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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$4$ 刹那の生
66/113

#8 薫


 土曜日の昼頃。薫は、約束どおり瞬の病室へと来ていた。

 前と同じで、待合室に瞬が迎えに来てくれていた。ペタペタとスリッパを鳴らしながら廊下を歩いて、二人は、瞬の病室に向かった。

 病室は相部屋だった。老人が二人。両方男だった。どちらも痩せこけていた。青白い腕に血管が浮き出ていたが、張りは無かった。

 窓際の瞬のベッドまで着くと、瞬は立てかけてあったパイプ椅子を広げる。薫は「ありがとう」と言って、それに座る。瞬はスリッパを脱いでベッドに這い上がった。

「折り紙、そこにあるから」

 瞬が、サイドテーブルの紙袋を指差す。薫が手にとって、中身を見ると、折り紙や筆箱などが入っていた。ちゃんと準備しているか、少し不安だったのだが、花火の時といい、この少年は用意周到らしい。

 瞬が、ベッドの横の板を、手馴れた手つきで動かして机にする。陽の光を反射するテーブルが、白く眩しい。

 薫が折り紙を手渡す。少年は「ありがとう」と言って受け取る。

「テーブル狭いからさ、僕はこっちでやるから、薫お姉さんはそっちでやってよ」

 サイドテーブルを、こんこんと指で叩きながら少年が提案したが、薫はその内容よりも、呼び方に戸惑った。

「薫お姉さん?」

 なんだ、その呼び方は。薫は急に気恥ずかしくなった。

「ダメ?」

「いや……どっちかにしようよ」

「じゃあ……薫さんでいい?」

 お姉さんの方が無くなったのは少々残念だったが、気恥ずかしいよりはマシだった。「それでいこう」と薫は推奨した。

「僕のことはどうするの?」

「え、瞬で良くない?」

 それとも『少年』とかの方がいいだろうか? 薫は相手の出方を窺ったが、瞬は「うん。それがいい」と言った。

 薫は、美羽から教えてもらった折り鶴の折り方を教えてやった。実際に美羽に教えてもらってから数日経っていたが、その間も一人で練習していたので、忘れていて教えられない、ということは無かった。

 最初、折りかたを教えているうちは、薫の方が出来が良かったが、二つ目、三つ目と数を重ねるごとに、次第に少年の方が上手になっていた。折り目の付けるときに慎重で、かつ一つ一つが丁寧なので、無駄な折り目や歪みが生じないからだった。

 色とりどりの折り鶴が、サイドテーブルとベッドの簡易テーブルに所狭しと並ぶ。後でタコ糸を通せば連鶴が作れそうだ、と薫は思った。

 折り鶴を折りながら、少年を横目に見る。一心に手元に集中していて、真剣そのものだった。

「ねぇ、一つ訊いていい?」

「なに?」

 手は動かしつつ、視線は折り紙に向けたままの少年に、薫は尋ねる。

「願い事があるって言ってたよね? どんな願い事があるの?」

 少年の指先が、ピタリと止まる。――が、それは一瞬のことで、すぐに動きは再開された。

「秘密」

「なんでよ?」

「だって、叶えたい事って言ったらダメなんでしょ? 流れ星だってそうじゃん」

「流れ星と折り鶴は違うんじゃない?」

 よくは知らないけど、と薫は付け足す。

「だったら言わない方がいいじゃん。もし言っちゃダメだったら、言った後だと手遅れだし」

「まあ、それもそうか」

 しばらくの間、二人は黙々と折り鶴を作り続けた。互いに、話す話題は無かったが、ただ指を動かすことに夢中になって、考えることを忘れた。

 互いに折り紙を折るたびに、音がした。紙と紙が当たる、柔らかい音。紙がテーブルに当たる、かたい音。紙に折り目をつける時の擦過音。紙の音は乾いているけれど、心を潤してくれた。普段の生活の(しがらみ)から乖離された、心地よい時間だった。

 ふ、と意識が引き戻される。きゅ、という、今までとは違う音を聞いたからだった。見ると瞬が、茶色い折り紙の裏に、サインペンで何か書いていた。手の動きからすると、絵ではなく文字のようだった。

「なに書いてるの?」

 薫が覗き込もうとすると、少年はすぐに両腕で机上の紙を隠してしまった。

「ひーみーつ」

 少年は、天使のような笑顔を浮かべて言った。


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