

 堪えるのが、精一杯だった。それでも声は震えていた。

 パイプ椅子を広げて、いつも通りに座った。サイドテーブルを引き寄せる。紙袋を覗き込み、いつも通りに折り紙を取ろうとして――手が、止まってしまった。

 いつも通りのフリは、もう出来なかった。

 その時、扉が開いた。一瞬で思考が白く染まり、脊髄反射で振り返る。少年がその扉を開けたんじゃないか、という願望があった。ジュースでも買ってきてたんだ、と理由をこじつける。

 だが、立っていたのは看護師だった。

「蓮灘さん……」

 勝手に入った人間を、非難する声色でないだけ、唯一の救いだった。

「ごめんなさい。受付け通ったら、止められると思ったんです……人のいない病室に、見舞い客は、入れないですから」

 薫は、そ知らぬ顔で続ける。

「瞬は、何処に行ったんですか?」

 答えを自分で言っておきながら、薫は訊いた。確認と同じだった。

 看護師は、一瞬、目線を逸らした。

 ――それだけで、薫は察した。約束は、果たされなかったのだと。瞬の行き先を、その視線が示していた。そこは暗く、とても暗い場所だった。

「紙袋……貰ってくれって、お母さんが」

 いらない。それくらいなら瞬が戻ってきてくれた方がマシだ――薫は、我侭を、首を振って振り払う。

「ありがとうございます」

 紙袋の中で、折り紙の他に入っているものは、袋だった。――薫は、思い出した。袋を取り出す。

 チャックの袋に入ったアルミニウム粉。ペンチと、爪楊枝と、リップクリームと、ライター。新聞紙。

 水とペットボトルは自分でどうにかしろ、ということか。

 ふと、視線が折り鶴に向いた。銀色の方と――そして、茶色の方と。

 吹っ切れたように、薫はその茶色い折り鶴を分解した。手の動きは速くなかった。折り目に沿って、(やぶ)かないように、壊さないように。

 分解している途中、黒いサインペンの文字が見えたが、読まないように努めた。

 やがて、白い面が表れた。黒いサインペンで、こう記されていた。

『好きな人と、一緒に楽しい時間を過ごせますように』

「何言ってんのよ……馬鹿」

 照れくさかった。生きていたら、いくらでも一緒に居てやったのに。

「私は……」

 なんて、無力だ。

 背が高くても。足が速くても。腕が(たくま)しくても。彼を救うことは叶わなかった。人より優れた才があろうと、それを彼の為には使えなかった。

 薫は、銀色の折り鶴を開いた。昨日、自分が折った折り鶴を。内容を確認した。間違っていないか。けれど一字一句、覚えているものと同じだった。

『また、瞬と会えますように』


 彼自身の願いは叶った。だが彼への願いは果たされなかった――これが、解創の限界だった。


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