#8 薫
土曜日の昼頃。薫は、約束どおり瞬の病室へと来ていた。
前と同じで、待合室に瞬が迎えに来てくれていた。ペタペタとスリッパを鳴らしながら廊下を歩いて、二人は、瞬の病室に向かった。
病室は相部屋だった。老人が二人。両方男だった。どちらも痩せこけていた。青白い腕に血管が浮き出ていたが、張りは無かった。
窓際の瞬のベッドまで着くと、瞬は立てかけてあったパイプ椅子を広げる。薫は「ありがとう」と言って、それに座る。瞬はスリッパを脱いでベッドに這い上がった。
「折り紙、そこにあるから」
瞬が、サイドテーブルの紙袋を指差す。薫が手にとって、中身を見ると、折り紙や筆箱などが入っていた。ちゃんと準備しているか、少し不安だったのだが、花火の時といい、この少年は用意周到らしい。
瞬が、ベッドの横の板を、手馴れた手つきで動かして机にする。陽の光を反射するテーブルが、白く眩しい。
薫が折り紙を手渡す。少年は「ありがとう」と言って受け取る。
「テーブル狭いからさ、僕はこっちでやるから、薫お姉さんはそっちでやってよ」
サイドテーブルを、こんこんと指で叩きながら少年が提案したが、薫はその内容よりも、呼び方に戸惑った。
「薫お姉さん?」
なんだ、その呼び方は。薫は急に気恥ずかしくなった。
「ダメ?」
「いや……どっちかにしようよ」
「じゃあ……薫さんでいい?」
お姉さんの方が無くなったのは少々残念だったが、気恥ずかしいよりはマシだった。「それでいこう」と薫は推奨した。
「僕のことはどうするの?」
「え、瞬で良くない?」
それとも『少年』とかの方がいいだろうか? 薫は相手の出方を窺ったが、瞬は「うん。それがいい」と言った。
薫は、美羽から教えてもらった折り鶴の折り方を教えてやった。実際に美羽に教えてもらってから数日経っていたが、その間も一人で練習していたので、忘れていて教えられない、ということは無かった。
最初、折りかたを教えているうちは、薫の方が出来が良かったが、二つ目、三つ目と数を重ねるごとに、次第に少年の方が上手になっていた。折り目の付けるときに慎重で、かつ一つ一つが丁寧なので、無駄な折り目や歪みが生じないからだった。
色とりどりの折り鶴が、サイドテーブルとベッドの簡易テーブルに所狭しと並ぶ。後でタコ糸を通せば連鶴が作れそうだ、と薫は思った。
折り鶴を折りながら、少年を横目に見る。一心に手元に集中していて、真剣そのものだった。
「ねぇ、一つ訊いていい?」
「なに?」
手は動かしつつ、視線は折り紙に向けたままの少年に、薫は尋ねる。
「願い事があるって言ってたよね? どんな願い事があるの?」
少年の指先が、ピタリと止まる。――が、それは一瞬のことで、すぐに動きは再開された。
「秘密」
「なんでよ?」
「だって、叶えたい事って言ったらダメなんでしょ? 流れ星だってそうじゃん」
「流れ星と折り鶴は違うんじゃない?」
よくは知らないけど、と薫は付け足す。
「だったら言わない方がいいじゃん。もし言っちゃダメだったら、言った後だと手遅れだし」
「まあ、それもそうか」
しばらくの間、二人は黙々と折り鶴を作り続けた。互いに、話す話題は無かったが、ただ指を動かすことに夢中になって、考えることを忘れた。
互いに折り紙を折るたびに、音がした。紙と紙が当たる、柔らかい音。紙がテーブルに当たる、かたい音。紙に折り目をつける時の擦過音。紙の音は乾いているけれど、心を潤してくれた。普段の生活の柵から乖離された、心地よい時間だった。
ふ、と意識が引き戻される。きゅ、という、今までとは違う音を聞いたからだった。見ると瞬が、茶色い折り紙の裏に、サインペンで何か書いていた。手の動きからすると、絵ではなく文字のようだった。
「なに書いてるの?」
薫が覗き込もうとすると、少年はすぐに両腕で机上の紙を隠してしまった。
「ひーみーつ」
少年は、天使のような笑顔を浮かべて言った。




