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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$4$ 刹那の生
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#2 薫


 花火は、二時間も経たずに終わりを告げた。しかしそれでも余韻に浸る人々は、興奮気味に笑みを浮かべながら、帰路についていた。祐輔は車で来ているらしく、すぐに別れた。「送っていこうか?」と言われたが、二人とも断った。朱莉は遠慮で、薫は胡散臭いからだった。

「凄かったね、花火」

「そうだね。綺麗だった」

 似たような会話は何度かしていた。だが脳裏に焼きついた、華々しい光景は中々離れず、それがテンションを持続させていた。

 夜道は、夜道とは言い難いほど騒々しく、明るかった。信号機は消灯しており、道路は歩行者天国となっている。

 暗い視界の隅で、V字の光が反射した。よく見えなかったのは、藍色の制服のせいらしい。このクソ暑いのに、長袖長ズボンの制服に、おまけに白い手袋を付けているのは警備会社の社員だ。顔を見ると、よほど暑いらしく、汗をだくだくと流していた。

「頑張るね」

「なにが?」

「警備会社の人」

「まぁ、仕事だし……それに、頑張ってるなら警察の人もいるじゃない」

 朱莉が、別の方向を指差す。そちらでは、水色のカッターシャツを着用した警察官が、SF映画の光の剣みたいに赤く光る棒を使って、歩行者を誘導している。その格好は、どう見ても警備会社の社員よりも涼しげだ。

 民間よりも公務員の方が柔軟なのは、喜ばしいのだろうか? と、どうでも良い事に薫は疑問を抱いてみる。腰の回りを見るに、黒い輪っか……手錠と警棒、それに無線機らしきものは見えるが、拳銃は身に付けていなかった。警察官なら誰でも持っている物ではないのか、それとも必要ないから持っていないだけなのか、薫には判断がつかなかった。

 脇道に逸れると、いくらか人は減っていた。だが普段なら、この時間にこれほどの通行人はいないだろう。

「バス停って、こっちだっけ?」

 朱莉が、分かれ道で左前方を指差す。建物越しだが、そちらは周囲よりも、少し明るい光を放っていた。

「たぶん」

 責任は取れないけど、と付け足す。

「じゃあ、ここでお別れかな。はぁ……木村(きむら)さんも、来たら良かったのに」

 朱莉が、ため息をついて最後に付け足した。朱莉は木村美羽(みう)にも声を掛けたらしいのだが、どうやら丁重に断られたらしい。

「たぶん、角川がいるからだろうね」

「仲が悪いの? 委員会の人と、角川さん」

「そういうんじゃないと思うけどさ、仲の良い人なら糸島さんとかいるし。けど、プライベートでまで関わりたいとは思わないんでしょ」

「へー。……そんなもんなのかなぁ?」

「そんなもんなんでしょ」

 むー、と朱莉は少し考えている人のポーズを取る。どうやら納得できないらしい。

「……まぁいいや。じゃあね、また」

「はいはい、また」

 朱莉が分かれ道の左に進む。薫は右に進んだ。

 夜道の中で、V字が閃いた。反射板だろう。さっきと同じ警備会社かと思ったら違った。私服の上から、黄色いビブス型ゼッケンを着ている。袖口には緑と白の横縞(ボーダー)の腕章を、安全ピンで留めている。縞の白い部分にマジックペンで、『○○市観光協会』と書かれていた。

 こんなところでも、祭りの関係者が仕事をしているのか。薫は、ちょっと驚いた。

 道は入り組んでいた。どこかで行き止まりになっているんじゃないかと思い、分かれ道が現れると、できるだけ広い道を選択した。

 道から出ると、橋が現れた。夜の川の向こうには、星空のように輝く住宅街の光。自分がどの辺りに来ているのか、大体の予想をつける。変に朱莉についていくんじゃなかったな、と後悔する。

 住宅街から、少し離れた丘の上に、小さく輝く何かがある。おそらく総合病院だろう。この辺りで一、二を争う規模の病院だ。

 身体的な――良い意味の――理由で、薫はあまり縁の無い場所である。視界に映っても、そこに特に何の感慨も浮かばない。

 さて――家はどちらかと、思考を巡らしているときだった。

 橋の上に、誰か居る。……アスファルトの上で胡坐をかいて、座っている。柵越しに、川の水面を見ている。

 最初は、別にそんなものは気にならなかった。酔っ払いか何かだと思ったのだ。しかし、目を凝らすとその人影が、異様なものだと理解できた。

 まず、ずいぶんと小柄な人影だった。白い服と同色の半ズボンを着用していて、剥き出しの四肢は、折れてしまいそうなほどに細い。

 気になって、薫は思わず近づいた。

 厄介ごとはゴメンなので、通りすがりを装って、観察してみようと思ったのだ。

 老人かと思っていたが、顔の幼さと、髪の毛の質感から、それが小学生くらいの少年だと分かる。耳たぶは僅かに赤く見えた。うなじはとても綺麗で、女性のようですらあった。

 肌は全体的に色白で、着ている白い服との区別がつきにくいほどだ。雪女の子供、と言われたら、納得してしまいそうだ。

 変わった子が花火の見物に来ているものだ――そう思いながら、接触できるほど近くに来たとき、少年は薫の巨大な影に驚いたのか、振り返った。

「あ……」

 声が漏れる。それは少年のものだった。まるで、山の中で熊に会ったように、唇が小刻みに震えている。まるで、戦慄(わなな)いているようだった。

 目が合った。しまった、と思う。視線を外さなくては、という思考は、少年を前にして掻き消されていく。まるで、目を離した瞬間に、煙のように消えてしまいそうなほど、彼は弱々しく、儚げだった。

 衝動のように、情報が脳内を錯綜する。この服装、異常に色白な肌、……今更気付いたが、よくみると裸足だった。まるで……病院から、抜け出してきた病人のようだ。

「えっと……あの、こんばんは」

 少年の挨拶に、薫の目が、点になる。

「えっと……こんばんは」

 情けなくも、薫は少年と同じような反応しか出来なかった。


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