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ハニーポット  作者: 指猿キササゲ
$4$ 刹那の生
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59/113

#1 薫

0章との同時投稿になります。

ご覧になってない方は、先に0章をご覧ください。

 ひゅぅー、という笛のような音がする。

 一時の沈黙のあと、虚空に、放射状の光条(こうじょう)が広がる。それが稲穂のように(こうべ)を垂らすと、夜空に光の花が咲く。

 遅れて、膨大な破裂音が響き渡る。鼓膜を破らんばかりそれは、丹田から入り込み、中の内臓を軋ませる。

 どっ、とそこかしこで歓声が湧く。すべての人の見解は同一だと示すようで、妙な一体感がある。

「こういう時ってさ、『たーまやー』って叫ぶんだっけ?」

 傍らに立つ鳩間(はとま)朱莉(あかり)が言った。(かおる)は「そうなんじゃないの?」と一蹴する。

 電光のように火花を散らし、バチバチと音を立てて明滅すると、光の花は萎れて落ちていく。

 これは花の一生を早送りにした幻想だ。黒い夜空をキャンヴァスに見立て、綺麗な光で彩るから、余計にロマンチックに仕上がるのだ。

「綺麗だね」

 朱莉は、夏祭りに合わせて浴衣を着ていた。藍色の浴衣には、数匹の金魚が我が物顔で泳いでいる。色彩の対比(コントラスト)は夜空と花火のそれより若干低いが、十分に美しい。水色の波紋が、良い味を出している。

「ってゆーかさ、なんで蓮灘(はすなだ)さんは着てこなかったの? 浴衣」

 薫の格好は、半袖のTシャツに膝までのデニムだった。薫からしてみると、浴衣なんて、そんな動きにくい服、着たがる奴の気がしれない――という見解だったが、朱莉を傷つけるのは気が引けて、自虐的なジョークで回避を試みる。

「サイズの合う浴衣が無いのよ、私の場合」

「じゃあ、今度探しに行こうよ! また着ることあるかもしれないしさ、来年にも!」

 勘弁してくれ。薫は頭の後ろを掻いた。

「おや、薫くん、どうしたんだい? なにか厄介事でもあったのかい?」

 後ろから、聞き慣れた男の声がした。薫よりも長身なのに細身の男、角川祐輔である。藍色の作務衣(さむえ)みたいな服を着ていて、さらに首に白いタオルを巻いているから、完全に田舎のオッサンである。

 その隣には、頭三つ分小さい、茶髪でメガネの少女がいる。こちらもなぜか浴衣で、白い浴衣には、紫や桃色の朝顔が咲いている。

「別に。買い物くらい一人で行けるってだけ」

「えー、いーじゃん! 一緒に行こうよぉ~」

 何のことか分からず、祐輔は頭上にクエスチョンマークを浮かべるが、気を取り直して手に持っていたカップを二人に渡してくる。

「いやはや、夏といえばかき氷だよね。三百円もするのはボッタクリな気がしないでもないけど、まぁ、ここで食べるからこそ価値があるのだし、大目に見よう」

 付加価値というヤツだ。祐輔は、自分を納得させるために、呪文のように紡いでいる。眼鏡の少女と薫と朱莉、そして自分の分も含めたら、野口英世が一人、懐から旅立った計算である。確かに、凍らしただけの水と、色のプラシーボ効果と香料で誤魔化した砂糖水(シロップ)に、それだけの金を出したと考えると、損な感じは否めない。

「あ……」

 朱莉が持っていた巾着袋をまさぐり、財布を取り出す。祐輔は笑った。

「ああ、いいよこのくらい。奢るよ」

「え、じゃあ……ありがとうございます」

「はいはい、どーも」

 二人のやり取りを見ながら、ちらりと眼鏡の少女に視線を向ける。緑色の抹茶のシロップの掛かった氷を、機械的な動作で口腔に運んでいる。それは作業労働(ルーチンワーク)よりも無機的だった。

 申し訳程度に、先端部分がスプーン型になっているストローで、薫はカキ氷を掬い取る。色は、鮮やか過ぎる赤だった。赤3号(食紅)だろうなー、などと夢の無い事を考える。こういうものにも致死量とかあるんだうと考えると憂鬱になるが、まぁビタミンCにもあるくらいだし、変に気にしすぎても仕方が無い。ノセボ効果で病気や体調不良になっても面倒だ。

 河川敷は人で入り乱れていた。屋台が二列で並び、列の間の空間が、大通りを形成している。

 大通りは、屋台に並ぶ人々でごった返していた。カジュアルな服装の老若男女。浴衣を着ているのは、どちらかというと少数派で、大半は女子中高大生の年齢層と思われた。この年頃の女子は、化粧をすると年齢が全然分からない。

 大通りから漏れてくる光が、河川敷に満ち溢れていた。そこかしこの屋台から漂ってくる蒸気と煙が鼻腔をくすぐる。さらに人々の熱気と汗の臭いのせいで、屋台の通りは混沌の様相を呈していた。

 爆発音が響く。山に当たり、エコーのように返ってくる残響。しばらくの間、夜空に広がる光の芸術を、ただただ眺めていた。

 十色(といろ)の光が入り乱れ、輪や模様の形に広がったかと思えば、放射状に光条が拡散する。連続した発破により、断続的に夜空が照らし出される。立ち込める煙すらも、効果的なくすみ(、 、 、 )をもたらし、芸術性を掻き立てるのに一役買っている。まるで月光に照らされる雲海だった。

「誰がスマイルマークの花火なんて考えたんだろうね?」

 爆音に掻き消されてしまうような、朱莉の小さな呟きに耳を傾けながら、桃色の線で描かれた歪な笑顔を観察する。

「花火師じゃないの?」

「そういうことを訊いてるんじゃないの」

 どういうことを訊いてんのよ、と突っ込みたくなるが、夜空で繰り広げられる光景に没頭する朱莉に水を差すのは、ちょっとばかし気が引けた。

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