#7 朱莉
「折鶴?」
そう。と薫は素っ気なく言った。
昼休み。唐突に折り紙を取り出したかと思うと、薫は朱莉に「ねぇ、折鶴の折り方って知ってる?」と尋ねてきたのだった。
「あんまり詳しくないかな……ほとんど折ったこと無いし」
「え、マジ?」
困ったように薫が頭を抱える。
「知らないの? 二人とも。誰でも知ってるものじゃないのね」
美羽が朱莉と薫を見ながら言うが、珍しく嫌味が無い。朱莉も知らないから、という理由には思えない、自然で優しい口調だった。
「知ってるなら教えてくれない? お願い」
薫が真剣な口調で美羽に頼む。
「珍しいわね。あなたが私に頭を下げるだなんて」
美羽も朱莉と同じように、薫の態度に違和感を抱いているようだが、当の本人は意に介した様子はなく、「で、どうなの?」と本題の回答を催促する。
「せっかちね。いいわ、ちょっとそれ貸して」
貸して、とは言いつつも、薫の机の上の折り紙を、美羽は右手で滑らせて自分の元まで引っ張ってくる。
「まず真ん中を折って……」
美羽の折り紙講義が始まり、なぜか朱莉も同じように折り紙を手に受講する。美羽の細い指が華麗に動いて紙の形が変わるたびに、朱莉は何が起こったのかと「え、今の何したの?」と訊き、ふたたびゆっくりやってもらって、ようやく何をしたのかが分かる。
薫の表情は真剣そのものだった。普段の気だるそうな感じは無く、太い指と大きな手で、不器用ながらも美羽の動きを再現する。
最初の一枚の紙が、折りたたまれることで四分の一のサイズの正方形になる。
「じゃあこういうふうに、ヒレみたいになってるとこを内側に折って」
「え、こっち側分かれないけど?」
薫の頭に、早速クエスチョンマークが頭に浮かんでいる。は? と美羽も何が起こっているのか分からず、薫の折り紙をひったくる。
「ちょっと、ただの四つ折りにしてどうするの! やり直すわよ。いい、こっちを折り込んで……」
どうやら最初のステップで間違えていたらしい。美羽が薫の折り紙を引ったくり、最初の状態に戻す。前途多難だ。
元に戻った折り紙を薫に押し付けると、美羽は自分自身の折り紙も解体して、最初から折り始める。
「人の話、聞きなさいよ。いい? 正方形じゃなくて菱形になるように傾けてみなさい。で、まず一回、対角線に沿って折りたたむ。そしたら二等辺三角形になるでしょ。で、もう一回、二等辺三角形の垂線に沿って折る。そしたら、三角が袋状になってるから、ここに指を入れて広げる。そしたら菱形になるから、これを両方……」
薫が指を入れた瞬間、びり、と嫌な音がした。
「あ、破けた」
「なんで今ので破けるのよ!」
のほほんとした薫の声と、美羽の叱責、対照的な二人の声が入り混じる。とりあえずは教卓の裏にあったテープで補修して、作業が再開される。
「で、この左右のヒレみたいなところを折って……」
菱形の角の一つが、他と違い二つに分かれないのを見て、朱莉はふと、折り鶴の完成形を思い浮かべ、得心した。
「あ、てっ辺ってさ、背中?」
「そうそう。で、背中側の反対から指を入れて広げると……」
さっきまでの正方形から、大きくカタチが細長い菱形に変形する。裏側も同じように広げる。
「で、細く別れる方を、さらに半分に……」
「おー美脚っ」
薫が、尾と頭になるであろう細長い部分を、地面の上を歩かせるように左右逆に動かして遊ぶ。
「なにやってんのよ」
朱莉は、さっきまで薫が足と主張していた部分を耳に見たて、羽になる部分を広げて口に見立てて遊ぶ。
「狐ー!」
「あなたまでなにやってるのよ! いいからそれを山折に折るっ」
「そんな方向に口は開かないって!」
人間だったら顎が外れるくらいでは済まないほど開かされた狐の顔だったが、だいぶ見慣れた折り鶴の形になった。あとは言われずとも、先っちょを少し折って頭にし、羽を広げて完成だ。
「できたー!」
見慣れた形が、この手で完成したことに感動して、朱莉は思わず感嘆の声を漏らす。
「結構時間掛かったわね」
薫が鼻を鳴らし、美羽がすかさず突っ込む。
「貴女が人の話を聞かないから時間が掛かるのよ!」
しばらく三人は、完成した折り鶴を眺めながら、頭のサイズを調整したり、羽の角度を変えて二羽で握手みたいな事が出来ないかして遊んだ。
休み時間も終わりに近づいた頃、美羽が出来上がった折り鶴の尾を摘む。
「ちなみに、なんで急に折り鶴なんて言い出したのよ」
摘んだ尾を錐揉みに回転させて、鶴を回す彼女の「いかにも気にしていませんよ」といった仕草に、誘導の意図を察したらしく、薫は目線を逸らして答える。
「別に。ちょっと気になっただけ」
「ふーん」
これは、なにかワケ有りだな――と、美羽と同じように、朱莉も察しがついたが、追及はしないでおいた。代わりに、朱莉は話を変える。
「けど、なんで千羽鶴が平和の象徴なんだろうね?」
「鶴は千年とか言うし、縁起がいいんじゃない?」
意外によく知っている薫に、さらに美羽が補足する。
「そうね。縁起物には、その形に意味が付随する。千羽鶴ってその典型かもね。実は、日本で一番ポピュラーな解創かもしれないわ」
意味深な口調で美羽が言った。
「え、折り鶴が解創なの?」
「効果は希薄かもしれないけどね」
あっ、と思わず朱莉は口に出した。それは不意打ちだった。瀬戸川布由希という追求者と、美羽や薫の戦いを見て、解創が、どれほど異様で異常なものかを目の当たりにした朱莉だったが――そもそも解創とは、戦うためのものではないと、思い出した。
人の業、願いを達成することで自由を得る――それが解創だ。世の中全ての願いの果て、考えの果て、祈りの果て……創作の果ての結果なのだ。
「忘れちゃ、いけないよね」
朱莉は思う。いくら結果が異様なものであろうとも――その根源は、人の思いだということを。
――洋子。
友人の名を、心中で呟く。彼女が追求者として解創を為した動機も、また人の思いの筈だと考えながら。




